![]() 2011
01/07 23:20 |
国の成り立ちの歴史について/記紀への疑義 (コメントのお返事)Category : 運命学と歴史
あけましておめでとうございます!
伊勢神宮の外宮から内宮へ至る道の両側に立てられている無数の石灯篭。 そのひとつひとつに、ユダヤの紋章である「ダビデの星」が刻まれている。(写真参照) 詳しくは、ここへ ![]() 今年も、宜しくお願いします。 今日は、昨年中にいただいたコメントが溜まっておりましたので、 そのお返事から始めたいと思います。 まずは、 日本の国の成り立ちに触れる次のコメントからです。 天皇家の歴史を振り返ると、我が国でなぜ哲学が生まれにくいのか、 弁証法的ロジックが理解されにくいのかというのがわかりますね。 中国大陸からの影響ではなく、インドの影響をもっと強く受けていれば どうなったのでしょうね。 歴史を記す中国の影響を強く受けた結果が「記紀」であったのは 間違いないところでしょうね。 その通りですね! このいただいたコメントの中には、大変な広い問題が提起されていて 一度に全部お答えしようと思っても、長くなって無理のようです。 ☆ 我が国でなぜ哲学が生まれにくいのか、 歴史を記す中国の影響を強く受けた結果が「記紀」であった。 に絞らせていただきます。 丁度、この記事を書き出した昨日、新聞紙上に、 大きく! ”天武天皇が、「列島改造」か ” の文字が、踊っていました! 白村江の戦いの後に、群馬から熊本までの道路が造られたと言う、 駅路(軍用道路か?)の遺構の写真と共に、 まるで、天武天皇が存命中であるかのような記事に、びっくり! いつもそうなのですが、 ブログの記事を書いていると、 その時に、記事に関連した人物の話題が新聞に載ってくる。 いつも何か不思議な時を、感じさせられます。 昨年の最後の記事に、 人は、自分や、自分の周りの事象について、 好き嫌いや、感情に依るだけでなく、 真実のありのままを観ようとする姿勢が大事です。 それをいい加減に扱って、事実を知ろうとしなければ、 それ自体が、自分を迷いの中に閉じ込めると言う事です。 迷う自分に馴れて、いい加減に扱うのは決して良い事ではないワ! 周りを軽く扱うという事は、自分を軽く扱うと言う事ですよ。 人の個人的な問題の根っこは、社会の諸問題の根っこに通じている。 そして、それは、時間軸をたどれば、 古い母国の歴史の中に同じ根がある。 と書きました。 一年の初めですから、 個人の問題も国の問題も、根っこはつながっています。 今と言う時は、過去、昔につながっています。 コメントにもあるように”我が国 ”の視点で、その昔の日本を、 歴史を正しく認識をする試みをやってみたいと思います。 なにが、正しいのか?は、解かりかねま~す。 あは! 真実を追究する試みだけは、失ってはいけませんから。 探偵になったつもりで、歴史を推理する。 たのしみましょう~! あはは。 どの位の長い記事になるのか? 見当もつきません! どうか御覚悟を! (笑い) ●わが国民性を振り返ると、 何にでも右往左往してしまう日本人。 領土問題には、カラキシ駄目で、形だけの抗議をしたのか、しないのか、 判らないまま、うやむやにして、怒りを表すマナーさえ解らないみたい。 教科書問題もそう! 対外的に自己の主張ができないですね! 対外世界に接する行動の訓練が、からっきし駄目です。 原爆を落とされても、怒りを相手国に訴えられないまま、 もう60年も、いやだ~もういやだ~と言ってるだけ。 何時まで経っても幼児性の内語の世界です。 国を追われて奴隷になって、世界を放浪して、それでも 自分の国を作る為に必死になったユダヤ人とは、大きな違い! 日本は、たった一回の大戦に負けて、 自分の誇るべき何もかもを捨ててしまっている。 考えようによったら、こんな順な扱いやすい国民はいないでしょうね。 疑いもなく、誰にでも付いていく。お人よしなのでしょうか... あ、ユダヤ人と言えば、 日本がいわゆる大和朝廷として統一されるよりも前、 古代イスラエルの「失われたユダヤの10支族」が、 日本に来たという説があります。詳しくは、こちらをどうぞ! 日本人とユダヤ人は、 共通の先祖を持つ兄弟民族であると言うのですが、 それについては、 冒頭の伊勢神宮のダビデの星の灯篭の写真の所から ご覧になってくださいね。 少し簡単に触れておきますと、紀元前1世紀前後、 皇室は、扶余、高句麗、百済系と同じように 大陸北方アジア民族・ツングース系民族に 出自が求められる氏族であるとしたら、 失われたユダヤの10支族が、 大陸北方アジア民族・ツングース系民族になって、 朝鮮半島を越えて日本列島に入って来たのと重なるのです。 皇室・物部氏・尾張氏・出雲臣氏・天若彦神族・中臣氏・大伴氏・忌部氏 などは九州島に入り、 山陰の出雲に入った者が、スサノオ神族・アジスキ高彦神族などです。 『記紀』の国生み神話とは、 イスラエルの失われた支族による倭国侵略(国取り)、 又は、倭国騒乱の歴史である、と言うものです。 たしかに、皇室の天孫降臨説は、 もとを糾せば、天神が高山に天降りすると言う、 ツングース系神族としては、ごく普通のことなのです。 たとえば、高句麗の始祖スム王は、 天帝の子孫に相応しく忽本の西城山上に都を立て、 『三国遺事』の駕洛国(後にも出てきます)記では、 六伽耶の始祖たちが天降りした地は亀旨(くし)の峰だと言う。 シルクロードは、紀元前ローマ帝国と秦漢帝国の時代から、 ありますから、 東西交易でのシルクロードの終点としての日本には 様々な勢力が、やって来たのでしょう。 ロード(道)があれば、文化や人もやって来るでしょうが、 あらゆる侵略にも便利だったはずです。 シルクロードの西端であるイギリスは、 アングロサクソン系のエグバートが829年に統一、 その後のデーン系(デンマーク系)や、1066年のノルマン系の侵略が あった事が歴史上分かっています。 シルクロードの東端である日本も、 朝鮮や中国大陸を経て何らかの侵略があったとしても、、、 何の不思議ではない、あったとする方が自然です。 Joseph Eidelberg氏は、イスラエルが語源と思われる大和言葉が 日本には3000語もあるという。 音も意味も同じものには、 ばれる、たべる、映える、凍る、枯れる、曲がる、傘、物、蜜、辺り、壁、 火傷(やけど)、匂い、許す、憎む、商う、書く、被る、住む、訛る、困る、 どけ、何時(いつ)、ありがとう、 よいしょ、どっこいしょ、等。 少し変化、大和風に訛ったと思われる言葉には、(イスラエル語:和語) マツァ:餅、ミガド:帝、ナギ:禰宜、ハデクハシェム:辱め、ハルク:歩く、 カム:神、エフォダ:お札、ハカシャ:拍手、ハヤ:早い、ホレル:掘る、 ナシ:主、コメツ:供物、ナハク:泣く、ナケル:除ける、 ユルシュ:許す、等。 また、日本人もその意味や語源が理解出来ない掛け声など、 エッサ、エッサ、エンヤラヤー、 弘前ねぷた祭りの「ヤーヤードゥ」、 青森のねぶた祭りの掛け声「ラッセラー、ラッセラー」、等。 イスラエルの人々には理解できるのです。 諏訪神社の大祭、祇園祭のルーツ、聖書に隠された神道のルーツなど。 川守田英二博士は、 東北地方に広く伝わる夏祭りの踊りの歌「ナニャドラド」の歌詞は、 全てイスラエル語だと断じています。 非常に興味深い情報ですね! ふたたび、日本の現実に戻ります~! (笑い) 老若男女を問わずに、自分に自信が持てなくて、、、 外国大好き! 金髪・青い目が、やっぱりいい!! デッカイ二重の目や大きなおっぱいになりたい! プチ整形だなんて。 TDLやサンタやハーロウィンは大好きだけど、 本物の自然の海や山は恐い、、、 そんな子供に育ててしまって、 誰が、命がけで母国を守るのでしょうか? 精神が、浮かれ遊んでいる原因はどこから? 占領軍の監視と宣伝で作られた「歴史」からと言えば言いすぎかしら? そう! 歴史は侵入する覇権者によって都合よく改竄される。 削除されるのです。 かように歴史は、勝者の言い分である。 その事を、頭のどこかへ置いておいてください。 哲学が生まれる土壌がない...のは、 これらは、ほとんど、 国の成り立ちの真の弁証法的ロジックを持たないからだと思っています。 実は、 あるのに、知らされていないからです。 ヨーロッパと同じ侵略の戦いの歴史があるのに、 それらが消されて、 元から、今の国があったように錯覚をしている。。 。 させられている。 今日の日本国家は記憶を 失って漂っている。 五体が受け止めた記憶を 喪失している国家に正しい現実感はない。 リアルな世界の出来事として 侵略の傷を負っている歴史を抱き、忘れないからこそ、 その傷みを癒す為に国家戦略が生まれるのであって、 何もかも隠蔽し、廃棄した歴史を守っていて、 それで、どうして国境を守り、国家を守る戦略が生まれるのですか? おめでたい”裸の王様”?! あはは、 笑うしかないワ~! 歴史というものは、 誰の命令で、 どこの誰が書いたのか? その中で誰が一番偉そうに書かれているか? 等を、精査しながら読まないと、騙されてしまいます。 また、いつの世も成り上がった国は、国の威信の為に、 いろいろなデフェンスを構えます。 それに加えて、時代背景です。 その時代の権力者である利害関係者が 生存している時に書かれた歴史は、真実が書かれる事はありません。 現に、今、日米安全保障条約と占領軍が作った 日本国憲法が効力を持っている段階で、 すべてを明らかにする事はできないでしょう。 たとえば、 今の日本では、140年以上経っても、 まだ、明治維新を美化した本が商売になる世の中らしいので、 明治維新の思想的欠陥を総括するのは無理です。 維新の思想的な力となった主知主義的朱子学の総括を するべき人が、なさるべきと思っていますが、 まだ、 その時は至っていないようです! 勿論、 明治政府の国家神道の核心部分は、 いまだタブーが残っています! 国の成り立ちの歴史、 特に我が国の古代史は、タブーの塊です。 戦前のように日本書記や古事記に書かれている事を、 そのまま受け入れると、 天皇は現人神で、国家は神国であり、 日本民族は古代から変わらず続く単一民族であるとなっています。 日本列島に土着した縄文人に、 大陸から弥生人が渡って来て、今の日本人の原型ができた、 と言うのが、歴史の常識です。 その常識を覆す事は、 皇室の血統や、その出自についても、 従来の定説を覆すような事になるやも知れません。 だから、これまでの専門的な先生方は、 古代について意見を言い出す事をはばかり、 学校教育では無難な表現しかできない。 と考えられます。 古代日本において、 皇室の先祖も現在の日本も、 その基礎は渡来人のお陰であるなんて言う新説は、 長らく封印されて来たのでしょう。 事実は、どうなのか? それは分からないにしても、もしか、そうだったとしたら、 何か不都合でも、あるのでしょうか? 世界の国々には、 そういう(民族の寄せ集め)建国の歴史はいっぱいあります。 宮内庁も、やっと古墳の考古学調査を実施しようかとか? しないとか? あははっ~! あらゆる重い権威が、 逆さ吊りになって 我々の頭上にぶら下っていますワ! 【ダモクレスの剣】となって頭上に落ちてくるまでに、 間に合うのでしょうか? だから、そういう方面は当てにしないで、 ご自分の良心のモチベーションで頑張っている在野の研究者の本、 ブログで公開をしてくれている情報を 丹念に読みながら、 原典を紐解いて、 自分で古代史観を作り上げるしかないように思います。 