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02/15 20:17 |
グレーゾーンの中の一点を占めているのが、私達人間です。Category : 陰と陽〈男性の生き方〉
![]() 中国の山河 今日は、中国の二胡奏者 賈鵬芳(Jia Peng Fang) を紹介 しましょう。 よろしければ,彼の二胡の演奏をどうぞ! 彼のHPの中の、Portraitの音楽もいいですよ~ 中国の映画「LOVERS」の音楽担当は彼です。 今日は、グレーゾーンの中の一点を占めているのが、私達人間です。 陰と陽(男性の生き方)というカテゴリーで初めての記事です。 このカテゴリーは私のブログのものですが、 ジャンル(心と身体)と、テーマ(女性化・男性化・中性化)があって、 これはFC2ブログの決められた範囲の中から選んだものです。 ジャンルは順当ですが、テーマはすごい?ですね~ 中性化!? ”おもしろい~!”という事で使わせて頂きます。(笑い) いきなりですが、今日も、重たく行きます。いつもより? どれだけ重いかというと、30トンの重さの記事になるかと~ (笑い) 陰と陽(男性の生き方)の原則をはっきりさせたいと思っています。 まず、ご存知の『むかしばなし』から、 ”むかし、むかし、おじいさんとおばあさんがいました。 おじいさんは、山へ、柴刈りに~ おばあさんは~ ” 大昔から、男性は外に出て仕事をするというのがあたりまえでした。 そして家族を養い守る。 これが男の本分ですよ。 男の本分とは、 宇宙全体を、永遠に続く創造活動を営んでいる宇宙生命として観ると、 この宇宙の生命活動の一部の営みであるということでしょう。 これが、原則1です。 つまりは、男は宇宙生命からそういう使命を貰っているのですね~ 自覚しようが、してなかろうが、、、です。 前置きですが、原則だけのお話だけではつまらないですね。 原則は原則ですが、物事はあらゆるバリエーションで成り立っています。 実に、現実は100%が、バリエーションだらけ?です。 私達の存在は皆、原則を中心に周りの灰色、グレーゾーンにあります。 つまり中途半端ということですか、、、男も、女も、です。(笑い) ご自分について、よ~く瞑想してみてください。 今の自分に至る行動を起したのは? どうして今の姿に至ったのか? グレーゾーンの中のある一点を占めているのが、それぞれ、自分、 英語のI(私は)という人間です。 周りのグレーのグラデュエーション(濃淡の段差)は無数にあります。 よく★の数ほどと言います。 無数とは、人の数ほどあるという事です。 だから、さまざまの生き方の形態があるのはあたりまえなのですよ。 それをまず、認めて確認して、、、。 それを踏まえて、次に参ります。 家庭というのは、宇宙の本分の一部としてあることになりますね。 男女が結ばれて家庭を持ち、家族をつくり、 新たな子供という(宇宙生命からもらった)生命を守り育てる、 そこに、個人の生き方が宇宙生命へ連なっている意味がある~ と考えたいです。 これが、原則2です。 原則にほぼ、近いという事はさいわいです。 『陰』と『陽』という二つの働きが、この宇宙生命の活動にはあります。 その働きの調和によって宇宙の生命活動は成り立っていると考えます。 だから、お分かりのように、 宇宙の最小単位である生命の創造を営む場所として 家庭が大事なのです。 当たり前ですが、 家庭の生命活動は、男女の頼り合い、助け合い、、、、、 男らしい男と、女らしい女が、頼り合い、助け合う事によって成立します。 これが原則3です。 本来は、原則はそうなのですが、、、、、 男らしくない男と、女らしくない女の組み合せ、もありますし、 中性っぽい組み合わせもありますよ。(笑い) ただ、らしくない程度は、お互いに同程度の組み合わせですよ。 えーっ! 相手の方がひどいって? それは、あなたの主観ですよ! 客観的には、釣り合いが取れています。 あはは。 詳しくは、省きますが、、、。 頼り合い助け合っていなければ、 言い換えると、陰陽の合一がなされていない夫婦の『家庭』。 それでも形はあるように見える『家庭』・・・・・ その形すらもさまざまの現象形態が出てまいります。 陰陽の合一の中味が抜けていきますと、 どうなるか?というと、 宇宙の創造性を具現する生命活動は成り立たない。 ~ですね。 やはりこの実態もさまざまな現象的には現れてきます。 一部の現象として、子供は学ぼうとしなくなると、 2009年 10月 7日の記事、 家庭 3/4 命の継承の川上から流れてくる陰徳を捨てると云う事は負けです。 に書きました。 これが、先のテーマ(女性化・男性化・中性化)にひっかかるかな! 極端が、両親による児童虐待=生命の抹殺!等の例です。 このように現象として生命の危機の諸問題が生じてくるのですね。 反生命活動として、、、。 これは、真っ黒に近いグレーゾーンの現象です。 グレーゾーンのバリエーションについて言えば、キリが有りません。 大事な事は、 実際、自分が、そのグレーゾーンの中のどこの段差にいるのか? それを探るのが『運命学』なのですよ。 私の運命鑑定の仕事は、 これを正すお手伝いをしていると自覚しています。 正すという前に、客観性を以って自分を眺める目を持つようになること。 それを目標に掲げて、運命学教室を運営しています。 おかげさまで、グレーゾーンがあるからお役に立つわけで、 皆が、みな、真っ白って、真っ黒って、これは有り得ないことです。 この地球という天体は、 倦まず弛まず知恵を持つように努力させられる★なのですね! 実に修行的! 苦を楽だ~っと誤解できる程のパワーが要る★です。 結論的には、陰陽学の『陽』が男性ですから、 『陽』を研究したらいいのですが、 それについては、ぼち、ぼち、と行きましょう! 間に、今のように他のカテゴリーの記事を挟みながらですが、 又、是非、次回編をお読みくださいますように。 よき一週間をお過ごしください! -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。
テーマ : 女性化・男性化・中性化 |
![]() 2010
02/16 09:11 |
男性と、女性にとっての子供運というものは、違います。Category : 陰と陽〈男性の生き方〉
