![]() 2009
08/29 18:54 |
陰陽学 その5/5 経済編 経済という『陽』は、無常を免れないのです。Category : 陰陽学
![]() 白い雲 モーツァルトをどうぞ! ★ ピアノコンチェルト No. 21, アンダンテ (8分8秒) 決して明るいとは言えない昨今、いろんなものが渦巻いています。 それはまず、 身近なところでは、国内の政治の問題の渦。 次は、政党だけの問題ではなく、自由主義経済の行き詰まりです。 リスクを管理できるというのがウソだった金融工学の限界などに見える 現在の資本主義の混乱の渦です。 今の資本主義では、地球が救えないという認識からくる失望です。 特に国内は、 高齢化、少子化の影響からくる経済の需要と供給の問題です。 それが、デフレの原因といわれるわけですが、 株価もなかなかですね。 企業は、インドや中国へ需要を求めて出て行かなければなりません。 自動車産業や電気製品は、 すでにその努力を以前からしていますが、 公共事業を削減されたゼネコンなどは、これからです。 そこで働く従業員は、海外まで連れて行く訳には行かないので大変です。 雇用の問題が国内に残されるわけです。 経済において、何かが次ぎのシフトへ移っていくとき、全体が混乱をします。 学問は、真理を追究するものだという事であれば、 経済は、さて学問でしょうか? と言うのは、 経済学で、これが間違いのない理論である。 これが経済の真理である。 というような言い方は、やめた方がいいですね。 経済学に、真理と云うようなものはないでしょう。 また、言うべきではないでしょうね。 なぜなら、 その発言が、利害そのものに影響するので、 間違った場合トンでもない!! ことになります。 ある経済理論を、正しいと喧伝し、社会を巻き込んでしまう事は危険です。 その陰で誰かが一番儲けているとか、、、、、 金融マフィアという言葉も、あります。 地球上を股にかけて、世界経済を牛耳っている。 ライブドアのホリエモンなんて、可愛い者です。(笑い) 私達の知り得る表に出る人間は、 所詮、他人に操られた小者でしかない場合が多いはずです。 本当に世界を支配できれば、 ”おれが帝王だ!”なんて、 わざわざ言う必要はないのですから・・・ 善悪において真に力がある人間は、自分の力を隠します。 その影響力を知っているからです。 知られる事で、行動の自由が狭まって、 都合が悪くなる事の方が多いからです。 そのように安易な経済理論は、 不公平な戦略を正当化するのに利用され、 巨悪の隠れ蓑に、されかねません。 そう云う事は、決して許されるものではないと思うからです。 前触れが長くなりました。 資本主義は人間の英知 『 陽 』 が結実したものです。 陰陽学の中の 『 陽 』 は、「偽」という意味があります。 ウソということです。 『陽』は、幹から派生した枝が分れ分かれていく力です。 それ以上分かれることもできない。=限界の露呈という形が特長です。 覚えておいてくださいね。 それは、『 陽 』 である英知の行詰まりです。 英知は、人間の力の一つの実りですが、 実りそのものは、一つの目的の完結を意味しています。 一つのエポックが終ったという意味にもなります。 つまり時間がたてば内実が変化して、価値がなくなる事でもあります。 英知の結晶である思想自体が時代に合わなくなる。 力が消失してしまう。かっての共産主義がそうでした。 それをそのまま持ち続けると、今までの逆に、 人間の英知だったものが、人間をかえって不幸にするということです。 長い時代を経て、普遍的に価値を保ち続ける英知と言うのは、 そう、世界中にあるわけはありません。 英知と云う事が妥当かどうか? 分かりませんが、 和辻哲郎氏が著書『孔子』のなかで、 「人類の教師」であったという点において見出しうると、 世界の四聖である”釈迦、孔子、キリスト、ソクラテス”を取り上げています。 それと同等の 普遍的な英知というレベルで見て、 経済学において、 今の時代、人類が信じられる何が生まれたというのでしょうか? 考えてみると、 私達は、四聖の英知をヨコに退けて、(よく知りもしないで) 自由主義経済で皆が幸せになれると信じて、 経済第一! 効率第一! と言うからには、 すべてにおいて、経済と、効率に、普遍的価値があるってこと? それ以上の英知を私達は持ち合わせていなかったってこと? そういう事ですか。 まさか! 日本は、○○民営化! 世界中が、ラッセ! ラッセ!踊らにゃソン!(笑い) それでどれだけ踊らされたことか! それでどれだけ被害を受けたことか! 震源地のアメリカはいまだに、立ち直れないくらいです。 つまり、 金属疲労に似せて、思想疲労とでもいいますか・・・ 数年しか新鮮味を保てない理論に、 つまらないものに、引っ掛かってしまったわけです。 心から信奉した訳でもないのに、 情報化社会というのは、伝播が早い強い流れには、 私たちは、押し流されてしまうのですね~ 我々大衆は・・・ 正直言って、自由主義経済は、とても英知?と言えない代物だったのに、 えらい学者の、お推奨付きでしたね。 今の学者の値打ちは、昔ほどではない、そう言いたくなります。 (ごめんなさい!) 一時的な高揚感を人々に与えても、後は、長期的に被害ばかりがつづく、 そういうことです。 普遍性がどこにあるのか? では、どうする? これからは、次なる新たな 『 陽 』 の英知を結集するしかないでしょう。 今の資本主義に変わる次なる生産交換システムはあるのか? 資本主義を超える別の選択肢は可能なのか? 地球全体を一つの命と捉える新しい資本主義の模索へ、 収斂していってほしいです。 しかし、覚えておいて欲しいのは、英知は、何時か必ずウソになります。 ある意味、無常を免れないのです。 しかし、西洋文明には、”無常”という言葉はありません。 ステージはこれから中庸へと向かうべきですね。 そのためには、『 陽 』 の行き過ぎを謙虚に反省し、 無駄な枝と、古い枯れた花実(過去の成果)を捨てる時です。 私達の生活のサイズを小さくして、 無駄を止めて、命を中心の考え方へ、 『 中庸 』 へ。 ところで、西洋文明の現代科学のなかで変化を扱う学問は数学ですが、 自然科学の数学は、私たち人間社会のことを、 変化するものとしてほとんど扱っていません。 変化する自然とそれに対する人間、という構図の二元論ですから バラバラで、扱えないのですね~ (笑い) 関数にならないのですね~ 残念なこと・・・ 人間を自然のなかに入れていない西洋の、この欠陥を補いながら、 自然と共に人間自身も変化していくというこの視点を取り戻さなければ、 人間は、人間自身には、成れないはずです。 人間も、変化する自然の一部であるために、 物事を中庸へ導かなければいけないのです。 なぜなら、 自然や宇宙は均衡を求めて動き、均衡の上に成り立っているからです。 均衡から外れる事は、自らが滅びる事になる事を生き物は知っています。 動物だって、植物だって。 人間だけが、自然の均衡を破って欲望を増幅させているからです。 -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。 |