国民ひとりひとりが、 自学自習! 自立自尊! しかないですね。 もう、如何なる権威の誰にも教えられたくな~い。 『日本書紀』も書かれて1500年ですか、 やっと、、、 戦前の権威的な人々がお亡くなりになってしまい、 そういうチェックが、 そんなにうるさく入らない時期になっていますので、 調べる側もそういうシガラミのない戦後世代に移り、 個人においては、 この辺の事は、まったく自由に、 研究できるようになっているようですね~。 古代史が、本当の裸体を見せて来るのは、これからなのです。 楽しみが残っています。 かならず、 いつか古代史の封印が解かれるでしょう 我が国でなぜ哲学が生まれにくいのか、と言うと、 ひとつには、”万世一系 ”という建前を守るロジックが ドーンとあるからです。 それは、 つまり他の国にはない伝統でもあります。 アメリカなどは、 それがきっと羨ましいのでしょうね。 古い伝統がありませんから... しかし、伝統がないだけ、 守る物も、失う物がない訳です。 何でも言えるのかも? ヨーロッパもそうですね! 王朝が変わっていますから、 前政権の権威は、いともたやすく次の征服者に 破壊をされて来ました。 その度に、新たな思想が入り込み、 正当性を認めさせる為に 征服した民族の神が、 征服された民族の神を壊してきました。 アテネのアクロポリスの丘、 神殿の大理石は完璧な修理をされないで、壊されたままです。 それが歴史です。 立派なままを復元をする? あはは、似非の歴史ですよ! 紀元前424年、 戦いで常に勝利を願うアテネの市民は、 勝利の女神がどこへも行けないようにと 翼を切り落として、この神殿に祀った(閉じ込めた?) と言われています。 そのパルテノンの祭神・10代の美しかった女神像は、 どこへ? 彼女を飾っていたルビーやサファイヤと一緒に持ち去られたままです。 キリスト教もそうです。 王権が新しい神を造ったり、、、あはは。 これが、この世の人間界の当たり前の姿です。 過去に侵略されなかった国家なんて、 あるものですか! ヨーロッパには、 基底に堂々たる「無神論」があるのですよ。 え! キリストは? 神でしょうって? あはは。 無神論の上のキリストです。 ヘレニズムの神々の上のキリストの存在です。 ヘレニズムの神々は、キリストによって侵略をされた。 その事実のままですよ。 その事実のままが、重要なのです。 征服をしたからといって、過去がサラになるわけではない。 過去の時が、厳然と存在した事は、誰人も消せないのだから。 日本は、建前上、 王朝の交代も何も無い事になっています。 武士が征夷大将軍になっても、 天皇は変わらず存在しましたから。 これは、普段思っている以上に、とても重い存在です。 だから、 それ以外の思想を、哲学を造る必要がなかったのでしょう。 守っていさえすれば良かったのです。 裏を返せば、それをはみ出る哲学を造る事が、できなかったと思います。 それが、1000年以上も続けば、習い性になって。。。 五体や五感に響かない建前を持たされ、 感じた事を秘匿する性分。 本音と建前との解離性を、うまく混ぜ合わせたワっの精神? あはは。 今日の日本国家は、 遥か生い立ちの記憶を失って漂っています。 五体が受け止めた記憶を喪失している国家に 正しい現実感はないはずです。 故に、相手を見据える外交ができる訳がないのです。 それについて、「倭国の謎・知られざる古代日本国」の中で、 相見英咲氏が、次のように書かれています。 「 4世紀、10代崇神天皇の時、 皇室はついに〈倭国=日本国)の主人になった。 この皇室=大和朝廷の考え方は一風変わっていた。 前代の王朝の非を鳴らして自らの正当性を主張するのではなく、 自分の氏以外の<倭王=日本国王)など一切存在しなかった、 という考えを展開した。 即ち一方では、 前代の王家邪馬台国の情報を後に伝える事を禁止し、 また一方では、 倭王ではなかった九代開化天皇までの事業を廃棄し、 これらの伝承も許さなかった。 そのために、7,8世紀の人々、 日本書紀の編集者たちは、 『魏志倭人伝』の卑弥呼が誰やらさっぱり分からず、、、」 「皇室・朝廷にとって大事なことは、 〈倭国=日本国〉は、これまで唯一皇室が統治してきたし、 今後も唯一皇室が統治し続ける。 という考え方を疑問の余地のないものとして 普及徹底させる、ということであった。」 それ以来、我々は、藤原不比等も含めて、 現代に至る国民みんなが、 「4世紀の皇室・大和朝廷の術中にものの見事にはまったのである。」 この建前の骨格をライブで生きて、解っていながら、 藤原不比等は「記紀」でそっくり踏襲し、 そこへ新たなる改竄を加えて、 前以上に国の生い立ちの根幹を分からないようにした。 それを、後世に残したのです! 何と言う罪つくりな..... それが、「日本社会」の原型になってしまった。 彼と仲間が加えた改竄は、出自・百済の威信を守る哲学止りで、 残念ですが、 後世の我々の事なんかは、眼中になかったはずです。 唐に対する国体を繕うだけで、手が一杯だったのでしょう。 おそらく、きっと、 後世が、ここまでグローバルになるとは、 彼は、思っても見なかったのだろう。 それ故、いまだ、 我々は、彼の仕事に縛られて、この煉獄にいます。 運命学的に言いますと、 そのゆがんだ認識が、 正常なリアルな五感の感受性に誤差を生み、 その齟齬が堆積した坩堝の中で醸成されたクサヤのような香りが、 現在の日本の国の運命を形作って来たのです。 いいにおいですね~! まるで天上を模したような! あはは。 この世のものとも思えない現実離れした平和憲法を背負わされて、、、 天使が守ってくれると思っているのでしょうか? (爆笑) 自分は、自分が守るしかないのですよ。 運命とは、 自己の過去の認識の集積と 現在の瞬間の自分を受け止める認識、 自己の瞬間、瞬間の出した認識の問いに 返される認識の答えなのです。 透明な見えない神から、与えられるものではありません。 自分が発した認識=問に対する自分の認識=答えです。 確かに、天武の血を全く受け継がない桓武天皇が即位をし、 100年ぶりに天智系が復活した時点から今上天皇までは、一系の流れです。 しかし、桓武天皇以前については、どうなのか? 疑って見ると言う事が、意識の持つ重要な機能ではないのか! それが、学問の使命なのではないか? 「記紀」の問題についてですが、 「古事記」は、天皇や関係者に見せるための本で、 「日本書紀」は外国、特に対中国=唐の皇帝に対抗する為に、 中華世界の柵封体制からの独立宣言書として書かれた『国史』です。 藤原不比等や白村江の戦いの亡命百済貴族が紀の最終編纂者である、 と云う立場に立っていますが、 書紀編纂の思想は、九州の倭王朝の否定です。 いわゆる大和朝廷が列島の唯一の王朝であると言う 近畿王朝支配説が、明治以降支配的になっています。 これにより、 倭国の王が「天皇」という称号を使う事を、唐に「黙認」させた、 と言う点において、 努力の甲斐があったと言えるのかも知れません。 日本が、初めて日本と名乗りだした頃、唐は、どう見ていたのか? 『旧唐書』倭国・日本国伝の原文を、ここからどうぞ! 『日本國者、倭國之別種也。以其國在日邊、故以日本為名。或曰:倭國自惡其名不雅、改為日本。或云:日本舊小國、併倭國之地。其人入朝者、多自矜大、不以實對、故中國疑焉。又云:其國界東西南北各數千里、西界、南界咸至大海、東界、北界有大山為限、山外即毛人之國。』 日本国は、倭国の別種なり。 その国は日の出の場所に在るを以て、故に日本と名づけた。 あるいは曰く、倭国は自らその名の雅ならざるを憎み、 改めて日本と為した。 あるいは日本は昔、小国だったが倭国の地を併せたという。 そこの人が入朝したが、多くは自惚れが大にして不実な対応だったので、 中国はこれを疑う。 また、その国の界は東西南北に各数千里、 西界と南界いずれも大海に至り、 東界と北界は大山があり、限界となし、 山の外は、すなわち毛人の国だという。 古事記は、 平安時代には、宮中深く保管されて閲覧禁止の書でした。 禁止をしたのは、桓武天皇であると考えられています。 「日本書紀」の問題点を挙げてみます。 ● まず、不自然なのは天智天皇の墓所が書かれていない事です。 持統天皇の父ですよ! 分からないはずはないのに、どうして? 天智天皇の墓は、京都の地図で、山科に現存します。 「扶桑略記」に三井寺伝承として、 「天智天皇は、ある日、馬で狩に出かけ、いつまで経っても帰らないので 探した所、山科の山中に天皇の靴が落ちていた。 そこで、そこを天智天皇の墓とした」と言うものです。 この事から、 天智天皇は、誘拐され、殺された事になるが、遺骸は出なかった。 ● 日本書紀が、歴史書として欠けている大事な点は、 1. 「日本」と言う国名の起源 2. 天皇の起源、 3. (注★)倭の五王(宋書倭国伝)、 邪馬台国(魏志倭人伝)の歴史が破棄されている事です。 (注★) 413~502、東晋、宋に「倭国王」として冊封された倭国の五人の王 478年、倭王武・雄略天皇が、 日本を統一した先祖の事を書いた中国南朝宋の順帝に対する上表文は 立派な漢文だそうです。 だから漢字伝来はそれ以前と言う事になります。 と言う事は、 当時もそれなりの歴史書が書かれていたはずですが、残存していない。 倭の五王のような重要な事象も、 記紀のどこにも記載がありません。 それは、つまり、 ● 紀記の編者達は、これらの事を知らなかったか、 知っていて無視をしたと言う事です。 ● 日本書紀の編者達は、 前方後円墳、銅鐸文化についても伝承を何ら持っていなかったようです。 謎が、多いのです。 前方後円墳が作られた時、 日本書紀の人々は大和には居なかったのか? 大和は銅鐸圏ですが、 その大和にいながら銅鐸圏を知らないという事は、 銅鐸祭祀が廃止されてかなりの時間が経ち、 それ以後の渡来者であるか、 知りながら都合が悪いので記述しなかったかの何れかです。 なぜ?都合が悪いのか? 蘇我氏滅亡後の祖先の歴史をあれほど詳しく語る編者達は、 考古学発掘の結果と全く異なっています。 編者達は、銅鐸祭祀廃止後に渡来して来た人々と考えざるを得ない。 奈良に元々居た人々と、つながっていない。 土中から発見される状況によりますが、 誰かに破壊されたのか? 破壊される前に恐れて隠匿したのか? 稲荷山鉄剣などの銘とも日本書紀の記載は無関係です。 やはり、編者達は大和での歴史を持っていない人であろう。 代わりに、自分達の権威付けとして各種神話を創作したのだろうか? 書紀の編者達は、 倭国の以前の伝承と自分達の伝承を一つにつなぎ合わせ、 あるいは、天武天皇系列の正当性を取り繕う為に 周辺の歴史を素材として利用し取り込み、 それまでの国や外交を殆ど知らない人が、それまでの国の歴史 や政治に長けた古い人々を追い出して権力を奪取したのではないか? なぜか、天武以前の歴史書は、全部破棄されたようです。 日本書紀は全31巻ですが、 現存する日本書紀は全30巻であり、 神武から持統天皇までの系図が載っている31巻がないのである。 なぜか? 桓武天皇が、 「過去においては、臣が天皇になっているので正しくない。 したがって、日本書紀の31巻を焼き捨てよ。」 という命令を出し焚書させた。 しかも、日本書紀の何箇所かを変更・削除したと言う事です。 