![]() アラスカ山脈の奥深く四方を山に囲まれたルース氷河で出現したオーロラ 2010年1月23日、写真家・松本紀生さん撮影(毎日新聞から) 前の記事『陰と陽(男の生き方)』に、次ぎのコメントをいただきました。 実は結構・・・。 男の生き方。って結構難しいように思ってます。 父性は実はどうも母性よりも成立が遅く、 ただこの「父性」ができて、人間は家族になり、「人間」は文化をもったと言わ れます。 陰陽の調和というか男なりの「陰陽・剛柔」の調和も、結構簡単に 崩壊します。 フェミニズム・ジェンダーフリーの発生はともかく、 その暴走には確実に「男性の父性の混乱と崩壊」が大きな一因があると思わ れます。 でも、父性は、「外に出て働く」ことが家庭から遠い場所・環境に あるために、ナカナカに議論や検討・教育されてこなかったように思います。 「父たるも難し。」のように思います。 個別にお返事するよりも、皆様に読んでいただきたいと思い、公開します。 我が運命学においても、 男性と、女性にとっての子供運というものは、違います。 まるで正反対なのです。 女性にとったら子供は産む事の喜び、育てる事の喜びそのものですが、 男性にとったら子供は我が担うもの、我に負荷がかかるものです。 その負荷を担えない男は、その途中で子供を投げ出すでしょう。 子供を持ったといっても、実には、それは子供縁とは違います。 形だけあって、内実が伴なわないのです。 それが、なんと多いことか・・・ それも、グレーゾーンの濃淡の段差といえます。 だからわが子の誕生を文句なしに受け入れる女性と違って、 理屈で受け入れて意識で構えるところが、男性にはあるでしょうね。 ☆父性の成立が遅い、そのとおりでしょう。 それから、『家族』ができて、衣食住が安定する事により『文化』を持った。 このことから、少し話は飛びますが、 ジェンダーフリーの流れを大きくしていくとするなら おそらく、人間は、この手にした文化を衰退させてしまう、そんな気がします。 女性が、そもそも, 男性と同じ立場と力を欲しがるのは解らないではありません。が、 女性の体は、働くようにできていません。 内臓を守る筋肉が少ないために激務には向かないですね。 余程の力があり助手や部下を持てば別ですが、、、限られた人だけ可能です。 ジェンダーフリーというのは、女性のなかに格差を生むことになるでしょうね。 要は、恵まれたと自惚れている女たちの自己顕示欲?も 大いにあると思っています。 慢心からの平等論なら、不幸の原因にしかならないでしょうね。 ☆簡単に崩壊する調和も、歴史にあきらかですね。 ☆おっしゃっているように「男性の父性の混乱と崩壊」が、一大事なのです。 これが、すべての積み重ねを一瞬で破壊に導きます。 これは、裏返せば、 「女性の母性の混乱と崩壊」だってあるということですね。 陽の男性ほどのわかりやすい現象的事象には、ならないですが、 陰の存在的現象は、目に触れないエネルギーの消失、吸引として 確かにあります。 陰の消失は、知らない内に家族を巻き込んで、 夫や子供のやる気を奪ってしまう、、、 「母たるも難し」のように思います。 深い瞑想のなかの思索が感じられるコメントに、 どれだけお応えできたか分りませんが、、、 お返事として、ここまで書けましたことにお礼を申し上げたい気持ちです。 ありがとうございました。 みなさま、よき一週間をお過ごしくださいね。 -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 一部、[版権]がございます。権利は放棄しておりません。 よろしくお願いします。 |
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02/18 12:06 |
男は、やっぱり外へ獲物を求めて飛翔する姿が一番きれい!Category : 陰と陽〈男性の生き方〉
![]() 翡翠が虫をゲット! この写真は詫助470さんのブログから借りてきました。 『翡翠』という宝石と同じ名前を持つこの鳥の羽は澄み切った青です。 虫を取るのに飛び立った飛翔の姿が、美しくて・・・ ある連想が浮かんだからです。 今の時期、受験シーズン。 連想とは、 塾をしていた頃の思い出ですが、長い長い受験準備の後、 生徒たちが志望校へ合格を果たした、その瞬間! 彼らが空へと飛び立つ飛翔の瞬間、 全力を出して狙った虫を仕留めた瞬間です。 よく似ているナァ~ かわいらしくてうつくしいそのすがた。(笑い) このカテゴリーは、陰と陽(男性の生き方)なのですが、 男は、やっぱり外へ獲物を求めて飛翔する姿が一番きれい! (爆笑) ~~でしょう? この連想したこと等を、今日は記事にしてみたいと思います。 今日は、幾分リラックスしてお読みくださいね。 あまり重たくないですから、、、 (笑い) その代わり、失礼な言葉や表現を都合によりするかもしれません。 その辺りに気をつけながら、、、 印象に残っている当時の御父兄の言葉の中から、 その頃は在関西でしたので、一番の目指す志望校が、灘中、東大寺など。 難関中学にご兄弟を入れた実績を持つお母様から、 「先生! 天はニブツを与えないとはよく言ったものですね。 今回弟の入学式で2回目だけれど、確かに秀才ばかりかもしれないけど、 うちの子もそうなんですが背がひくいおチビか、ブオトコ揃い! やっぱりねって思って、、、(おお笑い)」 私もつられて大笑い。あ、そ~なの? ごめんなさい! 今の生徒さん。ご父兄のみなさま~ けっしてこの通りだとは、心の底から思っていないのですが、 何か、でも、このお母様の言葉の中に光る物を感じるのです。 運命学からいっても、天は公平である。というのは正しい。 何かに恵まれると何かが欠けて、 何かに欠けると他で必ず補完されています。 一見、先のグラデュエーションと矛盾するようですが、そうなのです。 運命学は、簡単な平面で論ずるような論ではないので、 こういう表現になってしまうのですが、、、。 これについての詳細は、今、ここでは省きます。 それと、もうひとつ、 これも難関中学へ息子さんが入学した喜びと共に、お母様から、 「受験のときは、いろんな方が入り乱れて判らなかったのですが、 入学式のご父兄はご両親で来られているご家庭が多かったし、 そのなかで父親が白髪まじり案外年配の方と言うか、 そういうお父様が結構多かったです。 