fc2ブログ

    『因果応報の源 時間を生きる』 7.                                                                                                                     体と心と口の行為は、必ず、客観世界からその反響が自分の主観世界へ返ってくるという事。

    Category : 不滅なもの
    採れたてのイチゴ

    とても強い,イチゴの甘い香りが~










    前回の『因果応報の源 時間を生きる』 6.において、

    私達の命の構成が、さまざまな時のうねりの中にあると書きました。



    命とは、心身ともにです。






    精神と肉体に二つに分けるのは、西洋文明の二元論です。

    東洋的存在の考え方は、精神と肉体が、一体不二であるという事です。

    だから、東洋の仏教から出てきた『因果応報』の認識は、

    西洋文明の二元論における精神と肉体に分けて考えないでくださいね。



    たとえば、

    壁を手のひらで叩いた場合、

    手の平はどうなるか?   あはは。

    叩いたエネルギーに関して、手の平が壁の反発を受けて、”痛い!”

    真っ赤に腫れ上がるほど痛い目にあう、そう、間違いない反応ですね。


    そう! これは、

    (西洋二元論の物についての)学問の物理学です。

    ならば、

    (西洋二元論の心についての)学問の心理学でも同じだと言う事です。



    これらの学問は、二元論の範疇を出ていません。



    あくまでも、人と宇宙、人と自然を分けています。

    人と関係のない物の世界、宇宙です。

    人と関係のない物の世界、自然です。

    心理学ですら、宇宙と自然から切り離した人間の心理です!

    (人の心理は、風土や地理と切り離せないものなのに~)

    そう!物理と心理の学問だけで、すべてはカバーできないのです。

    そこを埋める学問が、つぎつぎと生まれてくる・・・あはは。

    キリがない! 分かれて分かれて、枝になって、、、陽そのものです。




    西洋学問の知識は、時間とともに古くなる。  陽だからです。 



    東洋なら、両者を二つに分ける必要はありません。

    す・べ・てが一体なのです!

    統一、含蓄、一つのものに帰っていく。






    主観世界の自分の感情、思いを込めて、「憎たらしい!」と思って叩けば、

    あなたの主観世界に存在した、その感情と同じものを、

    今度は、それと同じ迫力で ”憎い!”の感情を、

    将来、あなたの主観世界で受け取る事になるという事です。


    十分ご注意あれ~ (笑い)  


             ここまで、OKですか ?



    じゃぁ、次にいきますよ!




    ”今がラクで、後が辛い人生。

    今は辛くとも、後がラクになる人生。”


    あなたはどちらを選びますか



    「今は辛くとも後がラクになる人生」、これこそが極意といえそうです。


    何故かは、この世は、皮相世界では、無常の世界だからです。

    つまり、人間は間違いなく年を取り、死にます。

    弱って、力が無くなる結末へ向かって生きなければならない訳です。

    それならば、誰だって、

    力のなくなった晩年には、死の直前には楽が来るようにしたい。

    そう望むのが、当然です。


    これは、間違っていないでしょうね。 (笑い)





    だから、脅かすわけではないのですが、

    人生の原理原則は、

    「行きはヨイヨイ、帰りはコワイ」のです。  あはは。



    私達は、『時』を経ると共にどんどん若々しくならない。力強くならない。

    だから、これは避けられない根本命題ですね。



    これは、どうしようもない、のではなく、

    どうにかしなくてはいけない。

    そういう苦に、立ち向かって生きて行かなくてはいけない。


    これが、生まれた以上、解決しなければならない苦です。

    釈迦の言う、四苦(生・老・病・死)の生の苦です。




    生きていこうとするだけで、苦しい。それが生の苦です。



    生物は、

    根本的に自立をめざして生きなければならなくなっているのです。


    そうしないと、誰かにおんぶ、迷惑をかけてしまうのです。

    おんぶだ、だっこだと言えるのは、

    これは、共同だ、平等だと社会制度を作れる人間の場合で、

    本来は、自立しない生物は、死ぬしかないのです。


    これは、蟻も、ライオンも、小鳥も同じ。



    違うのは、ペットくらいかな?

    ペットは、依存するからペットと言い、飼い主に”生”を

    ゆだねる代わりに自由を失っているザマなのです。



    生物は、自立をしない命は、滅びます。


    それが、自然の掟です。






    ここまでをまとめますと、

    体と心の行為は、必ず、

    客観世界からその反響が自分の主観世界へ返ってくるという事。

    その条理の上に、生きる上で、

    ”帰りはヨイヨイ!”の結果になることを誰もが望むのでしょう。


    むずかしい・・・あはは。

    ・・・・・まだ、あるの~




    ? !


    そう、まだ。あります! (笑い)


    自分の為した因果応報を受ける、もうひとつのもの・・・?

