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    女帝1 / 天武天皇流の天皇の女系化と、系列の断絶化に観る運命学。その5

    Category : 運命学と歴史
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    秋の日

    秋いろの葉












    春過ぎて夏来るらし白妙の衣干したり天の香具山






    持統天皇の作られた、万葉集と百人一首の有名な歌です。




    非常に、季節感のある色彩的に鋭い感受性を感じるお歌です。

    おおらかな大自然と一体となった息使いが、みなぎっています。

    非常に鮮烈な言葉使いができる方だったのでしょうね。

    頭の優秀な、自己表現のお出来になる有能な女性と思います。





    古の昔から、わが国は、

    四方の海と豊かな自然に恵まれながらも、

    文明的な文物は海を越えた外国から学び求めて来たようです。

    自国の現状を、常に、このままで良いとは思えなかった

    生真面目さと、勤勉さ。

    それらの気質を育む、適度な緊張感を大陸から受けていた。



    そして、


    国としての形を整える為に必死に生きて来たのです。

    自分の生まれた国の暦史を知るという事は、

    知った後の喜び、または苦悩もあって、

    それが、我々の心のひだを豊かにしてくれます。


    それが、連綿と続く日本人の心の歴史なのかもしれません。






    歴史を見て行くと、

    最高権力者と言えども運命の流れに逆らう事ができない。。

    と言う事に気が付かされます。

    いや、反って、権力への欲望の為に、争い、それを掌中にしたが為に、

    流転するリズムのなかへ放り出されるのだろうと思います。





    まるで、

    権力を手にした者が、それを手放したくないという執着する心で、

    流され翻弄される河と、落ちていく谷底があるようです。




    歴史を探れば、

    必ず、その濁流と谷底を覗いてしまう気がして、

    その暗さを覗くのが嫌いで、歴史はあまり好きではなかったのですが、


    運命学を知る事で、

    その暗さへ光を当てられる力を知り、




    それ以来、


    権力を手にしても、運に流され、谷底へ落ちないようにするには、

    どうしたらいいのか?   



    馬鹿とはさみと権力は、使いよう?  あはは!






    前置きが長くなりましたが、

    前回は、

    倭国と言われていた時代から日本へと呼び名が変った

    国内の政治のながれを見て来ました。

    壬申の乱で大友皇子に勝った大海人皇子が天武天皇に即位します。

    そこまででした。




    天智天皇の子供が乱で自害をしたわけですから、

    天皇の位は、壬申の乱以降、第40代・天武天皇の子孫の方へ、

    天武天皇系流の方へ天皇の位が、移っていきます。



    41,42,43,44,45,46,47,48代の称徳天皇までを言います。

    8人の天武天皇系流の天皇がいらっしゃいます。







    今日は、予告しました通り、持統天皇を中心の記事へ進みます。






    おそらく、長くなりそうなので今回は、持統天皇の即位まで。

    持統天皇による様々な謀略説についてです。



    次回は、持統天皇の即位以降と、飛鳥(あすか)時代最後の天皇 

    42・文武天皇(持統天皇の孫)までの予定です。




     

    天武天皇の皇后 ・ 讚良皇女(さららのひめみこ)は、

    645年、大化の改新後の大化元年に生まれました。

    以後、讚良皇女、皇后と言う表記をします。

    天皇在位中だけ持統天皇と表記します。


    父の天智天皇が弟の大海人皇子(後の天武天皇)に5人の娘を与えた、

    その内の一人です。    


    それが、13歳の時、

    姉の大田皇女らと共に、

    大海人皇子(叔父)の所へお嫁に行きます。

    17歳の時、

    天智天皇が百済救援の為に中国・新羅連合軍との戦争を指揮する為に

    筑紫に滞在した時に、夫と共に天皇に随行し九州まで行った。

    この戦の結果は大敗でした。




    天智天皇は、この大敗の後に逃げるように都を近江に遷都します。

    この戦の影響で、中国・新羅系人達の支援があった大海人皇子側が

    壬申の乱を起こしたのだと言う説もあります。

        

    18歳、その地・九州で草壁皇子を産み、

        翌年に姉の大田皇女が★大津皇子を産みます。 ( ★注1 )