男の人は、年を取って子供を作られた方が優秀な子供が生まれるのかしら? って感じてしまいました。 ロマンスグレーの落ち着いたお父様に引き換え、 お母様は皆、教育ママのような方は少なかったですよ。 まぁ、中味は判らないですけど、これは、意外だった。 おしゃれな金髪に染めている人もいてびっくり。 おしゃれね~ 私のような人もいるんだって安心!しましたぁ 」 女性は、良く見ているでしょう? (笑い) 優秀児のお母様は、愉快でたのしい方ばかりでした! 当のお母様もそういう雰囲気の方だったので、安心されたのでしょう。 難関中学校の生徒!ご父兄のみなさま! 誤解を与えるような事を記事にしたようでしたら、、、 おゆるしください。 (笑い) あえてここに、これらを書いたのは、男の生き方として、 このお母様の言葉の中にも光る物を感じるからです。 それは、教育は、父親が精神的に落ち着いて賢明であれば それに越したことはないという事をお伝えしたかったのです。 理由はお分かりだと思いますが、父親がそうであれば、 子供が父親を尊敬し、母親も自然と尊敬し(ここが大事ですわ~) 父親を通して子供は社会を肯定的に受け入れ、 社会の中で立派に生きていくことのすなおな肯定へとつながり、 子供が希望を持って上方へ飛び立とうとする意欲へ向かいます。 子供は、自然に学びを好きになり、父親が勧める事をしたがり、真似ます。 年に従って、体とともに、男らしくなっていくのですね。 先の、翡翠の虫取りの飛翔の写真を見て、連想したのがこのことです。 そして、ついでに俗っぽい事をもっと言わせて頂きますと、 その横にお父様を頼り、信じている女っぽい?お母様がいればいいわね~ これで、男の子の潜在意識にすごくいい”家族像”を刷り込む事ができて、 完璧だと思うわ~ (笑い) できうるならば、お母様の関心が子供へだけでなく、 自分の夫へ、注がれている。 これがなければ、子供は伸びないですよ! この基盤が、生命の育つ場・家庭に無い場合、 本から学べ!とか、細切れの知識を押し付けたところで、 運全体の進展には限度があるわけです。 その子の生育暦が上手く行ったか、どうかは20歳を過ぎてみないと 分りません。 十代の半ばで、学校がどうの、成績がどうのと判断はできません。 まして学歴や、成績で一生の幸不幸は、判らないわね。 しかし、子供のことで指針は父親、彼がりードして、 決まった事には夫婦が協力するというのは理想です。 よく思うのが、跳び箱の風景です。 跳ぶ前の助走の床と踏み台が、母親。 跳び箱の高さが、父親。 着地点のマットが、未来に出会うお嫁さん。(笑い) 子供のためにも、 男性が活力を持って、生きれるような社会にしなければいけません。 男性の値打ちを下げて、その穴埋めにしようという政策が目立ちます。 社会が子供を育てるというのが、”こども手当て”の理念だそうですが、 子供は、物ではありませんから、お金を与えるから育つのではありません。 自分の父親が、立派で誇らしいから伸びるのです。 自分の夫を尊敬せず、”こども手当て”を当たり前に受給する母親の所に、 両親を思い、国を思う人間は育つでしょうか? 子育てを社会化する今の流れは、怖い物を孕んでいます。 ほんとうの処、女性が働かなくてもいい収入を男性に分配する、 夫の収入だけで生活できる労働所得を各家庭に分配する、 国の施策も、 それをどうやって実現するか、増やそうかという方向へ行くべきですね。 お金を配って国滅ぶ、ことになるやもしれません。 次、生活保護についても、ご相談のなかから、お伝えしたい事があります。 欧米は、社会の奉仕、本来の愛、サービスという概念も、 その基盤にキリスト教という精神的な保守があります。 日本はそういうバランスを取るべき精神的基盤、道徳、社会秩序が壊された まま何もありませんから、国から与えられるお金は只のお金なのですね。 物質・物です。経済で内需を、などと言い訳しようが、 その事自体が物と認知していることでしょう。 子育ての施策を、経済の言い訳のベクトルで論ずる事がおかしいのです。 日本の物質文明の凄さはここです。 為政者が気が付いていない。 それが、現状の日本です。 弊害は大きいです。精神の荒廃を招くだけ、そうなる部分が大きいですね。 どうか、子供たちに必要な家庭の活力を! もっと、一人の男の値打ちを上げなければだめですよ! 国を挙げて、自国の男の価値を貶めている。 男の力を強める方向へ行かないと・・・ 子供は健全には育たない・・・ 今、戦争が起こったら誰が戦いますか? 又、負けるに決まっています。精神が病んでいるのだから。 明日から我が運命学教室の冬季学習が始まります。 教材は、『孝経』を予定しています。 その準備で遠出の鑑定依頼をやめていますので、ブログが更新しやすい? 最近、更新のスパンが短いでしょう? また、冬季学習が終りましたら、 『孝経』から記事にできればと思っています。 おたのしみに。 では、また。 よき週末を、おすごしくださいね! -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。 |
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08/28 13:11 |
陽〈男性の生き方〉 陰陽学 石原都知事にみる少陰 (コメントへのお返事)Category : 陰と陽〈男性の生き方〉
![]() 富岳風穴(ふがくふうけつ)洞窟の中の氷 ( 気温0℃ ) 詳しい案内 ひさびさの 陰と陽〈男性の生き方〉 カテゴリーの記事です。 今日のキーワードは、” おかあさん とおばあさん ”。 ほっ。 まず、今日も、前々回の記事にいただいた、 次のコメントへのお返事から始めます。 日本人の頭と心に棲みついたヤドカリ、わかりやすいたとえです。= 今の子供たちにとったら西洋功利主義が日本の頭と心だって受け入れて 違和感はないでしょう。= ちょうど3.11のあとに石原都知事がなさった発言を思い出します。= 日本人は我欲だ。それを津波で洗い流そう...= 過激な表現でマスコミからはいろいろありました。= あれは間違った意見ではない。だれかが言わないといけなかったのですね。= そう思っています。= 続けて前回の記事への同じ方からのコメントです。 生活のレベルからヤドカリを追い出さなくては!= 今の子供たち、道徳と歴史が大切なのに学校でやっていませんでしょう? 