桓武天皇は、772年に天武の孫や聖武の娘を捕らえ流罪として、 天武系の血筋を根絶やしにしています。 平安時代、桓武天皇が天皇家の菩提寺とした泉涌寺でも、 歴代天皇の中で 天智天皇の次は、光仁天皇、桓武天皇となり、 天武系の天皇は完全に皇統から外され祭祀をされていません。 天武天皇の経歴、年齢だけが はっきり書かれていない。 おそらく、 日本書紀の編者達は、天武天皇の誕生日を知らなかったのでしょう。 編者たちが集めた皇室に残る資料の中に、 天武天皇の誕生日を書いた物がなかった? それより、もっと素朴な疑問を、あげてみましょうか。たとえば、 ● 聖徳太子への疑問 ① 本当に実在したのか? ② 優秀な人物が、どうして天皇になれなかったのか? ● 645年の大化の改新の疑問 ③ 蘇我入鹿を殺しただけで、そんなに世の中が変わるのか? ④ 中臣鎌足は、当時の世の中でそこまでの力があったのか? ⑤ 大化改新は、本当にあったのか? ⑥ 藤原鎌足は、本当に実在したのか? ● 663年に白村江の戦いの疑問 ⑦百済の任那、そんなちっぽけな領土の為に、 わざわざ負けに行くような戦に、なぜ行ったのか? これが、私の白村江の戦いに対する長年の疑問です。 ● 「壬申の乱」って、わからないなぁ? ⑧ 我が国の歴史は、 すべて、天皇家の血の争いによったものである。 という認識が、正しい事になっていますが、 そうでしょうか? ただ、皇位の奪い合いで戦争になったという捉え方は納得できないワ。 この辺りの事になると、学校教育で習ってきた物では歯が立ちません。 時系列で言えば、縄文、弥生から、突然、急に出てくる 「大和朝廷の統一」、「聖徳太子」、「大化の改新」などの 事項を無自覚的に教え込まれていますね。 それが20世紀の歴史教育でした。 このまま、 21世紀にも、 このような扁平な歴史教育が続くのなら、 日本の常識、世界の驚き、となってしまうでしょう。 これじゃ、 ほんとうに、りっぱな”井の中の成人蛙”に成長しますね! あはは。 今の日本史には、なにかが、隠されて誤魔化されている? 戦争をするには、 なぜ 戦争をするのかという理由が必要です。 大国は、目先の戦いだけを考えて戦争をしないはずです。 その先の事までを読んだ企みがあったはずです。 なにか、こう言う軸をもって見ていかないと 記紀の編集者達の欺瞞のベールに騙されそうな恐怖を感じています。 今のままの歴史では、何故か、現実感覚を失いそうになります。 井の中の蛙シンドローム? そのシンドロームに浸って、私達はノホホンと構えていますが、、、 大きな事件は、かならず流れがあります。 流れを見失ったまま、単なる事件として見てしまう。 この認識の甘さが、国の不運を呼び込むのです。 645年の大化の改新、663年に白村江の戦い、672年の壬申の乱は、 一連の物として捕らえた方がいいのではないでしょうか? 一番、不可解なのは、やっぱり『白村江の戦い』です。 大国、唐の企みを見据えていなかった我が国は、 百済救援の為だけに?(そう教えられていますね?) あはは。 白村江で敵軍が待ち構えている所へ攻め込み、 逃げ道も塞がれて、ろくに戦わないで、 全滅に近い状態であったにもかかわらず、 不思議なことに帰国する船は、ちゃんとある! おまけに 百済の亡命王族、貴族、高級官僚をいっぱい乗せて帰って来ます。 負けたと云いながら、船に乗って帰国をする。 おかしくは、感じませんでしたか? 彼等は、戦勝国唐の要求で、 日本の戦後賠償の敗戦処理の結果として、 大和朝廷の高級官僚として雇われる為に日本へ、 亡命させられた人々です。 当時の天智天皇は、その為に階位を増やし対応しました。 その後、彼等は、 記紀編纂の重要な人材として不比等の下で活躍するわけです。 日本書紀の記述を信じるとして、白村江の戦いは、 659年~661年 にかけて 第4次遣唐使を派遣した後、 660年、にすでに、唐と新羅の連合軍に百済は滅亡している。 にもかかわらず、 斉明天皇が、筑紫に朝倉宮まで建てて,子供の皇子、皇女を連れて 逗留をして、計5~6万人の兵力を、3回に亘って、3年を費やし、 任那を奪還をする為に、戦争をします。 (いくら船でも奈良盆地から九州へ本当に行ったのか?これは書紀で否定をした北九州倭王が戦ったのではないか?と言う疑問がある) 661年、日本軍は、三派に分かれて朝鮮半島南部に上陸します。 5月第一回目●1万余人を投入。☆船舶170余隻で、朝鮮半島に 上陸をします。7月24日、斉明天皇は、そこで急死(毒殺?) にもかかわらず、その翌年、 なぜ? 諦めずに百済を救援に行くのか? (このモチベーションの高さに、呆れるくらい納得できません。大和に帰れば反対派が待っていて自分達が失脚させられるのに!) 662年、3月第二回目●2万7千人を投入。 (ここまでやると、もう要請を受けたからの救援とは思えない。それならモチベーションの高さが続くかしら?) 663年、白村江の戦い 第三回目 ●1万余人を投します。 (ここまでやるのは、自分たちの本貫地を守る為だと言うのなら、納得できます。) 663年、8月28日 唐と新羅の連合軍に、百済と日本軍は敗れます。 663年、9月24日 日本軍は撤退します。 百済国は、もう3年前に滅亡しているのに、これは、何だったのでしょうか? 国を奪回して、再建するつもりだったのか? 日本書紀の「軍船。☆170隻を、、、」とありますが、170隻をそろえるのは 大変! 造船したのなら、随分前からの準備が要ります。 戦いの前に、3、4次の遣唐使派遣をしながら、 一方で、戦争の準備をしていたのか? それなのに2年後、また、第5次遣唐使を行っています。 以上の事から、余裕も、国力もない日本が、 百済まで戦争に出掛けた理由の説明が、つかない。 第5次遣唐使! おそらくこの遣唐使は、朝廷が中国に派遣したのではなく、 船の建造や航海術に長けていた中国人が、 主体になって行ったものでしょう。 私たちは、白村江敗戦後の動乱は、教育で詳しく教えられていない。 日本書紀に最も多く登場する「郭 務ソウ」と言う 唐から敗戦処理の為に日本へ派遣をされた人物ですが、 裏づけに唐の記録(資治通鑑)を見ても、 これだけの人物が、全く記載がない。 これも創作なのか? また、百済人を全国、秋田の方まで受け入れ入植させます。 日本の領土のあちこち、対馬等に、百済人の手で、 唐が使う城を作らせます。 唐から、日本に派遣されていた軍人が、 日本占領軍司令官として戦後処理を行います。 その軍人が、後の天武天皇と考えられます。 鈴木 治氏は、「白村江」の著書の中で、 日本は、唐・中国側に翻弄され、 唐の戦後処理の目的は、天皇の傀儡化だったと??? その時の、 傀儡政権の天皇が、天武天皇だった!と書いています。 また、中大兄皇子が5人の娘を 大海人皇子・天武天皇へ嫁がせていますが、 本当の兄弟ならば、これほど兄が弟に気を遣うでしょうか? また、藤原鎌足も2人の娘を大海人皇子に妃に出しています。 これは、中大兄皇子と大海人皇子は、兄弟ではなく、 663年、白村江の戦いの予兆の緊張した状況における 大海人皇子と言う人物を慰撫し、 機嫌取りに差し出した人質ではないかと言う説もあります。 その時の大海人皇子の本当の身分は、 新羅の王族、または軍人であろう、と言う説です。 そもそも、 朝鮮三国の力を背景に 大和朝廷を傀儡にしていた豪族の蘇我氏が、 百済の王族である斉明天皇と、高句麗の王族である舒明天皇を担いだ? と言う説もあり、 中大兄皇子は、九州にいた百済王の子の余豊璋だと言う説もある。 その理由は、7世紀のそういう蘇我氏の権勢に対抗し、 中大兄皇子は反蘇我、親百済派で復権を狙う立場であったのと、 同時に、当時、 日本に倭・百済同盟の人質として、 百済の王子、豊璋(ほうしょう)が来日中であった、 この両者の立場が重なってもおかしくはないと言う説です。 すべてを、大和朝廷を中心に考えると不自然さが目だって来ます。 いずれにせよ、 斉明天皇の大和朝廷の本貫地が、百済国だったとすれば、 百済派が、後々、朝廷において失脚をするかも知れない事を恐れずに、 「白村江」を戦ったという理由が見えて来ます。 『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い― 「日本」を生んだ白村江敗戦その言語学的証拠』東京図書出版会の 藤井游惟氏の言葉を借りると、 『日本書紀』α群を書いた人物の固有名詞は解らなくても、 それを書いたのは中国語ネイティブスピーカーであり、 それ以外の「上代特殊仮名遣い」が現れる借音仮名文書を書いたのは、 朝鮮語のネイティブスピーカーであった、 ということは 言語学的・音声学的に完全に証明できます。 ということです。 以上「日本史の宝石箱」オリエントの都アスカへの道列島古代史学より引用 中国語ネイティブスピーカーと、朝鮮語のネイティブスピーカーが、 書いた『日本書紀』とは、なにぞや? あはは。 とに角、白村江の戦いから壬申の乱までは、 大唐の帝国主義が、朝鮮三国と日本を巻き込んだ流れであり、 日本からのベクトルとしては、 唐の属国から抜け出ようとする百済派の動きではないのか? それに失敗したのが、「白村江」であり、 その大陸・半島勢力図を、 属国であった日本国内の勢力図に写したのが、「壬申」ではなかったか? その結果が、 新羅は、唐を主宗国とする柵封国に入り、 倭は新羅の属国になった。 と言うより、唐が新羅を使って日本を統治したのです。 柵封国は、主宗国の年号と、漢字を用いるのが義務つけられる。 その証拠として、 栃木県那須にある「那須国造碑」とも呼ばれている物があります。 その碑文には、冒頭3行に漢字を用いた和文脈で 永昌元年(689年)とある。 それは、日本国の持統天皇3年にあたります。 「永昌」は、 唐の高宗の皇后、中国史上唯一の女帝である 後周則天武后の元号です。 我が国の天武天皇を経て、持統天皇3年において、 唐の元号が、大和から遠い栃木の那須で使われていた! と言う事です。 故に、以下のような仮説が成り立つ。 天武天皇の血統は、親新羅正統王族で、 本貫は新羅任那王家、王族の名は金官(カシ‐パラ)伽耶の 「金庾信」の系図が出自であり、 金官伽耶とういう国名は、駕洛国の新羅法興王の時代の名前です。 この王族の名前が、日本初代天皇神武が即位した宮を 『日本書記』で橿原宮(カシハラ)、 『古事記』可之波良(カシハラ)と言うのに通じる。 また、倭王朝と駕洛国の両国は、その通婚図が似ている。 女帝を平気で認めることなど 新羅任那王家と倭国王家は同じような傾向があって 天武天皇系の朝廷は、駕洛国系の国家であった。 日本(天武朝)の本貫は明らかに、 金管伽耶=加羅=駕洛国とも言う別名任那であると言う仮説が 成立する。 ●また、大化の改新が、 新羅の歴史『眦雲(ビドン)の乱』にそっくりである為に、 大化の改新は、創作である、という説があります。 ①日本 : 新羅の登場人物6人が同じような位置にいます。 皇極(後に、斎明) : 真徳(王が死去した後、善徳とした。) 斎明女帝 : 善徳女帝は同じように皇子たちに助けられた。 斉明女帝の死後、 天智(中大兄皇子)即位 : 真徳女帝の死後、金春秋(武列王)即位 斉明(皇極) : 金春秋(武列王)の治世期間654~661とぴったり重なる 中大兄皇子(日本) : 金春秋(新羅)は、それぞれ天皇・帝になり、 日本の「中臣鎌足」 : 新羅の「金庾信」は天皇の支えとして大活躍する。 ⑧ 4者の出会いもそっくりである。 ・「中臣鎌足」は、蹴鞠会で中大兄皇子に接近 = 「金庾信」は、金春秋と 自宅前で蹴鞠をした。 ・「金庾信」の系統の方々の系図をそれと悟られないように命名の際に記 したのだと思います。 ・「金庾信」は倭王朝の任那付近の同族なのです。 ・「金庾信」の父は、「金舒玄」 : 「中大兄皇子」の父は、「舒明天皇」 ・「金庾信」は、ひどんを誅殺して真徳・善徳女帝の下で、唐にならって律 令制度を導入し国を整える。 : 「中大兄皇子」は、皇極・斎明女帝の 下で、唐にならって律令制度を導入し国を整える。 中国語ネイティブスピーカーと、朝鮮語のネイティブスピーカーは、 彼らが知っている事を利用する事しかできないのですから、 おそらく、彼らは日本書紀を編纂する時に、 国から持ち出した新羅任那王家の歴史書を参考にしたに違いない。 聖徳太子、中臣鎌足、は言うに及ばず、 その当時の天皇の名前も例えば、 舒明、皇極・斉明=宝皇女、孝徳などは、 状況証拠からも新羅の王族の書き換えである、と言う説です。 天武天皇がまとめた「帝妃及び上古の諸事録」にも、 駕洛国の初代の王から「金庾信」家と 婚姻関係になった金春秋の記録まで載っている。 つまり天武朝は、 外見は、大和にいた天孫族として朝廷の正統派を装い、 本質は、唐を主宗国とする柵封国・新羅の属国である。 朝廷の中は、金管(カシパラ)伽耶=加羅で、駕洛国の手法を取り、 日本書紀や古事記を編纂していたのは、 大陸や半島に出自を持つ、中国語ネイティブスピーカーと、 朝鮮語のネイティブスピーカーの亡命貴族や官僚である。 天武天皇の出自の金官(カシパラ)伽耶と言えば、 新羅に併合された滅亡国であり、 百済とは敵対し戦闘も行った歴史もある。 と言う事は、天武朝を支えていた政府官僚は、敵対していた2つの派、 1.新羅から派遣をされた元金官伽耶=駕洛国派と、 2.白村江敗戦で母国を失って後、大唐が占領政策によって日本の朝廷 へ押し付けた、その時に階位を授かった亡命百済国派である。 学会の定説は、 新羅との関連は伏せられ、潤色であるとなっています。 しかし、大化の改新の詔で、 日本の律令制が導入されたとなっているのは、 大化の改新の諸政策は後世の潤色であることが判明しており、 この事は、史学会でも常識です。 もうひとつ、 日本書紀に、日本の初めての年号を「大化」であると創作している。 実際は使用されていなかった。 「大化」は、編者が、朝鮮語のネイティブスピーカーが、 同時期の新羅の元号「太和」から引っ張ってきたのだろう。 「大化」も「太和」も、韓国語の読み方は同じである。 日本の初めての年号は「大宝」701年である。 ●それらを含めて、書紀の改竄について考えてみますと、 「天武天皇から命じられて、 書紀を編纂をしたのは、藤原不比等の下に上記の2つの派の人達です。 編纂を始めた時期においては、新羅、唐寄りの記述が当然多い。 目的は、対外的には、唐に対して九州の倭王朝の否定。 いわゆる大和朝廷が列島の唯一の王朝であると言う宣言です。 今では、当たり前になった近畿王朝支配説です。 国内的には、天武天皇系に皇統の正当性を与える為。 国造り等の古くからの伝説(ユダヤが入って作った?)を利用をして、 この国の歴史として書き換えた。 『古事記』の神話に結実させたのではないか? 686年、しかし、天武天皇が崩御した後、 720年、日本書紀の完成までの34年間に、 藤原不比等や亡命百済貴族の末裔達が、 自分達の百済出自の保身の為に、 古くから親百済派による大和朝廷であったかのように 改変捏造していったのではないか? 新羅寄りから百済寄りへ傾いた記事が多くなる。 天武天皇朝を批判した外交記事などがあるのは、そう言った事からだろう。 ● 最後にもうひとつ、中臣鎌足に大織冠や藤原の姓が与えられた怪。 白村江の戦いで、百済派は壊滅し劣勢のなかで、 中臣鎌足に大織冠や藤原の姓が与えられることは考えられない。 中臣鎌足の存在自体が捏造であろうと言う説があり、 父親が大織冠と藤原の姓を賜ったとしたのは、 藤原不比等の出自に箔をつけるための創作ではないか? と言う説もある。 その程度の事は、不比等自らが日本書紀編纂の過程で、 いとも簡単に書ける事ではないのか? 何よりもまず、この頃、不比等は、最高権力者になっていたのだから... 白村江の戦いに、今の日中間の問題がそのまま見えるような気がしています。 白村江の戦いとは、どんなものだったのか? 唐は、白村江や、百済が欲しかったのではないでしょう。 おそらく百済の次は高句麗で、次に朝鮮半島全域、そして、 日本侵略を目的に入れていたと思われます。なぜか? 傀儡政権を樹立したかったのだと思います。 では、傀儡政権を作ってどうするつもりだったのでしょう。 全国いたるところに中国人が住んで、日本の絹を買っていました。 シルクロードを経て西域で売る絹です。 外貨獲得、経済の為です。 中国にとっては、日本の良質な絹が、無くてはならなかったのです。 今の中国の、アフリカなどへ資源を求めて外交をして行く姿に重なります。 それに引き換え、我が国は、 何の戦略もない外交は、大国のエゴに取っては、池に浮かぶ木の葉の ように翻弄をされるはずです。 唐は、倭国を占領をするまでもなく、 自らの手を煩わさないで、 日本国内を、滅亡百済国人を手先に使って、 唐の思いのままにしたようです! その方が、唐にとっても楽なこと、この上ないでしょう? 半島の敵や、かっての味方の国の人間を編者に迎え入れさせられて、 大唐に日本を認めさせる為の歴史書を、編纂した。 また、唐の律令を全面的に取り入れる事で、 戦後、国を作り変えた事です。 えっ! つい、60数年前、同じような記憶がありませんでしたか? 過去の歴史を書き換えられて、 国を新しく作り変える為に、 何を取り入れる事で民主化をさせられたのでしたっけ? 手に握らされたのは、何でしたっけ? だいたい、大国と戦争をして負ければ、こうなる。 こうさせられるのです。 あは! 白村江の後、日本の絹は唐を経て世界中へ広がりました。 60数年前、やはり、日本は経済で立ち直ったのでした。 大国は、単に戦争をするだけではない。 先の先を見越して、戦争をすると言うより、世界観を持っています。 拠り所にしている思想の普遍性に、最初から負けているのですね。 あらゆる展開のなかの一部に戦争を位置づけています。 単に向かってくる相手がいるから戦争をしているのではないのです。 ところが、日本は、窮して戦争をしてしまう。。 。 拠って立つ思想もなく、戦略もなく、 外交で攻められるから戦う? 食べていけないから侵略をした。。 。 餓鬼道で、戦争に入って行く訳ですから、 これでは、初めから、戦争をする前から負けなのです。 大国にとっては、兵器だけでなく、思想と言う武器もあります。 日本の多神教の神道よりも、 一神教の方が、分があったと言う事です。 そこのロジックの詳細な、 哲学的総括も、分析も、精査もしていない。 まだ、その時が、できる時が来ていないと言う事なのでしょうね。 そもそも、「白村江」を動乱として捉えていたか? そう捉えていたら、もっと、学べる事が多かったのではないか? 自国の歴史として、あらゆる事を、きっちり教えるべきですよ。 形だけのノッペラボウな建前の羅列と年代では、 過去の反省も、未来への戦略も生まれません。 当然、国を思う土壌も、国を守る覚悟も生まれないでしょう。 TDLの人造物のなかで感じる悦楽と同等の、 それくらいの程度の知識が残るだけです。 人間は、理性でどう認識するかで、行動が違って来ます。 それによって未来を決める事ができます。 さぁ、過去を、歴史を、どう認識するかです? 翻って、現在の天皇制を確立をして日本国誕生を果たしたのは、 実に、「白村江」後からです。 非常に重要なポイントだったと思います。 それが、たとえ、唐や、新羅の写しのような出発であったとしても、 万世一系でなくても、構わないのです。 桓武天皇以来の今に至る天皇制を維持し、 ここに、今の日本の姿があるのは間違いがありません。 その時から我々日本の先人の方々が歩んだ艱難辛苦は、 想像を絶します。 私達は、それらと、もうひとつは日本の運が良かった事へ、 心からの感謝をしなければいけませんね。 その苦難のありのままを知り、学ばなければ未来はないですね。 相変わらずの「井の中の蛙」のままでいる事は、 日本を、柵封で囲われた国、傀儡化した国家にさせるかもしれません。 リアルな国の攻防の歴史を知らずに、放っておく事は、 身近で起こりつつある危険の前兆を、前もって感じられない。 感受性が鈍磨になると言う事ですよ。 すばやく、正しく認識できないのです! そして、リアルな国防の意識を持てないのです。 正しい歴史認識が、本当に必要です。 いずれ日本も自らの武力で持って自衛するべきでしょう。 この世は、自立独立できない存在は、自然淘汰される掟です。 植物も動物も、国も、存在する理由が無くなれば、同じです。 その時、隣国の傀儡になるか、大国に吸収されてしまうのです。 革(あらた)むるべきは、現実感のない欺瞞的な歴史です。 自然は、いかに華美豪華であっても、欺瞞な生であれば滅ぼします。 自然は、いかに質実か、真実かを試して、その生を育みます。 日本の、この馬鹿さ加減を何とかしなければ... 今年も挑戦して行きたいと思います。 お正月気分も抜けてしまったかしら? あはは。 長い記事にお付き合いくださってありがとうございました。 おつかれさまでしたぁ~! 次回は、”女性の生き方・陰 ”について、 身近な内容のコメントにお返事をさせていただきます。 よき一週間をお過ごしくださいね。 おたのしみに... 参考文献 :記事の中で紹介をしたものは省く 「歴史とは何か」 岡田英弘著 中公新書 「皇室の真正系図と記紀神話」 「倭国の謎・知られざる古代日本国」相見英咲氏著 講談社選書メチエ 「日本の中のユダヤ文化」 久保有政著 「大和民族はユダヤ人だった」 Joseph Eidelberg著 「『三国史記』の原典的研究」 高 寛敏著 雄山閣出版 「倭の正体」 姜 吉云著(カンギルウン比較言語学) 参考資料 :『倭国、大和国とヘブライ王国』:『新説・日本の歴史』 -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。 |
![]() 2011
01/15 15:48 |
女性の生き方 ・ 『陰』について ① (コメントのお返事)Category : 陰と陽〈女性の生き方〉