    口から出すものです。えっ?...う~ん、  『言葉』。




    私たちの口から出した言葉です。

    強い感情を伴う言葉、何の考えもなく口から出る言葉、いろいろあります。

    あなたの言葉も、あなたの因果応報の原因になります。



    心にあって、それを出すのが、言葉。 

    心にもない、言葉。 




    もともと『因果応報』は、仏教の言葉です。

    身口意の三業(しんくい)の(さんごう)と言って、

    身の行う所為、

    口から出す音声。

    意(心)に抱く思い、

    これらの三つを原因として、

    その結果がそれぞれ自分に報われると説かれていますよ~



    いやぁ~ほんとう ? (笑い)

    よく、考えるとぞ~っとするでしょう~。  あはは。


    そんなこと、考えたこともなかった、、、、、






    という事で、、、、、私達は、

    現在は、過去の自己の身口意の行為の集積の真っ只中にあります。


    じゃぁ、自分の現在は、ずっ~と自分の過去に縛られたままで、

    過去から開放されることはないの?

    不自由そのものじゃない~!




    いいえ~!

    違うのよ!


    まったくの

    自由を手に入れるのは、そんなに簡単な事ではないけれど、

    不自由だと、

    決め付ける事は間違っているわ!



    じゃ、なにが?




    それに気がついて欲しいから、これを、ず~っと書いています。

    もっと『時』の認識を深く、簡単に思ってはいけないのです!



    『時』とは、カレンダーにある均一な日の羅列じゃない。

    時計のまるい文字盤の均等分された角度が、『時』ではないのよ。



    今日は、簡単に書きますが、



    『時』は、必ず過ぎ去る。

    この世のすべては、『時』とともに必ず移ろって変化をする。

    ある法則をもって、変化をしているわけ。

    その『時』の法則を、

    計れる物として、意識で解明していくのが物理や、天文学でしょう。




    しかし、計れないし、物とは決めつけられないし、

    意識の領域だけでは不十分でしょう。

    それを解明していくのが本来の宗教、宗教哲学、哲学というものです。

    人を仏の視座まで高めようとする慈悲で説かれたものが仏教なら、


    人間が、人のままで、人のレベルまでの

    移り変わる『時』と人間との関係を

    解き明かそうとするものが運命学です。


    運命学が扱うのは、人のレベルまでです。



    私達は、過去に放った自分の主観の反響を必ず未来に受け取ります。

    現在は、過去のその結果と、未来の結果になる原因のただ中に居ます。



    それなら、

    未来に良い結果が起こるに違いない原因とする現在を生きることです。



    今の瞬時が、すぐさま過去の瞬間になるのなら、

    過ぎ去る『時』のスピードを受身で眺めて、見送りながら惜しむ態度より、

    逆に、『時』が現在の結果として運んでくる未来の時を、

    良きにつけ、悪しきにつけ、

    能動的に受け止めようと、迎えて待つようにすることだわ!



    自分の未来を、『時』より早く先回りをして、

    (これは、意識にできることよ)

    自分の未来を出迎える。


    それです!



    不安な心配な未来を恐れないでいいように、

    その変化を、今より良い変化に変われるチャンスとして生かす事です。




    その変化とともに生きようとする事。

    より良い結果の未来をすごせる様に、現在を生きようとする事です。

    言い換えれば、未来のために現在の自分を生きることです。

    未来に生きる事によって、過去の縛りを放ってしまう事です。




    それが、無常から逃れる方法のひとつです。

    言うのは簡単ですが、変わるのには努力が要るでしょうし、

    そして、無鉄砲にやっても無駄多しですよ。

    主観のルツボに入ったら、害多しでしょう。


    肝心な事は、自己を客観的に観るものさしを持つ事。


    できうれば、自分の誕生命式から、自分のタイムテーブルを知って、

    自分を冷静に客観視できる視座を持つ事をおすすめします。


    何事もそうですが、現実を客観視できれば、全ては手の内です。



    それには、時間も掛かるでしょう。


    しばし、未来が変わるのには時間が掛かります。

    未来までには、しばしの時間の余裕がありますか?



    それを、待てますか?

    粘り強く、忍耐できますか?



    これは、我慢をするための忍耐ではないわ!

    自分の未来を切り開く、希望のある忍耐です。


    希望を失わない持久戦、何を信じて、、、?




    自分の未来を信じる忍耐ですね。




    それが、瞬間、瞬間を、希望の中に生きるという事です。



















    -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 
    記事は無断転用なさいませんように、お願いします。

    [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。 

    どうぞ宜しくお願いします。








    関連記事

    テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
    ジャンル : 心と身体

            

    Comment

    「時」といえば、植物にも、その観念があるような?気がします=
    ネムの木の種類で、夜にはフワリと葉を閉じるのがあります=
    エバーフレッシュだったか、エバーグリーンだったか?=
    時計の代わりに、この葉が閉じたら寝ようと思ったのですが=
    人間の私の方が不規則で、付いて行けなのです。植物はすごいなあ^^=
    知恵で自然を無視しようとする人間よりも、植物の方が賢明なのでしょうか?=
    今回の記事から、未来を創造する意識の役立て方に気がつきました=

    未来を信じる忍耐は、どのくらいの間?
    因果応報で自分のやった事が還ってくる時間は?
    それについての、長短は?
    自分のタイムテーブルって?