不安です。= まったく、そうですね。 話題が、石原都知事 と、道徳と歴史。 なにか、結びつきそうだわ! 今日は、その辺りを掘ってみたくなりました。 ほ! 石原都知事、サマーセールみたいになりそうです。 あはっは。 今の子供達は、道徳の根が断ち切れた社会に生まれて、 学校で歴史を学んでいないのです。 日本史は、高校では、地理歴史科のなかで世界史を必修でやり、 日本史は地理とのどちらかを選択履修という扱いになっています。 世界史が必須科目になっているのに、 母国の歴史が、選択科目だなんて...あきれるばかりです。 当然、日本史を必修にすべきだという意見もあって、 東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県などの教育長は2006年9月、 (5年も前に)高等学校の日本史の必修科目化を求めて、 文部科学省に要望書を提出しています。 が、未だに、国が動かないと云う事なのでしょうね。 この道徳と歴史がない世代が大人になって、社会の中核になる時代が、 もうすぐそこに! その時、非常に危ない! 日本が危ない! と思っています。 話を、元に戻します。 石原都知事の発言は、いつもながら注目を集めています。 きわどい発言が多いのですが、 あれは間違った意見ではない。だれかが言わないといけなかったのですね。= と、同感をして受け止めている人も多いのでしょう。 それで、石原都知事の発言を調べてみました。 一度じっくりお読みなってみてください。 3月14日、東日本大震災に関しての発言。 「日本人のアイデンティティーは我欲。 (老親の死亡届を出さずに、その年金を受け取っていた事件に関して) この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。 やっぱり天罰だと思う。・・・・・ アメリカのアイデンティティーは自由。 フランスは自由と博愛と平等。 日本はそんなものはない。我欲だよ。物欲、金銭欲。・・・・・ 我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。 それを(津波で)一気に押し流す必要がある。 積年たまった日本人の心の垢を・・・・・ 被災者の方々はかわいそうですよ。・・・・ asahi com より引用 4月28日 「首都圏がその首都圏としての文明、生活を維持するために、 供給を仰いでいた福島県の原子力発電所が壊滅的な被害を受けた。 そして、その放射能の危険はいまだに続いております。 私たちは、こういう状況を踏まえて、ある大きな反省をしないと、 この災害の意味も歴史的に活きてこないと思います。 私たちは、当然、一人ひとりが努力して節電をしなくてはいけません。 そういう努力を通じて、 私たちが今まで当たり前のこととして享受してきた、 この首都における生活というものは、 果たしてそのままでいいのかどうかということです。 例えば、私たちの文明生活というのは、全てとはいいませんけども、 電力というものの供給がなかったら動いていかないわけです。 日本にしかない現象の一つで、街中に自動販売機が氾濫している。 外国だったら、とんでもない連中があれをぶっこわして 中身をかっぱらって行くから、ありえないことでしょうけど、 あれは、治安が良くて、幸い、首都圏の治安は安定していますので、 ああいったものが、ある意味では跋扈している。 この間、自動販売機の協会の幹部が、 「私たちは、消費はしているけど浪費はしていない。」という 訳のわからない詭弁を弄してました。 あんなものが、一つの文明の便宜として街中にあって、 膨大な電力を食っているということは、 本当に文明としての正当な消費なんでしょうか。 私は浪費にすぎないと思います。 〈 中略 〉 パチンコ屋をやっているのは、在日の韓国系の人が多いそうですけど、 その一部の人が、「これは自分の母国の韓国でも流行るだろう」と 持って帰ったら、面白かったんでしょう、たちまち人気になった。 これは人間を怠惰にして、人生を狂わせるということで、 韓国の当局が乗り出して、韓国ではパチンコは全廃されました。 被災された方は、本当に悲惨な生活を送っておられますが、 あそこで見る、ボランティアも含めた人間関係というのは、 当然、あるべき人間の姿、まして、それ以上に、涙を流して、 ささやかな援助に感謝する、あの被災者の方々の姿を見ると、 昔の美しい日本人の姿が残っているという感じがします。 しかし、私は、それに安住することなく、 被災地以外の日本人がこれからどんな生き様をするのか、 どういう生活を続けたいと思うのか。 これは、私たち自分自身の問題として反省しませんと、 天は、この国の命運を許さないと思います。 随分口幅ったい、強いことを言うみたいですけれども、 この災害を私たちがきっかけにして、 金銭欲、物欲、性欲というものが跋扈しているこの日本の社会様式を もうちょっと節度のあるものを変えて行こうという心を持たないと、 この大きな災害の犠牲というのは、 日本の未来にとって将来にとって活かされてこないと思います。 みんなで、自分をもう少し折って節度のある、わがままを通さない、 我欲を張らない、倹約と言いませんが、 もっと地道な生き方というものを本気で考えて行かないとだめだと思います。 この時も、自動販売機やパチンコ業界から、蓮坊さんからも、 不適切な発言だと言われました。 ニュースで聞くと、問題になった言葉だけが耳に入って来ます。 それを、都知事の”暴言癖“ だと云う人もいて、 その代わりに ”良識ある発言“と受け止める人もいるのでしょう。 多くの人は、心の中で“ よく言った!! あはは。 そう思っている部分もあるはずです。 近代化以降の私たちが、 自分の中に巣食うヤドカリの功利主義に負けて、 自分だけなら、と言う思いが、だんだん膨らんで日本中になって、 国の中枢や、危機管理をする人、安全を守る機関の中にまで及んだと言うのが、 現在、142年後なのですね。 一番、大事にずっと守って来たもの、絶対に捨ててはいけないもの、 それを捨ててまでも、成し遂げた近代化。 先進国と同じ生活、イヤそれ以上の生活レベルを求めて、 自分だけはイイヤ、と心の中で捨てて来た結果が、今の生活です。 まだ、ありますよ! 