    23歳、正妃であった大田皇女が亡くなり、

        讚良皇女が大海人皇子の妻の中でもっとも身分が高くなった。

    28際、吉野へ隠棲した夫に従い、我が子草壁皇子、大海人の異母子・

        忍壁皇子(高松塚古墳の被葬者とする説がある。)を連れて行く。
         
         壬申の乱の時にも、美濃に向けた脱出の強行軍を行った。

    29歳、天武天皇が即位と同時に、皇后になります。


    病気がちの天武天皇に代わり、皇后が統治者として存在感を高める。


    36歳、実務能力がない年少者を皇太子に据えた例は過去になかったが、

        19才の草壁皇子を皇太子にします。

         (皇后の強い要望があったと推測されます。)

    41歳、686年、天武天皇崩御。

    天皇の「天下の事は大小を問わずことごとく皇后及び皇太子に

        報告せよ」の勅により、皇后・草壁皇子が共同政務を執る。


    『日本書紀』によれば、天武天皇の在位中、ずっと皇后は天皇を助け、

    側で政事について助言をしたと、あります。







    当然のことですが、

    皇后は吾が子・草壁皇子が天武天皇の後を嗣ぐことを望んでいました。





    次は、天武天皇が崩御された時、悲しんで詠んだ皇后の歌です。





    向南山 陳雲之 青雲之 星離去 月矣離而

    北山に、たなびく雲の、青雲の、星離(さか)り行き、月を離れて



    青雲を天皇、月を自分、星を皇子たちに喩えて詠っています。


    北山にたなびいている青雲が、星や月から離れて遠くに行ってしまう。

    のような意味なのでしょう。





    春過ぎて夏来るらし”のお歌もそうですが、

    目の前にある自然の事物を見逃さない、鋭い観察眼です。

    等身大の目線で周りを見回す、直裁的な情感の持ち主だったのでしょう。

    『日本書紀』には、

    持統天皇を「深沈で大度」、「礼を好み節倹」、「母の徳あり」などと記載

    されています。


    きっと、男勝りな女性だった! あはは!