![]() お正月・京都 京都に、ちょちょっと行って来ました。 いつもの冬の京都、きりっと空気が引き締まっていました。 ブログ記事の奈良の飛鳥の方が合っているかも知れないのですが、 京都は、洗練された和のモダンですね。 奈良と京都は、異質、、、そう思いながら慌しく京都を後にしました。 ちょっと関西の方言をご紹介しまひょか~? (笑い) 「おしまいやす。えらいうそうそまで、しっぽりでんな~ 」 この”うそうそ”と言うのは、嘘ではありません。 夕方、日が沈んで薄暗く、人の顔の判別がし難い状態、 夕方のもう遅いことを表わす言葉です。 うそうそ=暗くなってはっきりわからないこと。 むかし、畑や田んぼ、街中の商店街で、 夕方の薄暗い中で、仕事をしている人を見かけたり、出会った時、 ねぎらいの気持ちを込めて言う挨拶の言葉です。 聞く人にとっては、 疲れた心になんともいえない安らぎを感じさせる言葉です。 いかがでしたか? 今日の記事は、前回と同様、これまでにいただいたコメントから、 お返事を書きたいと思います。 あ、その前に! いつもの前置き、です。 あはは。 私の、このブログは、 東洋の復権と言い、運命学と言い、今の時代に逆行したような 内容のようにお取りになる方が多いかもしれません。 今の西洋文明における合理性から見ると、 一見どころか、 どこからみても”うさんくさい~”と言う扱いを受けてしまうような 代物かもしれませんね。 あはは。 では、今の世間で、 ”うさんくさくないものは?”と言ったら、 今の世間の価値観は、この”うさんくさいもの”から遠ざかる事が、 かっこいいとか、正しいとか、科学的とか、 そうなっていますね。 そして、もっと変化して、 真面目な事や、道徳的な事が、うさんくさい。 我慢や苦しむのはうさんくさい。 と、なって、、、 自分にとって楽な事から楽な事へうまく飛び移っていくのが、 最高! みたいな? あはは。 そう、みんなアイドル! だれもがスターって言う自分に憧れているのね。 見かけに憧れ、物に憧れ、、、、、あはは。 あー、この享楽性の後に、、、何が来る? なぜか、 ベスビオス火山の噴火で滅びたポンペイを思い出します。 都市制度の整備、 大都市に発展、富裕者、豪華、華麗に憧れる人々。 ポンペイは、そういった町でした。 西洋文明の二元論に発する物質文明の特徴である、 物で、自分を飾ろうとする。 それで他人から認められないと不幸を感ずる。 1+1=2 のように、 目の前のノートに書いて確かめられる理屈だけを、 追いかける軽佻浮薄な世情になっています。 その理屈で確かめられる物を求めているようです。 他人の目を意識して、 字や形に表せて、色を塗り、サイズを測れる物。 現代の世界は、そう言う”理屈で切り取った物だけで、成り立っている” と言い切った、 そう云う思潮が蔓延しています。 目で見えないもの、 自分の意識で確かめられないもの、 自分の知っている理屈に合わない物は、”うさんくさい”のでしょう。 ”自分が意識できる物だけが、存在する。 と言えるのである。”という ほんの狭い空間の中での真理です。知識です。 自分が意識できると言っても、 その大半は、”目で見える物”、 そう、あまりにもヴィジュアルな、視界に偏った知識が 集まっています。 今の世は、 目で見えない物は、無いに等しい扱いを受けます。 あきれるほどの視野の狭さ、ね。 だから、『陽』は、見える現象ですから説明しなくても解かるみたい。 『陰』は、説明しにくく、わかり辛いのですね。 意識、理性は、『陽』ですから、 ある意味、偽を含みます。 だから意識、理性による認識は、大いなる誤解もあります。 『時』が移れば、役に立たない代物に成り果てます。 前回の記事、”国の生い立ち...” などに置ける歴史の史実は、 あらゆる認識が真・偽か? 混濁した中で混ぜ混ぜであり、 だから仮説と言わざるを得ない。 しかも、今、学校で教えている史実が、絶対に正しいとも言えない。 時に移ろって、事実かウソ?ウソ? あは! その真実は、 時代が、『時』が、暴(あば)いていくものです。 『時』とは、『天』です。 宇宙です。 自然です。 我々が、生まれて来た根源の営みのありのままです。 現在は、唯物史観の歴史学ですから、 遺物なり、埋蔵物が発見されて、 物的な証拠がないと、立証されないと真実とはなりません。 それが、科学すると言う事であり、学問なのですね。 科学とは、あらゆるものを物として見て、光を当てます。 心がない物として見る..... 科学の姿勢は大事ですが、物事の全貌は掴めない。 一部を掴みながら類推する、証明する、また類推する、、、 その繰り返しなのです。 『陽』は、うそつきです。 『陽』は、合理的と言いながら、少しも合理的じゃないでしょう? 物の世界からの理屈を、引き出しているだけです。 人の理性というものが積み上げたものは、 その程度ではないですか? 理性や意識が認識する世界と言うのは、 丸いルーペのレンズを囲む周りの枠、 その枠の中に見える世界なのです。 ルーペを移動させると、中に見える物は、変わって来ます。 認識と言う言葉ですが、 これは、意識、理性によって認めると言う事です。 あくまでも、人間の認識能力の浅い部分、を使った知覚行為です。 この知覚行為は、まだ環境に左右をされ、時に染められています。 だから、無常であり、純粋ではありえません。 自然ではない。 だから幸せを実現する事はできない。よく覚えておいてね! できるだけ、 西洋哲学の、物質文明の、その欠点を補えるように、 大きく言えば、東洋哲学、そして思想をもっと身近にしたい。 運命というからには、 普段見えないものを観じてほしいと思っています。 それが、『陰』の世界であり、失いつつある陰徳の世界です。 だって、そうでしょう? 西洋の言う自由と平等を受け入れて、60数年、 我々は、何を得ましたか? 私たちの親の世代が手にしていた”平凡な生活”、 結婚、出産、終身雇用、 ささやかな郊外の家、先祖の墓の祭祀、 これらが指の間からこぼれて行き、 失われつつあります。 あ、失ってしまった。 今の若い世代が、 これらを手に入れようとするのは、かなり難しい、 高いハードルになっています。 それに代わるもっと良い価値観も提示できない。 西洋文明の合理主義自体の批判すらもできない教育程度です。 その程度の思想を受け入れたと言う事です。 それが、今の停滞感、閉塞感です。 やはり、無常の荒涼とした焼け野原に立っている風景は変わらない。 浅い知覚行為で受け入れるから、こうなるのです。 自分の中の、西洋文明の合理主義に染まった部分を洗い流さなきゃ。 もっと深い部分の知覚行為ができるようになる。 もっと、深い? そう!ですよ。 時にも、環境にも左右されない知覚行為ができるようになり、 自由に、束縛を受けないで対象を観る事ができるように。 それが、目標です。 たとえば、無意識の、 人間の意識で捉えられない領域を、 現代の思潮の合理(理に合う)という癖を外して覗いて見ると、 自然の姿が、そっと、ありのままが、うかがえる。 何か、神秘的な(理屈が分からないからそう思えるのですが) きれいな条理の精緻な美しさに打たれたような感動があります。 そういった感動を伴う真実というのは、 我々が普段、意識できない世界の中にあるのですね。 運命学をやっていて、そういう感動に出会うのは稀ではありません。 なぜなら、人の運命を観るのに、感動がないはずがありません。 あ、では、やっと、 本文です。 ご紹介をするコメントは、 どれも女らしい自分の生き方を見つめた真面目さに溢れていて、 心が打たれました。 『天武天皇流の天皇の女系化と、系列の断絶化に観る運命学』の 記事の前半部分にいただいものが含まれます。 天皇家の話を自分に置き換えて考えるのは全く分不相応なことですが、 ほんの少し(?)重なることがあり「なるほどなぁ~」と思うのでした。 夫の父親の代まで、 それはそれは『優秀』と言われる家系だったようですが、 夫の兄弟・いとこの代から「?」と思わずにはいられない... その子ども達(つまり、我が子や甥姪達などですね)を見ても 心配になるほどです。 私は恋愛結婚なのですが、 結婚後、早々に「夫と結婚した」というよりも、 「婚家の先祖に呼ばれた、招かれたに違いない」気がしました。 もちろんそんなことは誰にも言いませんが(笑) 私の役目は婚家を守ることーそんな風に感じるのです、 違うかも知れないけど。 自然にそう思えるから「子育て」も喜びであり、 自分の役割(母、妻)が誇りに思えるのです。 養子を取らない限り、 我が子達しか『家の姓』を名乗れない状況に来ています。 「大学進学は当たり前、ウチの家系は 東大もしくは学習院しか選択肢にない」 私はそんな婚家を守り継いで行きたいと思っています。 私のすることは、 「東大でも学習院でもなく、 ましてや学歴にこだわらずとも家を守り継いで行くことはできる」 ・・・そこにこそあると思っています。 私がこの家に入ったのはその為だったとしか思えないのです。 最初は義母には結婚を反対されたのです。 でも最初だけです。 婚約以降、義両親や親戚とのもめ事・いさかいは一度もありません。 長男が高機能自閉症であったことも深い意味がある様な気がしています。 障害名のラベルに惑わされず、 予想以上の成長を見せているのも空からのお守りとしか思えません。 有り難いことです。 非常に、感動的なコメントで、驚かされました~。 ご自分の心の中を深く見つめられて、その結果として、 真摯な生き方の綾織りを紡いでいらっしゃる。 「夕鶴」の つう ですね! ほほ。 女性よ、こうあれ! という見本です。 誰にも使役されていない、束縛を受けていない、 時の軽薄な思潮にも汚されずに、 目には見えないけれど、 自らの使命を知った自発的な自律的な生命力が感じられます。 見事な全体感と、包括的な情緒、没我的であろうとする存在は、 ものの見事に、自立しようとする女性なのね! 貴女のようなお嫁さんをいただく家と言うのは、 積善のご先祖がいらっしゃるはずです。 その立場や関係はフラット(きっかり同じ)なのですよ。 ちょっと、 ここは西洋科学の認識も役立てて見ましょうか? あはは。 進化論を発見したチャールズ・ダーウィンは、 進化の摂理について、 「生き残る生き物は、強いものではない。環境変化に耐えうるものだ」 ある意味、学歴で武装する必要はないのです。 その人を生かす学歴でいいのです。 前頭葉を使いすぎると、動物脳が退化するのかしら? と思わせられる事例が多くあります。 高学歴の男性が、結婚をしなくなっています。。 。 陰徳がなければ、『陽』の部分でどんなに努力をしても実は実らない。 花も咲かないようです。 あ、学歴を否定しているわけではありませんよ。 あは。 人には、学歴ではどうしようもない持っている運があります。 斉藤祐樹くんの、「僕は、持っている、、、」のあれ? かれは、本当に持っているのかしら? あはは。 貴女の陰徳で、見事な織物が出来上がる事を祈っております。 素敵な拍手コメントを、ありがとうございました。 もうひとつのコメント、今回は、ご紹介だけになります。 お返事は、次回の記事へ廻します。 みなさまも、ごいっしょにお考えくださいね。 よろしくおねがいします。 今回の記事もかなり胸に響いて来てます。 男系とか女系とか、詳しい事はわかりませんが、、、 皇太子ご夫妻もそうなんでしょうか? 雅子様ご自身も、ご姉妹だけですし、、、 生まれて来た子供は愛子様・・・女の子ですよね。 自分の置かれてる状況に置き換えて見ると、 cosmosさんのおっしゃてる記事の内容が何となくですが、 わかってきました。 ただ、まだ自分の心が何となくですが定まっていないので 記事の内容が、チクチク胸に刺さって来るんですよね。。。 日々、反省しています。 運命学に段々興味が湧いて来てます。 まじめなコメント、率直な思いをいただいて、 煽られているような気持ちになりました。 ほほ。 このお返事は、よく考えて次回に書きます。 長くなるようなので、ご了承ください! 直球の拍手コメント、ありがとうございました! ブログの読者のみなさまも、ご自分の周りを見回してください。 『陰徳』の表れ方、『陰』のパワーの姿を探してみて、 ご自分のデーターを集めてください。 科学のやり方を、真似てみましょう。 あはは。 ブログの記事の今回のテーマ、 『天武天皇流の天皇の女系化と、系列の断絶化に観る運命学』の 最後は、女系の最後の一人娘、孝謙天皇・称徳天皇についてです。 その内容に行くまでに、 理解しやすくなる為に、 身近な女系化と断絶化を探ってみてほしいと思います。 運命学的な観方の深さについての訓練です。 あは! では、よろしく。 いい週末をおすごしくださいね。 -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。 |