東京都議会の平成22年第1回定例会の発言、 「児童ポルノや子供への強姦等を描いた漫画の蔓延を、見て楽しむだけなら 個人の自由である、いかなる内容であっても表現の自由である、 と許容することは、これは自由の履き違えであり、 青少年を守り育てる大人としての責任と自覚を欠いた、 未成熟な人間の自己保身に他ならない。」 「青少年健全育成条例を改正し、 児童ポルノの根絶とこの種の図書類の蔓延の防止に向けて都が、 都民、事業者と一体となって取り組み、 現在のおぞましい状況にこの東京から決別していきたい。」と宣言。 漫画やアニメが青少年に害悪を与えるかどうかについては、 「ありますよ、そりゃ。(記者に向かって)ないと思うのか君?」 同条例改正案は2010年6月14日都議会総務委員会において 民主共産両党と生活者ネットワーク・みらいの反対票によって否決、 同16日に本会議でも否決された。 都議会で知事提出の条例案が否決されるのは12年ぶりであって、 修正の上で再提出した結果、 2010年(平成22年)12月15日に可決され成立した。 もうひとつ、最近の都知事の定例記者会見の発言。 8月6日 毎日新聞 東京朝刊 からです。 日本の防衛戦略について、 「米国は新しいニュークリア・ウォーヘッド(核弾頭)のシミュレーションをやった。 日本だってそのくらいのことをやったらいい。持とうと思ったらいつでも持てますよ。 スーパーコンピューター駆使すれば原爆のシミュレーションなんかすぐできる。 日本は強力な軍事国家にならなかったら絶対存在感失う。 北朝鮮、中国、ロシアが、 日本の領土をかすめ取ったりかすめ取ろうとしている。 核を持って、歴然と敵意を持っている国に、 間近に囲まれているのは日本だけだ」 と危機感を強調した。 いろいろ云いにくい事を、 ここまではっきりと云える人柄も、めずらしいと思いますが、 私が感じているものは、実は、彼の中の『少陰』です。 それは、石原都知事の言動の中に、 男らしい、『陽』の本領発揮と云う言動の男性そのものの奥に、 しっかりと根を張った『少陰』の存在を感じるのです。 少陰は、前の記事で、すこし触れました。 その中で、次のように 『陽』である男性も『小陰』、すなわち未熟な『陰』を持っている。 男性である『陽』は、老陽、少陰、と謂う二象になり、 それに「乾(天)」「兌(沢)」「坤(地)」「艮(山)」などが、属す。 それは、ちなみに女性である『陰』が、老陰、少陽、と謂う二象になって、 そこに「離(火)」「震(雷)」「巽(風)」「坎(水)」などが、属す。 それで、男性諸氏には、 常にご自身の中の小陰を光らせてください。でなければ、 女性からの支持を失います! あはは。 と、書きました。 ご記憶していただいていますか? ☆その未熟な『陰』が、外から刺激をされると、 その働きが、『陰徳』を守るすばらしい『陽』になると云う事です。 具体的には、 男性=『陽』の中にある『少陰』を刺激すると、 男性自身の『陽』と『少陰』が調和をして陰陽の調和=『中庸』に。 『陽』である男性の中で『少陰』が、光ってくるのですね。 その例に近いかなぁ~と、 石原都知事はそうかなぁ と思う所があるのです。 その逆に、すこし悪口を言いますと、 今の民主党の議員の中には、若手から長老に至るまで、そう云う御仁はいない。 で、肝心なのは、☆何に刺激されるのか? です。 次に、父親と父性についての石原氏の言葉、 他の動物だったら外敵に襲われた時に家庭のなかで真っ先に父親が刃向かい、 母親が子供を抱えて逃げるというのが動物としての天性の姿だと思う。 そういうものを同じ動物たる人間の習性として維持していこうとするのは、 健全な保守ともいえるはずです。 何だけは絶対に守るのか、 何だけはとにかくはぐくみ育てていくのか、 という指針を持たぬのは男ではないし、 それこそを男の親が語らなくてはならない。 そういう作業を欠いてしまったところに父性なぞ存在し得ないし、 成り立ちもしません。 命の継承について、先祖観などの言葉、 私は自分にとっての分身が初めて誕生した時、 つまり私の長男が生まれた時のことを今でもよく覚えている。 覚えている、というよりあの時の、得もいえぬある強い実感について 今でも感じ直すことが出来る。 それはいい換えれば、人間の「存在」について初めて考えさせられた、 というより強く感じさせられた時の印象といえるかもしれない。 自分がこうしてこの世に在るということは、 自分がただこうして生きているというだけではなしに、 今ここにこうして見る我が子と、さらにその先この子の子供、さらにその孫にまで、 丁度大きな鎖の輪のように繋がった者として自分も在るのだ、 そしてこの子もまた、すでに死んだ私の父や、 私自身が一、二度しか会ったことのない、しかしとても優しく懐かしく印象的 だった父方の祖母や、そのもっと前の前の名も知らぬ、しかし確かにこの世にいた、 私のためにもこの世に在ってくれた先祖の人々とも繋がっているのだという、 どんな感傷も伴わぬただ一途に強い感慨だった。 非常に『中庸』を感じさせる感慨だと思います。 なぜなら、ここから『孝』と云う徳性の価値観が生じてくるからです。 石原氏が高校一年の時、 民主学生同盟にいち早く入り、学内に社会研究会を作った。 日本共産党へのヒロイックな気持にかられていた時の彼の母の言葉、 “ 家族や弟を捨て、お父さんの地位も財産も捨てさせ、 その上、自分が獄につながれても後悔しない自信があるなら、私は反対しない。 大衆の為に生きると云うのなら、その覚悟をしてほしい。 それならお父さんが、どんなに反対しても、私は賛成する。” と彼に言った。 この言葉に、あくる日から湘南高校の左翼活動、学生運動を離れている。 『サンデー毎日』から引用。 その後、これに関する石原氏の、ある対談の中での言葉、 「女親っていうのはバカだから。 主義主張が母親の意見で変わるなんてウソですよ。 そういうものに興味をもったのを親が心配したというだけの話です」 あ、これは、石原氏一流の言い方なのでしょうが、 覚悟を決めた母親の凄さ、何が大事かと云う事を伝える力を感じます。 『陽』の現象を追いかける男性の『少陰』を刺激するもの、 それは、女性の『陰』の中にある『老陰』なのです! 女性? そう、 母親、 祖母、 おばあさん。 そう、 役に立つのは、バランスの取れた『老陰』を持つ女性。 それが、『陰徳』に祝福された女性の生きざまです。 