    持統天皇が、積極的性格と有能さがあったためでしょう。

    それを前提として、彼女による様々な謀略が説かれています。



    まず、 ( ★注1 )大津皇子の謀反
    夫の死後に草壁のライバルであった大津皇子を排除した事です。



    天武天皇の死の翌年、

    大津皇子は、具体的な謀反の計画の存在は判らぬまま、

    川島皇子の密告で謀反が発覚して自殺したとなっています。



    『日本書紀』に描かれている大津皇子は、

    草壁皇子より1歳年下、2人の母は姉妹であって、

    大津皇子は早くに母を失い、

    立ち居振る舞いと言葉使いが草壁皇子より優れ、天武天皇にも愛され、

    頭脳も優秀で、“詩賦の興りは大津より始まる”とあるのは、


    大津皇子を可愛がっていた天智天皇ゆずりと言う事か。


    反対に、草壁皇子に対しては何の賛辞も書かれていないのです。

    草壁皇子の血統を擁護する政権下で書かれた『日本書紀』、

    その中における扱いがこうなので、

    諸学者の中では、2人の能力差を疑う者はいない現状です。


    草壁皇子が皇太子になった後に、大津皇子も朝政に参画しています。


    大津皇子の謀反については、

    学者の中では、謀反の計画はなく、草壁皇子のライバルとして

    皇后が先制したという皇后の側に攻撃的意図を見る者が多く、

    大津皇子の無実説か、謀反人に仕立て上げられたという説が多い。


    一連の流れに皇后の意志を見る点は共通のようです。







    関連して大津皇子に対する監視スパイ説がある。

    大津皇子が、石川郎女と寝た事を津守通に占いで看破されてしまった後、

    大津皇子が詠んだ『万葉集』の歌について、

    万葉学者の吉永登氏は、皇后が占いではなく

    密偵によって知ったのではないかと指摘をしています。

    直木孝次郎氏がこれを支持して、

    皇后の指示で大津皇子の監視スパイを行ったのではないか

    と言う説もあります。




    さらに、さらに、

    持統天皇が孫の軽皇子(かるのみこ)を立太子させる為に、

    高市皇子を暗殺したと言う説もあります。




    こういう噂が立つという事は、”つよさ”と”こわさ”のイメージがあり、

    余程の意志を持って物事を遂行する女性だったのでしょう。


    裏返せば、権勢は誇っても、頼れる跡継ぎ運のなさ、寂しさを感じます。




    42歳の時、天武天皇が崩御されます。



    その葬礼が終わった後、草壁皇子を即位させるつもりだったはずが、

    その直前に、草壁皇子が突然、皇太子位のままで亡くなります。



    皇后の草壁皇太子を天皇にする皇位継承計画は、

    根本的に狂ってしまったわけです。

    そこで草壁皇子の子、当時7才の孫の軽皇子(後の文武天皇 )に

    次の望みを託すのですが、皇太子に立てるにも幼過ぎます。


    そのために、やむなく自らが即位したと解するのが大勢です。



    天武天皇系列における持統天皇の位置は、

    我が夫・天武天皇から我が子の草壁皇子・孫の軽皇子に皇位を伝える

    役割であったと言うのが通説ですが、

    野讃良皇女自身が、初めから皇位に向けた政治的野心を動機に持ってい

    たとする説もあります。






    45歳の時、持統天皇に即位。(在位 690年~697)
    在位期間は、たったの7年間ですが、

    『続日本紀』には、文武天皇と並座して政務をとったとあるので、

    持統天皇の政治的関与は在位期間だけに限らないでしょう。




    即位の儀式で、

    初めて「天つ神の寿詞」の読み上げを始めたのも、持統天皇からです。

    前代までに行われた“群臣の協議・推戴”を止めたという事は、

    天皇の神としての権威の上昇の結果、

    “群臣の協議・推戴”は必要がなくなったと言う事なのでしょう。



    まさに、天皇の権力神格化路線の最高到達者です。 



    その天皇の権力神格化路線の最高賛辞者としての柿本人麻呂は、


    有能で打って付けでした!  あはは~!

    官位の低かった人麻呂は、持統天皇から個人的な庇護を受け、

    彼女が死ぬまで「宮廷詩人」として

    天皇とその力を讃える歌を作り続けました。

    前ブログでも書きましたが、

    柿本人麻呂に天皇を神として仰ぎ見る賛嘆歌を作らせ、

    対貴族、対豪族に、強力なプロパガンダ力を発揮させています。



    その代わりに、柿本人麻呂は、

    歌人としての名声を手にして、

    その後は官僚となって地方に転じています。

    貴族ではない彼は、都では食べていけなかったのでしょう。

    まさに、《天下り》のハシリですね。

    ゴマをすりあげた功徳です! あはは。


    今もそうですね。

    総理の秘書官や、民間から国務大臣になった人が、任期が終わったら、

    大学の教官として天下りをしますね。(笑い)



    即位の後、持統天皇は、

    一人の大臣も任命しなかった天武朝の皇親政治を止め、

    大規模人事を行い、高市皇子を太政大臣に、多治比島を右大臣に任命します。


    持統期には、今まで影が薄かった刑部親王(忍壁皇子)、藤原不比等ら

    中国文化に傾倒した若い人材が台頭して来ます。

    不比等は、壬申の乱の時に近江朝廷側だった父、鎌足の子として

    天武天皇の時代は身を潜めて、持統天皇には可愛がられ出世します。



    柿本人麻呂による貴族や官僚に対する歌によるロビースト活動、

    宣伝力、人心の掌握術を心得ていたのでしょう。

    非常に社会性の強い志向、言葉による情報力を上手に使う能力に

    長けていた女性だったと思います。

    頭がいいのです! あはは。 





    特に、時代は腕力から能力へと移行していました。

    能力さえあれば、女だって! 

    剣を持って戦をしなくてもいい、そういう時代に入っていたのです。 



    そう、大歓迎だわ~ 女だって!

    今も、こういう声が聞こえてきそうです。。



    ほんとうに?  

    よろこんでいいの?