    すべては、時そのものに依存している。なのにまだはっきり見えていません。時が。


    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    いつもわかったつもりでいると、ロシアの工芸品・マトリョーシカではありませんが、
    中からいくつも、いくつも「わかったつもり」が出てきてしまいます。
    でも、今回は、なぜ「その瞬間に生きる!」べきなのかがわかったような気がします。
    今までは、「集中するため」に「その瞬間に生きる!」という言葉を遣っていました。
    これからは「未来」を意識した「希望の中に」を加えたいと思います。

    そして、消極的な言葉を発しないように気をつけ、計画を大切にして、自分の未来を出迎えなければいけませんね。

    行きはヨイヨイ、帰りはこわい、まさにそうであります!
    この齢になって、今までの人生の宿題が山のように残っている現実をみると、
    毎日の宿題はその日にしよう! て。
    今更、もう片付ける暇はありません。(学校の宿題は、ラクだった・・・)

    Re: タイトルなし

    > 「時」といえば、植物にも、その観念があるような?気がします=
    > ネムの木の種類で、夜にはフワリと葉を閉じるのがあります=
    > エバーフレッシュだったか、エバーグリーンだったか?=
    > 時計の代わりに、この葉が閉じたら寝ようと思ったのですが=
    > 人間の私の方が不規則で、付いて行けなのです。植物はすごいなあ^^=
    > 知恵で自然を無視しようとする人間よりも、植物の方が賢明なのでしょうか?=
    > 今回の記事から、未来を創造する意識の役立て方に気がつきました=

    ★今朝は、ひさしぶりの雨が降っています。植物には、慈雨ですね。
    エバーフレッシュと言うのでしょうか、、、
    植物もその通りですが、犬や猫も、自然に従っています。
    知恵がないというよりも、その生が、強いのでしょう。
    人間は、前頭葉が発達していい事もやりましたが、罪を犯す事も多いような気がします。
    いつもありがとう! 暑さ厳しき折ご自愛のほどを。  感謝☆cosmos

    Re: タイトルなし

    > 未来を信じる忍耐は、どのくらいの間?
    > 因果応報で自分のやった事が還ってくる時間は?
    > それについての、長短は?
    > 自分のタイムテーブルって?
    >
    > すべては、時そのものに依存している。なのにまだはっきり見えていません。時が。

    ★あぁ、そうです、そう思われるのも当然ですね。
    記事には、原則論しか書きませんから、、、 個々、別々、複雑な様相に分かれていくわけですから、ね。
    今度、取り上げさせていただこうと、思っています。natyururuさんには、ずっと前のコメントも、お返事をお預かりしています。忘れておりません。ごめんなさい! お待ちになってくださいね。
    いつもありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: タイトルなし

    鍵コメントさんへ
    コメントありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: タイトルなし

    > いつもわかったつもりでいると、ロシアの工芸品・マトリョーシカではありませんが、
    > 中からいくつも、いくつも「わかったつもり」が出てきてしまいます。
    > でも、今回は、なぜ「その瞬間に生きる!」べきなのかがわかったような気がします。
    > 今までは、「集中するため」に「その瞬間に生きる!」という言葉を遣っていました。
    > これからは「未来」を意識した「希望の中に」を加えたいと思います。
    >
    > そして、消極的な言葉を発しないように気をつけ、計画を大切にして、自分の未来を出迎えなければいけませんね。

    ★「集中するため」に「その瞬間に生きる!」というのも、アリですね。
    ひとつの事の精度を上げてやり抜こうと思えば、それです。何もかも忘れて、ね。
    でも、それを、何のためにやったのかという事になれば、継続してある(我・われ)の存在に戻ります。
    その存在の原点が、「未来」を意識した「希望の中に」ある事が、現実に根ざしたドリーム・夢の中、希望の中、であるといいと思います。いかがでしょうか?
    いつもありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: タイトルなし

    > 行きはヨイヨイ、帰りはこわい、まさにそうであります!
    > この齢になって、今までの人生の宿題が山のように残っている現実をみると、
    > 毎日の宿題はその日にしよう! て。
    > 今更、もう片付ける暇はありません。(学校の宿題は、ラクだった・・・)

    ★いやぁ~その通りですよ。
    なにの宿題って、自分が出して選んだ宿題ばかりですから、逃げるわけにも行かず、、、あはは。
    周りに高く積みあがって、崩れたら押しつぶされそうですね~ 
    自分の武運長久を祈るのみです、えっ! あはは~ みたいな処が、あります、、、
    暑さ厳しき折、ご自愛のほどを、、、武運長久をお祈りしています。感謝☆cosmos
    非公開コメント

    プロフィール

    寂光ーcosmos

    Author:寂光ーcosmos
    家系・個人の運命鑑定
    東洋運命学教室を主宰

    最新記事
    カテゴリ
    月別アーカイブ
    最新トラックバック
    最新コメント
    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    QRコード
    QRコード