あ、おばあさんに関する発言に、こう云うのがありました。 惑星物理学者の松井孝典東京大学名誉教授から聞いたと言って、 文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものは「ババア」”なんだそうだ。 “女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です”って。 男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、 女は閉経してしまったら子供を生む能力はない。 そんな人間が、きんさん・ぎんさんの年まで生きてるってのは、 地球にとって非常に悪しき弊害だって。 あはっは。 女性が長生きするのは悪しき弊害だって?! 実は、この説の源、松井孝典東京大学名誉教授の理論は、 人間の女性が、 生物としては例外的に生殖可能年齢を超えても生き長らえる事で、 「おばあさん」集団が人類の記憶装置としての役割を果たし、 その事が、文明の誕生を可能にした。 更に、その結果として、 その文明が地球環境を蝕む結果をももたらしている。 つまりは、この真意は、 人類文明の発展は「おばあさん」によって可能になり、 その文明が地球環境を蝕んでいる。 というものです。 これも、おもしろい東洋とのリンクだなぁと感じたのですが、 『老陰』は、すなわち『陽』への転化の始まり、 『少陽』になる一歩手前なのです。(これの詳細は、今回は省きます。) 女性の持つ『老陰』の刺激により、 通じるものがあるから、『陽』へ刺激が与えられるのです。 今日のキーワード、 厚い陰徳を積んだおかあさん、 おばあさん、です。 お分かりいただけましたか? その結果、 男性が、『陽』である自己の中の『少陰』を光らせる。 その働きは、天であり、 沢であり、 地であり、 山となる存在になる。 つまり、空の太陽(天)や水辺(沢)や大地(地)や山は、 人間の生命を産み、育み、守る場、そのものです。 つまり、『少陰』を光らせる男性は、『陰』そのものに通じる力で、 まわりの世界を安定させ、豊かに恵みを与える存在になる。 と云うような事になってほしいですね ... 。 当の石原氏の海外からの評価は、 ABC(アメリカ)からはフランスの極右政治家に例えて「日本のル・ペン」と言われ、 中央日報(韓国)からは「極右勢力の代表」、 フィガロやリベラシオン(フランス)からは「国家主義的思想の持ち主」 「右翼ポピュリスト」と呼ばれ、極右政治家と認識されているようです。 極右 ? おもしろいですね。 『陰』も、命を守ると云う本源において、極右、極保守です。 そして、命を犯すものに対しては、極左、極革新です。 自然界には、極右も極左も、すべてが具わっています。 さぁ、今、その自然は、どちらにエネルギーを溜めているのでしょうか... 命を守る私たちへ、自然は調和の恵みを与えてくれるでしょうか? それとも、命よりも功利を尊ぶ私たちの無道徳さに、 何度苦しんでも直らない愚かさに、あきれて、 またもや再び、自然は鉄槌を振り下ろすのでしょうか? 『天』・自然は、『中庸』を求めて活動をしています。 地球も、『天』みずからの法に則って、生きている存在です。 決して、土や水という物で固まった物体ではないのです。 長くなりました、、、 次回も、陰と陽〈男性の生き方〉 カテゴリーの記事になります。 ぜひ、お楽しみになさってください。 秋に移ろう季節を味わいながら、 よき一週間を、おすごしください。 -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。 |
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09/04 16:23 |
陽〈男性の生き方〉 知の限界とジェフリー・リー氏にみる少陰 (コメントへのお返事)Category : 陰と陽〈男性の生き方〉
![]() 2011.8.18の富士山 裾野だけ、、、お姿が見えません。 立春から数えて二百十日目、 現在の暦でいうと九月一日か二日ごろを「二百十日」といいます。 昔から、この日は台風が多いとされています。 そのとおりですね。 今日も陰と陽〈男性の生き方〉 カテゴリーの記事です。 前回の、石原都知事にみる少陰の記事に続いて、 男性の中の『少陰』について、 オーストラリアの先住民族アボリジニのジェフリー・リー氏についてです。 今日のキーワードは、「★ おばあさん 」です。 ほ。 では、まず 前回の石原都知事の記事にいただいたコメントへのお返事です。 はい、僕もおかあさんとおばあちゃんにはお世話になっている者です。 石原都知事の”天罰”発言ですが、 4月ころに、文芸春秋に、 今回の震災についてのなかで、 石原都知事以外のだれも、”天”や”神”という言葉をつかっていない現実を 批判している学者の文章を読んだのですが、 ”天”や”神”を反故にしてきた近代化を批判する内容だったと覚えています。 このブログの論調と合うのではないですか。 僕の記憶によれば京都大学の先生だったです。 コメントありがとうございます! 教えていただいた文章ですが、忙しくて読んでいなかったのです。 さっそく、文芸春秋を読み直してみました。 以下、社会経済学者の佐伯啓思・京大教授の論旨です。 『 今回の震災が、「世界観を変える契機」になる。 その理由は、 今回の震災が、「近代的な価値観」の限界をまざまざと見せつけている。 人間が近代の科学主義と技術主義を用いて、 自然を管理できると云う信念が、打ちのめされた。 物質的な幸福を無限に増大する事ができると云う信念が、 今回の震災で打撃を受けた。 自然は、人間の思い通りにいかないと云う事実を突き付けられたのだ。 その事は、我々が、常に、人智を超えた不確実性に さらされていると云う事実を、思い知らされたと云う事だ。』 今回の震災が、 何でも技術で統御できるとした科学を信じる科学万能主義が、 間違っていたと云う証拠、現象そのものなのですね。 科学でいくら計算し、統計を取った処で、 自然と云うものは、その枠を超えた現象を起こして来るものです。 そして、 前回、石原都知事が、今回の震災を ”天罰 ”と言った事を このブログでも紹介をしました。 『 石原氏を例外として、他の誰も、”天罰 ”などと言わないのは、 近代化が、「天」や「神」の概念を反故(ほご)にして来たのだ。』 