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01/22 17:06 |
家系の女系化 ・ 女性の 『陽』化について (コメントのお返事)Category : 陰と陽〈女性の生き方〉
![]() 1月の那須高原・森 今日も、いただいたコメントから、始めます! 前の記事で、最後にご紹介をしたコメントからでした。 皇太子ご夫妻もそうなんでしょうか? 雅子様ご自身も、ご姉妹だけですし、、、 生まれて来た子供は愛子様・・・女の子ですよね。 そのとおりですね。 あぁ~! 皇位継承第一位の皇太子ご夫妻、 なにか心苦しい心持ちが致します。 しかし、運と言うものが、人間のどんな身分や地位にも関係なく、 ひとしくその法則に従っているのだという事を理解するには、 実はこれほど中味のある例題はないのではないか、と、 思ってしまいます。 西洋には、こういう時に役に立つさまざまな神話や神が創られています。 この場合は、差し詰め「Justice・公正」の女神でしょうか? (笑い) タロットのJusticeは、両手に剣と均衡を計る秤を持ったカードです。 なるほど、公正でなければ剣でやっつけられるのですね! こわい~ Justiceの名に懸けて、公正と正義のために... このコメントのお返事をさせていただきましょう。(笑い) 桓武天皇以来、一系で続いた天皇家が、 国民統合の象徴であるわけですから、 次期天皇になられる皇太子のご家庭で、女系であると言う事は、 その本質は、日本全体が、同じような状況であると言う事です。 アルキメデスのU管の模型を想像してみると、お分かりのように、 片や天皇家の皇太子家、方や国民の家々、その水位は、等しいのです。 皇太子の家の女系化が示すのは、 日本中に女系の家が増えているよ! あぶないよ! 日本の社会において『陰陽』の中庸が犯されている! と、『天』の、その中庸を守れ!と言う注意模様でしょう。 模様、空模様、良い兆し、悪い兆しとなれば、 これらは天候の思わしくない移り変わりのように悪いきざし、 嵐の前触れ、現状に恐れを抱け!という事でしょうか。 天皇家と我々国民が、同じ悩みを持っている。そう言う事です。 さぁ、どうするのか? まだ、一縷の望みが絶たれた訳ではありません。が、 この国の哲学者、思想家たち、しっかり知恵を働かせてほしいです! この国の、国家の財政の危険度といい、 国の経済のパイが縮み始めている高齢化、人口減少といい、 天皇家の男系の血統の危なさといい、 これら3つの問題は、根っこは同じです。 国の陰徳が亡くなっている危険性。 陰徳を積んだ家々が少なくなって絶家が増えている脆さ。 陰徳を積む人間より、陽報ばかりを追いかける人間ばかりが増えている。 そういう現象を見過ごしているからです。 その上、これらは政治が、解決する問題ではないはずなのに 国会で議論をして法律を改正して解決しようとしている、、、 そんなアホなことを! (笑い) 本源的には、法律で解決できるようなものではないのです! 政治が片付けられるのは、政治より下の経済の次元程度で、 政治よりもヒエラルキーの上にある、これらの諸問題を扱えるのは、 ピークにある哲学、思想です。 つまり、 これらの原因は、 国に、政治や経済の羅針盤になる哲学、思想と言う背骨がないからです。 それなのに、何事も国民に選ばれた議員が国会で決めたと言えば、 だれにも文句を言わせない? 従わせる? つもりでしょうか? あはは~! 笑うしかないです! 何事も権力者の言う通りにするのだ! ? 国会の決めた男女平等に従い、女も男と同等な労働力を行使しろ!と? 哲学の男女の特質、本質論を掘り下げないままに、 思想の裏付けのないままで、 法律上の男女平等論だけで、 真の人間の平等が実現できるわけがないのに、 法律上のロジックで人を縛り、騒ぐのは、あまりにも程度が低すぎます。 権力の横暴を監視し、唯一権力の低俗さを批判できるのは、 哲学、思想しかないのに、です。 そう!わが国には、政治を監視する哲学が、ない! こういう堂々巡りを、延々としている国家と言うのは、 国家としての理念がなく、その上の哲学がなく、思想がないからです。 ゆえに、自然な男女の別が、正しく敷衍されていない。 その価値観が、現代の人々のなかで、混迷している。 汚濁している。 純粋でない。と言う事でしょう。 このままでは、思考が濁って来ますよ! ここで、先へ進むのに、まず、 お断りをしなければならないのは、次の事です。 昔からの「家」という概念は、 戦後のGHQの日本の民主化の政策として、破棄されています。 厳密に言えば、 今は、旧民法における封建的な家長的な家制度は、 法的には無くなっている。 それと、ごちゃ混ぜにされては困るな、と言うのは、 ここで言う、家系、男系、女系、家と言うのは、運命学における言葉です。 どうぞ理解をしておいてください。 男系と、女系については、今回は触れずにおきます。 また、機会を見て、詳しく記事にしようと思います。 まず、一般的に、鑑定のご相談に来られた場合において、 運命学的には、生まれ出た出生命式を鑑定する事で、 女系の生まれであるとか、子孫運、家庭運があるのか?ないかのは、 一目瞭然に分ります。 みなさんに分かりやすくするには、今の西洋文明の合理性、 抜け穴だらけの意識中心の学問体系の中の知識を使った方が、 分かりやすいと思いますので、 きょうは、家系の女系化、不妊症の増加、女性の男性化、つまり、 女が女でなくなる現象の原因を、 ちょっと肉体の構造から攻めてみようと思います。 なにか、肉体に観点を置く説明の方が、 分かり易いと言う状況そのものが、 我々の、物質文明のなかでの思考という気がしますね。 前回の記事に、次のように、 前頭葉を使いすぎると、動物脳が退化するのかしら? と思わせられる事例が多くあります。 高学歴の男性が、結婚をしなくなっています。。 。 陰徳がなければ、『陽』の部分でどんなに努力をしても実は実らない。 花も咲かないようです。 と、書きました。 高学歴の男性と同時に、高学歴の女性の体の中にも、 著しい変化が起こっているのではないか? これが、私の単なる妄想だったらいいのですが..... 女性は、初潮という生理現象があります。 月経という言い方もします。順調なら28日周期の子宮からの出血です。 初潮が始まる=妊娠可能な体になった? のでしょうか? いいえ、そうである個体もあれば、そうでない個体もある。 妊娠出産機能の成熟は、月経の始まりから思春期を経て、 少女の体の中で成熟していくものなのだそうです。 どの位? それこそ、女性の体の個人差に拠ります。 妊娠出産機能が、少女の体の中で成熟しつつある期間、 生活リズムを狂わす遊びや、過酷な勉強、激しい運動をやり過ぎたり、 精神的なストレスから来る血行不良で、冷え性になるとか、 ダイエットによる慢性的な栄養不足や、その他さまざまの要因が、 成長を阻害したり、ホルモンの内分泌を狂わせたりして、 子宮が正常に成熟しない場合、子宮卵巣の発育不全が原因になって、 卵巣から排卵がない無排卵性月経になれば、妊娠はできません。 テニスプレーヤーのクルム伊達公子さん、一時引退をして 不妊治療をなさっていましたが、妊娠できずに諦めて復帰しました。 他の女性アスリートの人も心配になりますね。 高橋尚子さんも、荒川静香さんも、真央ちゃんも、 他にもたくさん思い浮かぶわ・・・心配です。 もちろん、アスリートとしての記録も名誉も大事でしょうが、 でもね~? と言う心配する”老婆心”が... あはは。 また、情緒と、体の生理機能は、頭の後ろ、首の上あたりにある視床下部、 そこの自律神経系と結び付いていて、 ”女に生まれて損をした。女っていやだなァ”と思う心理が、 生理をストップさせ、不順にしたり、生理が来なくなります。 過酷な競争社会で、女らしくあると言うのは、並大抵ではないのです。 雅子様も、なにしろハーバード大と、東大卒ですから、 血液は、前頭葉へばかり流れて、、、(笑い) もちろん、ホルモンの分泌などにも影響をするでしょうし、 本能や生殖を司る旧皮質に栄養が、巡らなければならなかったのに、 学問を頑張られている間に、さぁ、どうだったのでしょうか? テレビなどでよく見るのが、体の使っている部分を司っている脳の部位が 充血して赤くなると言う映像など、 酸素が働いている脳の部位に血流で運ばれて充血する脳の映像です。 何事もそうですが、肉体は、偏って使ってはいけないのだと思います。 特に、女性の体は、繊細ですから、 大事にしなければいけませんね。 具体的には、知識教育をされた高学歴の女性達は、 『陰徳』を知らないまま、『陽』の世界ばかりの教育を受けて、 知恵よりも知識の方が、断然! 目で見えて計算できて、 説明なしで解りやすいですもの! 取り込みやすい。 最近の母親は、必死でそうしろと言うし。 。。 (笑い) 本来の女性の本分である『徳』性より、 資本主義の「利得」に魅力を感じて、能力を傾けるようになります。 幼児期から、どう言う名目があったにせよ、 本質的には利益獲得の至上目的の為の知識教育の中で、 利益や効率を追求する『陽』の中で、生きる事を選んで行きます。 理性的な女性なら、尚更です。 『陽』の世界で生きるには、 女性らしく没我的でいられるはずはありませんから、 男に負けないように頑張って行く事を、取り柄にするしかありません。 彼女達はかわいそうですね。 彼女たちの目標は、物質文明の中で達成されます。 物質文明の魔王にとっても、それは都合がいいからです。 魔王は、命を道具としか見ません。物としての命が大事なのです。 子供を産まないという選択をする女性が、魔王の好みです! その代わりに、 魔王は、彼女達の手の中に、目先の「得」を握らせます。 そして、魔王の言うなりになる可愛い彼女の自己主張のパワーを拠り所に、 男性を凌駕する力を与えるはずです。 《 魔王の言いなりとは=自分の欲望の言いなりになる事です。 》 韓国の古い諺に ”雌鳥(めんどり)の声が大きく鳴く家は、滅びる”とあります。 これは、現代においても守るべき良識なのですね。 あはは。 (雌鳥=女性の声が大きく響く家は衰微する。理由は男がだめになる。) 『陽』になった彼女達は、帰る家もなくなる。そういう諺です。 運命学的にも、最後、病身で貧しく孤独と言う3つの凶運に陥ると観ます。 知識を杖にして生きる視野の狭さと考えの浅さが、すべて原因です。 その上に、まず、傾向として、 知識教育、学歴社会で成功した女性は、 自分が、達成欲や、支配欲、競争原理に勝ち目があると、 自信を身につけていますから、 過去のような結婚をしたがらない。 自分一人で生きて行ける可能性も手に入れようとします。 結婚を、と考えるとしても、 自分が影の役割をする結婚形態に、進んでハマル意欲はない。 物質文明の合理性に合う、都合の良い結婚を望むでしょう。 