と近代主義を批判をしています。 そしてさらに、 『 近代化で失った、「天」や「神」=畏怖すべきものの前に頭をたれつつ、 途方もない災難に敢然と立ち向かうところに、 人間というものの自尊がうまれるのだ。』 以上が、その論旨です。 当然、この論旨は、その通りだと思います。 が、何を今更!と思う心もあります。 近代的学問の学徒ではない庶民には、前から至極、当たり前の事なのですね! 近代の学問的知見を学んで、そこまで染まっておりませんから。 疑いながら科学を見て来ましたから..... しかし、近代の知識を信奉し、学び、研究し、 それを職業として”なりわい”としている方々には、 たしかに衝撃だったはずです。 科学が万能だと、近代知識が正しいと主張する立場における”なりわい”。 科学は万能だ、科学を信じろと言っておきながら、 災害が起こってから、それまでの事を分析、批判をして見せてくれた処で、 後からどんな理屈で説いた処で、もう、遅いのです。 どうして、もっと前から近代的科学知識の危うさを訴えなかったのか? 発信源である最高学府の教授という科学知識の指導的立場の人間の因業に、 いまさらながら恐れを覚えました。 哲学も道徳性も失い、功利主義の徘徊する社会の科学と云うものに、 非常な不安と恐怖を感じずにはいられません。 正に、こう云う点なのでしょうね。 釈迦が、十大弟子の知恵第一の舎利佛(しゃりほつ)を嫌ったのは、、、 女性や悪人が成仏できないとされていた低いレベルの仏教の経典で、 頭のいい人、知識者階級も、成仏ができないとされていた点です。 理由は、女性は愚かで、 悪人は、悪行のせいで成仏出来ない。と云うのは、分りやすいのですが、 どうして頭のいい知識者階級が、成仏できないのか? 仏教を、学び始めた時に、疑問に思ったものです。 知識を持った頭のいい人間は、自己の知の権威を守るエゴや、 自分が知識を得る事を、なにより優先するエゴが強い為に、 他者を救う事よりも、自分の知的欲望の満足が大事な場合があります。 あるいは、自分の知的欲望の為には、他者を犠牲にする事もあります。 そう云う知識者階級の欠陥性が、仏法における成仏を妨げていたのですね。 これが、分かった時には、仏法の深遠さを感じたのを覚えています。 法華経になってあらゆる生命の成仏は可能になりますが、 仏教の低い経典では、そう云うエゴを乗り越える力がなかったのですね。 しかしこれは、 知識を売る事を仕事とする人間の犯しやすい罪の本質です。 明治維新の知識者階級の人々も、そうだったのでしょう。 その後の事など、眼中になく、影響の精査もせずに、 浅はかな! 現実の足元の成果だけを目算する。 今の世の効率主義と通じるものですが、 いずれは反古になる知識を、真実だ!これだ!と、 ピ~ヒャララ~ お囃子が鳴っている間に、粗(アラ)が出ない内に広めたのですね。 それが、『陽』の活動だと言えばその通りです。 それは、そのまま「知」の限界でもあります。 たしかに、これでは、まだまだ、 自己保身のエゴイズムの範疇から、抜け出ていない事になりますね。 エゴを超えていない善悪に通じる「知恵」は、『陰徳』ではない。 と、水の徳、『智』で、申し上げました。 知識がある者の、不徳? 罪業なのですね。 ほ。 これが、このブログで何度も書く処の”『陰徳』の消去 ”に通じます。 知識の持つ『偽』の側面なのです。 『知識』は『知恵』には成れても、『偽』の範疇です。すなわち『陽』です。 『知識』、『知恵』は、『智恵』、『陰徳』ではありません。 もうひとつ、 このブログでは、「天」と云う言葉を、よく使いますが、 「神」と云う言葉は、めったに使いません。 理由は、神と云う言葉を気楽に使うものではないと思っているからです。 神には、さまざまな立場があり、その役割、都合があります。 それを混ぜて、おおざっぱに、さも分かったように使わない方がいいと思っています。 「神」には、宗教色があり、 絶対神を指す場合、仏に従う使いとしての場合、シャーマン的な場合など 一緒では差しさわりがあり、今のところ、そう云う概念は邪魔になります。 近代化に対するおおざっぱなアンチテーゼは、 今の処、「天」で十分だと思っております。 もうひとつ、 20、21世紀に西洋から入って来た思想は、 すべてが ” 人間中心主義 ”です。 最初のこの言葉の印象は? 人間が、中心だなんて、 すばらしい! 人間が中心なのだからいいだろう? な~んて思ったりして、 あは。 喜べ! やっと、人間が中心になったぞ ! 人間回復みたいな? ??? あは。 まったく、とんでもない話なのに ! 私たちは、安易に、この言葉を受け入れてしまっていませんか? これこそ、” ジコチュウ ”。 自然界における人間のおごりです。 この自然で、人間が、中心だなんて。。。 人間が、自然を守ってやる、だなんて。。。 おこがましいのです! こう云う慢心では、人間が自然界から排除されるかも知れません。 そう云う危惧を抱く位、かたくなに我々の意識は、自己中で染まっています。 これは、罪悪ですよ、もう。 まして、 「環境保護」だなんて! 「自然保護」だなんて! 誰が作った言葉でしょうか? ? ? 人間の思い上がりも、はなはだしいのです。 *実相は、自然が、やさしく保護してくれているから、 人間は、生きていられるのです! *実相=(じっそう)仏教語、ありのままの真実の相(すがた) ”太陽の北極磁場が2年早く反転をしたが、南極には見られなかった。 こうした事が、地球の環境変動を起こす恐れがある。 太陽の黒点の活動周期が延びた。 この延びる時期は、地球が寒冷化する事が知られている。” ー太陽観測衛星「ひので」7/21の観測によるー 太陽次第で、地球の私たちは、どうにでもなるのです。 それなのに、「環境保護」? この手の慢心から出て、他を見下して、自己を飾る言い回し、、、、、、 どこかで聞いた ? 誰かに似ている...そう、島田紳介。 ほ! 彼は、だって、現代の功利主義の申し子、生み、育て、祭り上げられた人間です。 近代の功利主義が、彼が落ちる所まで利用しつくした人間です。 彼を生み、育て、祭り上げ、落としたエネルギーも、功利主義です。 どうして彼が狙われたか? それは、彼の心身が功利主義に染まり切っていたからでしょう。 ★この社会は、道徳を失えば、功利主義の餌食になる場所です。 