なぜなら、平等が眼で見える形で安心するからです! あっはあ。 そして、自分が”徳”ではなく、”得”だと思うからです。 すべて目に見える部分の価値観でいいと思っています。 これこそが、『陰』の衰退なのです....。 全ての面で男性と対等を望むようです。 男女平等と言う、人が法規上に作り上げたロジックを頼って、 それは、いまだに未熟な観念的な男女平等と言う概念でしかないのに、 それを丸呑み信じて、自分の一生を投じてしまう。 利己的な特攻隊みたい~! あはは。 玉砕をするのが、恐くないのかしら? 健気さと言うには、あきれるほど思慮が幼く、 考えてみれば頭がいい割には、あまりにも単純過ぎる。 学歴や、知識欲で幸せになれるという原理主義的短絡性を併せ持って、 利発な彼女たちに、自分の足元を見えなくさせているのは、 他人に勝ちたいと言う自分の欲望の達成のため? 驚くほどのエネルギーを発散していますね~。 あは! 皮肉? 男女平等と言うのも、まだ社会においては実験段階であろう。 同じように働いたからと言って、そう簡単には平等にはならない! 社会のまだ実験的な仮定にしか過ぎない条文ですよ。 人間の意識が作った観念は、 あくまでも、ひとつの仮定に過ぎない、と 冷静に見ていく事が必要でしょう。 おそらく、男性社会の中で成功をした、成功をしようとする意欲のある 女性の中から、事実婚、夫婦別姓の考え方が出て来るのは分かりますが、 性急に決める事はない。これこそが間違いの元凶になってしまう。 頭だけで構築した計算の上に、全てが手に入ると錯覚をしている。 どういう錯覚か? 林檎狩りに山に行った時に、 真っ先に一番乗りで、一番大きな樹を目指しても、 一山全部の林檎を採る訳には行かないのです。 あなたが持って帰れるのは、 あなたの籠に入るだけの、持てるだけの林檎だけです。 今はもう、、 女性のすべてが、『陰』の貯金を持っている時代ではなくなりました。 それは、やはり、時代の視野の狭さと考えの浅さが、災いをしています。 これらの記事は、女性へ向けた内容です。 今、女性がこうあると言う事は、裏返せば男性も『陽』である事が、 難しい時代です。 男性のあなたは、気遣いなく、『陽』の働きを存分にしてくださいね。 競争をし、計算をしなければ、それが役割です。 持って生まれる運、『陰徳』は、決まった量です。 自分の為に、自分が生きている間に、『陰徳』を積むなんて言うのは、 ほとんど難しい話です。 ご先祖さまが貯めて置いてくださった『陰徳』がほとんどですから。 どうでもいい事や、代替が利くものに無駄に使わないように。 あはは。 掛け替えのないものに、ここ一番で使うのです。 早く、一時に使ってしまえば、後はどうする? あはは。 それが、分っていないのです。 いそがしい時代です。 『陰徳』を、早くに使って空っぽにしないようになさってください! 先は、まだまだ。 あなたが使わない『陰徳』は、子孫に遺すのもOKなのですよ! 『陰徳』は、ケチケチ使いましょうね。 あはは。 次回も、コメントのお返事です。 インフルが流行っているようです。 お気をつけて、よき休日をお過ごしください。 -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。 |
![]() 2011
01/29 10:08 |
家系最後の孫娘 ・ 陰徳の消去 (コメントのお返事)Category : 絶家の家族関係
![]() 冬景色 今日は、「天武天皇流の天皇の女系化と、系列の断絶化に観る運命学」 のシリーズのインターバル・(コメントのお返事)編の最終回です。 運命学の認識を最後にご紹介したいと思っています。 では、まず次のコメントから、始めましょう。 今回の記事を読んでも、 自分の視野の狭さと考えの浅さが感じさせられました。 「陰」のパワー・・・探してみたいと思います。 今の世の中は、情報量が膨大にあって、 しかも、流れる情報が、”経済”中心のプロパガンダで汚されて、 ”したり顔 ”の情報がほとんどです。 現実を冷厳な目で見る批判のロジックが、日本には、育ちにくい。 なぜか? 前々々回の ”国の生い立ち”の記事で書きましたが、 おとぎ話のような論理性の全くないツギハギの歴史が、 まるで冠の如くに我々の頭上に戴っていますから、 無理もないのですが... 互いのロジックの対立は見ない触れない振りをして、ワになる精神です。 互いのロジックの対立は見ない触れない振りをして、ワになる精神です。 あ、これは、皮肉ばかりではありません! あはは。 でも、内政はともかく、外交は、これでは無理です! あははっ。 だから、中国と韓国とロシアと、それぞれの国境で行き詰まっている。 中国と韓国とロシアが、意地悪ではないのです。 一昔前なら、それらの国は自らの国益の為、軍隊で侵略してくるでしょう。 わが国の奇怪な、因果関係がまったく明かされていない、 歴史を改められない限界、うやむやにしている体質が、 国境という他者との密接不可分な関係性で、 その甘さが、周辺国とのズレが具現化しているだけです。 侵略と闘って来た露骨な世界の列強国には、 ワなんて価値観は歴史上、ありません。 やっぱり、我が国は井の中の蛙、、、。 そうこうしている内に、『陰徳』が無くなってしまうかも、です。 次のコメントです。 男女雇用均等法から25年で、 あせっている女性が多いっていうのは法律の効果がどんなもんか? 人が作る法律だから、全員に公平は有り得ない。 それより生き方としたら今日のコメント、 本当に参考にしたらいいと思うよ。均等法なんかを止めて、 みんなに家を守る女性の生き方を読んでもらう方が、ずっといい。 女性にとって実に前向きな..... (笑い) そのとおりですワ。 25年前から馬鹿馬鹿しいと思っていました。 まともに取り組めば、 どんなに女性に負担が来るものか、考えなかったのか? 女性が褒められているようで本当はケナサレテイルのです。 就職活動において、男性が絶対に有利なのは判っていて、 平等はあり得ないでしょう。 女性は、法律上優遇されているようで、 実は、無意識の内に自分の女性性を摩滅してしまうのです。 そして気がつかない内に、女性が男でも女でもなくなってしまう。 この法律の通りにすれば、 実際は、母親が家庭で子供も育てられなくしていますね。 暗に子供を切り捨てています。 また、女はダマサレタのです。 私は、雇用均等法ではなくて、 男性と対等に働きたい人には、別の仕組みを作ればいいと 思っていました。 女性が、女性本来の生き方ができるような 社会の仕組みにするべきです。 男性の読者から、こういう思いやりのコメントをいただくなんて、 涙...が出そう。。 ほほっ。 感謝でございます。 最後、拍手コメントからです。 先日、野田聖子さんがご出産なさいましたね。 不妊は身体だけの問題じゃない!って思います。 やはり、御先祖代々遡ってみると、良くわかります。 私は、有難くも妊娠・出産の経験は出来ましたが、 今は、やはり生まれてきた子供達が女の子だけと言う事に、 今後の事が気になります。 ずっと記事を読んでいると、絶家になってしまうのだろうか? と言う不安が増してきます。 世の中の流れを見ていても不安な事ばかりです。 不安に思っている内容は、非常によく分かります。 一言で、こうよ! と、 片付けられない位の大きなテーマですね! あはは。 今からご紹介をするケースが少し参考になるでしょう。 野田さん関連は、また書きます。 もう少し、時間をかけて記事を読んでください。 必ず、ご自分の中で何が正しいかを感得できるようになれますから。 女が時代に流されて、『陰』を失ったら、、、 男が、その女性の『陰』の支えを失っていけば、、、 どうなるのでしょうか? 女性が社会へ出て働き、『陰』を失ったらどうなるのか? 『陰』の創造性がなくなった家系はどうなるのか? ◎ 運命を深く認識をする為に、ひとつ鑑定例を紹介しましょう。 殊更、学歴、職業等を、こだわって書いて行きます。 理由は、後ほどお分かりになります。 女系の最後の繁栄をしているS家があります。 両親は、二人そろって国立大を出ています。 ご主人は、さる党の幹部の国会議員の秘書をしていましたが、 後、都内に専門学校を開かれ、隆盛しています。 奥様は小学校の教員を、校長までして、60歳で辞めています。 夫婦は対等、知的で、絵に描いたような上品な御夫婦です。 一人娘のYさんは33歳、 高校の時に海外留学をし、私立女子大卒、 彼女が結婚相手として連れて来たのは、一流大卒の大メーカーの社員。 ご両親からの反対はなく、恋愛結婚。 一人娘Sちゃんが生まれます。 その後、自分の趣味の為に借金をする夫との生活は破綻寸前になり、 Yさんの実家のS家に親子3人が、転がり込んで 面倒を見てもらう羽目になりますが続きません。 そして、離婚です。 彼が出て行きます。 驚いた事に、 彼の母親は、Yさんが彼と一緒に実家へ行った時にも P℃の前でずっとゲームをしていたそうです。 つまり、彼と同様に趣味に没頭した両親だったそうです。 もう、この頃の時代から、 一流大学卒、一流大メーカー勤務、と言った処で、 そういったモノでは人物も家庭も一流だなんて、 信用ができなくなっていたのですね。 それを、S家のご両親は信用をしたらしいのです。 それから、約3年後、 再婚相手ができて4歳のSちゃんを連れ子に、再婚をする事になります。 その時点で、鑑定の相談に来られたのが、Yさんの実母さんです。 2,3年前に教員を辞めています。 再婚相手の命式を鑑定をした後、実母さんへ伝えた内容は、 「今度の再婚相手は、子供運がないので、これ以上のお孫さん誕生は、 無理です。ご両親にとって本当に、この結婚相手でいいのか?」 Yさんの実母さんは、娘が決めた相手だから、と言う反応でした。 いわゆる知識的な職業の方に多いのですが、 近代的な合理主義の洗礼を受けていて、 学歴社会の成功者であればあるだけ、 子供の人格を認めて、本人の決めた通りにさせる。それでOK! うちはきちんと教育をしたのだから間違いはない。 と云う考え方です。 俗に言う、家、跡取り、お墓を継ぐ必要ないと言う方がほとんどです。 Yさんの母親も、そう言い切っていらっしゃいました。 自分達が処世術の最高価値として教育に熱心に取り込む中で、 近代化の価値観で身を飾りたててしまっているのです。、 それは、つまり、親の代の価値観を古いと捨てているのです。 それが、新しい時代、生き方だという認識があったのです。 しかし、これは心からの本音ではない場合が多いのです。 きれいな飾り言葉とも言える御体裁を託つ事を第一になさるのね。 そして、後で後悔をする言葉をカッコウよく云い切ってしまいました。 団塊の世代の罪は、ここにあります。 新しい最高価値は、個人の人権。自由な生き方。 いわゆる理想主義的な価値観を持つ事に満足をしている。 それらを裏付けるのが”知識教育”=学歴がいい方が、得である。 知識がある方が、人生で勝つと言う、非常に偏った価値観です。 力がある親として、子供の人権も認めて来た彼らにとって、 非常に皮肉な結果なのですが、親子関係がうまくいっていません。 子供を自由に育て過ぎたからです。 いつまでも自立しない子供。 いつまでも親と同居をして結婚をしない息子。 いつまでも親に物を買わせる娘。 あはは。 物って? 車や家まで買い与えている親は多いのです。 