気をつけましょうね。 ほほ。 我々、すべての生物は、 自然の調和のおかげで、自然が保護してくれているから生きていられるのです。 それを、肝に銘じて、覚えておくてくださいね。 これを忘れると、『陰徳』が消去されて、 この自然界から引退をしなければならなくなりますわよ。 ほ。 これが、実は、絶家になる一つの因でもあるのです。 さぁ、いよいよ! ジェフリー・リー氏についてです。 ジェフリー・リー氏は、 今年40歳になるオーストラリアの先住民アボリジニです。 ジェフリーは、言います。 ”This is my country. Look, it’s beautiful and I fear somebody will disturb it,” 「ここは私の故郷だ。見てごらん、こんなにも美しい。 私はこれを何者にも侵害されたくないんだ」 彼は、子供の頃から、もう30年以上、ふるさとを守る為に戦い、 一族と共に自分たちの土地を守る為に、戦って来たのです。 彼が住むふるさとは、 Koongarra クーンガラです。 オーストラリアには、地球上の35%というウランが埋蔵されています。 当然、世界一の埋蔵量になります。 クーンガラと云う地域にも、世界有数のウラン鉱脈が眠っています。 その推定埋蔵量は、14万トンと言われています。 現在、日本の福島原子力発電所事故の汚水処理等の技術を 提供しているフランスの大手原子力企業であるアレバ社が、 それを、見逃すはずはないのです。 2007年、 アレバ社は、長であるジェフリー氏へ、ウラン鉱山の採掘権と引換えに 50億ドルの巨額オファーを申し出てきました。 その時、ジェフリー氏に断られたアレバ社は、 それ以降も、数々の姑息な手を打って、圧力をかけ、 何とかウラン鉱脈を手に入れようとしました。 しかし、 ジェフリー氏は、50億ドルの巨額オファーに目もくれず、 ただひたすら先祖から受け継いだ土地を守った男です。 まさに、お金の誘惑に負けなかった男です。 この時のジェフリー氏の言葉を、当地のメディアが伝えています。 「あそこは聖なる地なんだ。(先祖が)眠っている。 あそこには、私が守っていく責任のある特別な場所が他にもあるんだよ。 私は白人のオファーには興味がない。それは、何の意味もないからね。 私はお金に興味がない。仕事もある、食物も買える。 釣りにも狩りにも行ける。それだけで十分ではないか。 私の父や祖父は、車や家など他にもたくさんの申し出を受けた。 でも、ウランがどういうものかという説明を、誰もしてはくれなかった。 私の父や祖母だったら、この土地を採掘することに合意し、 明け渡していたかもしれない。 でも私は成長する中で、この土地に埋まっているそれら(ウラン)には 毒性があることを学んだんだ。 私は「★おばあさん」におんぶされて、この土地をすべて見た。 おばあさんから、いろんな話を、この土地の事を教えてもらった。 私はこれを私の子供たちに伝えるつもりだ。 アレバ社は、大金や何度もオファーをして来た。 でもそれで余計に、私は失望しただけだった。 土地への責任はあるけれど、土地を思い通りにいていい訳ではない。 なぜなら、この土地が、私を所有しているのだから。 彼は自分達の土地や隣接するカカドゥ国立公園が、 巨大資源企業の手に渡ることを非常に恐れていました。 1981年、隣接する「カカドゥ国立公園」が世界遺産に登録されました。 この世界遺産エリアはその後も、1987年と1992年に拡大・追加登録があり、 ジェフリー氏は、パリのユネスコ本部まで行って、 クーンガラ地区もエリアに組入れて欲しいと訴え続けて来ました。 それでクーンガラ地区を巨大企業の力から守ろうとしたのです。 ![]() 「カカドゥ国立公園」 それが、ついに今年の2011年6月28日、 クーンガラ地区が世界遺産指定エリアに入ったのです。 そのおかげで、クーンガラ地区は、永遠に守られます。 オーストラリアの環境保護団体エグゼクティブのコメントです。 「フランスのウラン採掘目当ての大手原子力企業アレバ社は、 非情なまでに、この土地からウラン採掘権を得るために圧力を掛けて来た。 この土地は本当に危機にあったと言えます。 でも、今回の世界遺産の決定でそんな危機感は消え去りました。 本当に祝福する時がやって来たのです。」 ジェフリー氏の守った土地は、電気も水道もない、何にもない原野です。 そこに住んでいるのは、もちろん、ジェフリー氏一族だけだそうです。 辺鄙な土地で、店もないし、道路も舗装されていません。 しかし、彼等にとっては、豊かな自然と恵みがあれば、 近代的な便利な物や、人工的な物は何の価値もないのです。 ジェフリー氏の言葉ですが、 「自分が土地に所有されている=属している。」 つまり土地(地球)があって初めて、生まれ育ち、生きれるのだと云う事。 その土地=故郷に育ててもらったのだから、守る義務がある。 それを子々孫々まで伝える義務がある。 と云う事になるのでしょう。 ジェフリー氏は、この彼の哲学で、巨大企業に勝ちました。 功利的経済性第一主義 と 自然いのち第一主義との攻防の勝者です。 参照記事 : ABCnews 振り返って、 原発を抱える県や自治体は、ジェフリー氏とは全く逆の道を選んだのですね。 巨額のお金や仕事と引き換えに、魂を売ってしまったのではないか? 西洋的な近代文明への憧れの強さからか、都会生活と同じ物を手に入れる為に、 いつしかその本質を見失ってしまったのではないか? 何を守るのか? そして、 守る為の手段を、間違ってはいけない。 今、日本は間違って歩んで来た道を反省しなければならないのではないか。 この問題は、小さな規模で、身近な処で、 どこででも、多かれ少なかれ、常に起きていると思います。 そのとき、我欲に負けず、自然に沿った正しい判断が出来るか? さぁ、それなのです。 功利主義に染められないように自己の哲学を持ってください。 徳性と云う観点から見ると 『知識』の専門家である学者よりも、 学識はないけれども、『智恵』を持つ普通の人の方が優れていますね。 これで、陰と陽〈男性の生き方〉カテゴリーの記事は、一旦終わります。 次回は、「無意識の不思議」についてです。 お楽しみに。 よき一週間を、おすごしください。 -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。 |