実際に、Yさんも、家は再婚相手の実家からの財産分与で買ってもらい、 車は、自分の両親から、常に新車を買い換えてもらっています、 個人の自由意思の結婚が理想である。 それを地で生きてきた世代です。 かっこよく、子供にも、それを認め、進めてきました。 単純に民主主義と、自由、平等を深い考えもなく受け入れ、 戦後教育で教えられ、過去を知らずに、捨てて来た世代です。 どういう考えであろうと、重要な事は伝えるだけ伝えないと、 私が、 「一人娘のYさんは、先祖からしたら大事な先祖を供養する役割です。 どういった形であれ、それを先に解決なさった方がいい。」 と申し上げました。 自由結婚と言っても、自由より大事な事があります。 先祖へ『義』と『礼』を尽くして『恩』を返す事です。 それが、本筋です。 先祖があっての後に、生まれて自由に結婚ができるのですから、、、ね。 そう云う意味の事を、小学校の校長をなさった方だから お分りになるだろうと話し出すと、 実母さんは、”ぎょっ”と驚き、目を見張り、 驚かれたのか、 反感を感じられたのか、一瞬たじろがれて、 それから虚が抜けたようにさまざまの事を話されました。 S家のご主人は3人兄弟の長男で跡取り、ご両親の面倒をみて来た。 ( あ、親の面倒を見て来たと云う事をおっしゃりたいのだな ) しかし、50代の弟2人は未婚のまま、独身だと言う事です。 やっぱり、次世代の子孫は、Sちゃんだけと言う事が分かりました。 息子が3人生まれても次世代で絶家になる事もあるのです。 さまざまなご相談者から、同様な話を幾度も聞いていますが、 次のYさんの実母さんからの話は、 この種の話は、何度聞いても背筋がぞーとするものです。 母親の心理学的に云う処のグレートマザーの害です。 「Yの再婚相手は次男で、親に期待をされなかったらしく、 大した教育は受けておりません。 しかし、娘の姑になる義母は大変な教育ママで、 義兄になる42歳の長男を、T大の大学院まで出し、 一流メーカーの研究員にした事が自慢らしいのですが、 その自分がして来た自慢の教育を 連れ子のSにもしたいと、張り切っているらしいのです。 その義兄は、未だに独身で結婚の意志がなく両親と同居です。」 私に、どう思いますか? と聞くような、半分、自慢気に話すのでした。 ご自分が、校長をして来ただけあって、そう云う風に娘の姑に 孫を気に入ってもらった事には満足そうでした。 お互いが、一家揃って教育熱心で、学業の誉れ高い家族ですから、 頭が良いとか、いい学校へ入っているとか、留学、○○大卒、 一流○○と言う言葉が言葉の端々に出てきます。 ● Sちゃんの母方の祖父の兄弟で、祖父以外が独身である。 ● 母親の再婚相手の兄弟で、相手以外が独身である。 ● 双方の母親が、教育と学歴が、最大の価値と思っている。 S家は、一人娘が一人娘を産んでいるから女系が分かりやすい。 Yさんの再婚相手の家も彼の代では、同じ現象になるから女系ですね。 重要なポジションに生まれているSちゃんは、 【最後の一人娘】の特徴を持って生まれています。 まず、美人~! 自我意識が強く、頭が良く、 人を上目線で見てしまうプライドの高さ。 理性的でしっかりして、お勉強運と仕事運は大丈夫。 男社会で負ける事はない。 目立つ女性になれる。 小泉チルドレンの片山さつき氏や、 資産家の一人娘で、経済アナリストだった佐藤ゆかり氏、 彼女たちをイメージしてくだされば、 未来のSちゃんが、そうです。 一生独身か、結婚をしても子供運はない。 次世代を作り継承する運の持ち主ではありません。 私、「Sちゃんが、将来、社会で、自由奔放に好きに生きて欲しければ、 そうなれる子です。大丈夫ですよ。 放っておけば、一生を仕事と名誉に生きます。 付属小や私立小を受験すると必ず受かりますよ。 でも、学歴が幸せには結びつかず、家庭の幸福を失うでしょう。 もしか、家庭を持つとか子供を産むとか、 女らしい幸せを願うなら、 お勉強第一じゃなくて、万事控えめな躾が大事です。 お勉強はさせない方がいいでしょうね。 なにか、女らしいお稽古をさせてた方がいいですね。」 と申し上げたのです。 これが、運命と言うものなのです。 運命は、一筋縄にはいきません。 本当に欲しいものが手に入らないのです。 よりもっと不幸になるモノが、楽に手に入るのです。 俗に世間で大事と言われるものを、絶対ではないと言う事です。 みなさんへ考えていただきたいのは、 問★1 本当に好きな事を、能力がある事を伸ばす事が、いいのか? 将来、本人が幸せと感じるのか? 後悔するのか? いろいろです。 しかし、2年後、 私の鑑定の心配が実現してしまいました。 再婚相手の母親、つまりYさんにはお姑さんになる義母が、 血のつながりはないけれど、初めての頭の良い孫娘可愛さに、 Sちゃんを小学受験の塾へ通わせ、期待通りの成果をあげて、 付属小学校の入学選抜のくじに当たったのです! あぁ、どんなに案じてあげてもSちゃんの運命の力の方が強かったか! そういう気持ちで受け止めた事を記憶しています。 受ければ合格する、言った通りになりました。 結婚しない長男を持って、この姑の気持ちを察する事はできます。 しかし! この義母は少しも過去に対する反省をしていませんね~。 (もちろん、運命学で言えば、もっと深い理由があるのですが、) 要は、西洋的知識で言えば、長男をマザコンにした母親です、、、。 マザコンの対象にされなかった次男は、健全に発育しています。(笑い) 成人した男は家を出て結婚をするのが、普通です。 自分の母権の満足のために長男を犠牲にし、 その先の子孫までなくして... 今度は、血もつながっていない連れ子の立場の弱い女児を相手に! 自分の満足の餌食にする祖母心?!! もう、、、 これだけでも、、、 家庭の中で、母権(女権)が強い事がわかりますね! これが、ユング心理学で言うところの「グレートマザー」です。 この事から、分って来るのは、 Yさんの再婚先の舅姑は、健全な夫婦関係が成り立っていない家庭です。 つまり、『陰』と『陽』の調和がない。 ここで、また、皆さんへ考えていただきたいのは、 問★2 姑のやった事が、本当に善いことなのか? Sちゃんんが結婚できない長男のような人間にならないのか? この事は、実母さんから「がっかりした。」と報告を受けました。 付属に受かってがっかりとは、如何に? あはは。 Yさんの実母さんが、言った言葉、 ”私の徳と知恵が、至らなかったから。” 教職で、それこそ何千人も生徒を教えてこられた方です。 そのご父兄の前で、一段高い所に立った人です。 その前に、そう気づくべきでした。 Sちゃんの命式の運気が、 その運の開花へ力を行使し始めたのでしょうね。 躾は、一家が、家族が一致しないと無理なのでした! (笑い) 残念ですが、どうしようもありません。 Sちゃんの背後には、3つの家の先祖が隠れています。 1. Sちゃんの父親の家系、(父親は一人息子) 2. Sちゃんの母親の家系、 3、 ママの再婚先の家系、・・・血のつながりはないけれど、 養女として入籍 3つの家の先祖は、全部、Sちゃんだけが頼りです。 どうなるのでしょうか? 付属小学校入学と同時に、 Sちゃんを養女にしたいと言う再婚先の舅姑の望むがまま、 S家は、娘のYさんの幸せのためだろうと、 その要求をのみました。 とうとう、S家に跡取りはなくなりました。。 。 この結果は、 戦後時代に生まれ育ち、近代的な教育を受けたS家の両親にとって、 子供の人権と言うものを認めた育て方、自由な生き方を認めた結果、 お互いを尊重した理想の結果だったのでしょうか? S家のご主人の言葉です。 再婚先で又、Y子に子供が生まれれば、Sちゃんを返してもらおう。 財力もあり、学歴も職業も、奥様は元教師、知力もあるS家が、 そういうものは、何の徳の力にはなりません。 それらは、すべて『陽』なのです。 『陰徳』を消費、浪費するものです。 御主人の目の黒い内に、 その目の前で、やすやすと絶家になってしまった。 しかも、そのSちゃんの命式は、家族縁がありません。 将来、3つの家が絶家になります。 ここまで記事をお読みになって来られて、 なぜSちゃんが孤独に強く、 社会で負けない命式を持って生まれたの? お分かりになりますね? かなしいけれど、、、 彼女は、世間的には成功しますよ。きっと。 成功せずには、生きられない。辛いけれどそうなのですよ。 一人で生きて行かねばならないから、 一人で強い命式で生まれたのです。 それが女系の最後です。 ひとつ、ここまでお読みいただいた方だけに、 次の命題を開示致します。 ”女が『陽』の学問を教える危険性”とでも言いましょうか、 教育を生業としている女性(教師や、塾の先生)は、 自らの陰徳を消去する。 えっええ~!!? ? と思われるでしょう。 あ、もちろん! 当然ですが、すべての女性の先生が、、、とは言えません。 一つの仮定としてでもいいですから、 みなさまの意識の上に置いておいてください。 あなたのぐるりを見渡し、どうなのか、検証してください。 これに対して反論なり、疑いなり、質問なりを、お持ちになったら、 率直に鍵コメントでけっこうですから、お伝えくださればうれしいです。 まず一点は、 そういう事例が多くあり、 そう思わざるを得ない現実が目の前にあるからです。 それについては、また記事にする機会があるはずです。 二点目は、実は、私が、進学教室の経営を3年がかりで辞めたのも、 ”これは、女性が、やってはいけないゾーンではないか? ” と言う畏(おそ)れを、意識や感情にはならないけれど 当時、心身へ宇宙から振動が伝わるように感じていたのです。 早めに止めて良かったと、言う気持ちです。 ほっとしています。 それを伝えなければと言う義務感からでしょうか、 反論覚悟で、これを書いています。 あ、そう、いろんなご意見があって当然ですから... あは。 その時は、まだ運命学で、ここまで判らずとも、 私の中のバランサー(調和をしようとする流れ)が、 私の内部で、不思議な感覚のゾーンが、警告を発してくれた。 『陰』である女が、 意識が作り出した知識『陽』を、 教える事を生業『陽』とする。 その事に、ぞーーっとしたのです。 『陰』を犯して、偽を何度ぬり重ねるのか? 生徒たちに『陽』の世界で生きる技術を教える。 その事が、どこまで子供たちの幸せにつながるのか? 必ず。とは言えない不安と、疑心がありました。 優秀児がいくら出ても満足感はありませんでした。 あ、これは女教官、女教師、女性の塾の先生に対する警告です。 男性は、別です。 (笑い) これからも、考え続けていただければ、問★1 問★2も、です。 それが、このブログの読者の使命ですよ。 あはは。 よろしく、おねがいします。 (笑い) Sちゃんに、孝謙天皇・称徳天皇を重ねてしまいます。 孝謙天皇・称徳天皇は、看病もされず、見取る者もなく 最後一人だったと『 日本書記 』に書かれています。 実は、藤原家に毒殺をされた。と言う説もあります。 それ位、荒(すさ)んだ最後だったのです。 『貧』『病』『孤』 次回、孝謙天皇・称徳天皇で、このシリーズの最後になります。 おたのしみに! よき休日を、おすごしくださいね。 -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 記事は無断転用なさいませんように、お願いします。 [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 どうぞ宜しくお願いします。 |