    こうした『陽』の現象世界だけに囚われていたら、

    見過ごすのが、無意識の世界、『陰』の本体です。







    女性が、陽の舞台に表れるという事は、

    地中深く張っていなければならない根が、地表へ出て来た!

    そう、解釈をしてください。

    運命学での価値観は、そうです。




    根が地表へ出て来たら、どうなりますか?
    そう! 養分や水分を幹や枝へ送れなくなる!

    まず、葉が枯れ、蕾がしぼみ、実が落ちます。


    最後は、根自体も枯れてしまいますね。


    そうなれば、どんな大木だって・・・・・






    植物は、そうだけれど、人間は違うわ!

    意志と理性があるでしょう。

    それで考えながら生きていくから大丈夫!



    そう、反論が出てくるのは分かっていますが、


    意志と理性は、完璧じゃないわ。

    意識上の力は、『天の道』へは、届かないのです。



    無意識の領域を、琵琶湖の大きさに例えると、


    意識の領域は、琵琶湖へ投げ入れた小さな砂粒ひとつくらい。


    私達が意識できない世界の方が、圧倒的に膨大なのです。




    命や、自然や、しあわせや、苦悩は、

    無意識の領域からのエネルギーに因っています。

    思考や理性や知識では、太刀打ちできないのですよ。







    限りなく研究されて公になった情報をもって、

    持統天皇の貴重なご苦労を便宜的に習いながら、

    記事を書いていますが、


    実は、今の貴女の、貴方のしあわせの為の材料になればと思って

    これを書いています。


    目の前の現象世界に囚われるだけではなくて、

    見えない世界の神秘も、不思議も、

    おとぎ話の絵本の中だけではないのです。


    持統天皇以降は、異様なまでに女帝(元明・元正天皇・・・)が出てきます。




    『天の道』が、

    あなたの命の中心を、地球を含む自然と同じ秩序が貫いている事に、

    気がついてください。





    あなたの命から溢れる不思議に、気づかれますように。。。。。




    感謝です。





















    -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 
    記事は無断転用なさいませんように、お願いします。

    [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。

    どうぞ宜しくお願いします。




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    テーマ : 歴史
    ジャンル : 学問・文化・芸術

            

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    自然と同じ秩序が貫いている

    内容が深いのと、意味のとり方が自信があまりないので動揺しましたが、、、=
    細かく書かれているので、歴史の興味がわいてきたところです。=
    大人の歴史の読む醍醐味のようなものを味わいました。=

    いつも記事にある、物質文明と、西洋の二元論のせいで、人間も自然の一部だという事が、=
    それをどこかに忘れてしまい西洋二元論の中にどっぷり漬かっている自分がいます。=
    自分の意思で、やる気で生きてきたような、そのおかげという思いがしみ込んでいます。=
    言われてみれば、(自然と同じ秩序が貫いている)とは当たり前のことですね。=

    深夜便になりました!

    かみ締めるように拝見しました。今日のコメントは難しいのです。
    今までの歴史はなんだったのかとか、ずいぶん読んではがゆい思いをしましたから。
    普遍のものを見つけるのが、歴史を知る事なら、
    ただの知識の寄せ集めを歴史と思っていたのです.....反省。

    最後は、気がやすらかになりました。(笑)
    暖かくしておやすみなさい!

    No title

    「春過ぎて・・・」の歌は、初めて覚えた百人一首で、
    持統天皇は古代の人ではありますが、一番親しみを感じています。

    歴史は繰り返すと申しますが、
    「権力を手にした者が、それを手放したくないという執着する心で、
    流され翻弄される河と、落ちていく谷底があるようです。」

    ・・・を読んだとき、まだ谷底ではありませんが、現・総理大臣とだぶってしまいました。

    歴史を学ぶ理由が少しわかったような気がしました。

    次回も楽しみにしてます!

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    夜回り~

    ついつい遅い時間に・・・
    目をこすりながら拝読いたしましたァ。
    女と男は、別々〈夫婦の別〉とか。
    今日は大砲がなくて静かな晩秋の夜、けっこうでした。

    Re: No title

    鍵コメントさんへ  

    ありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: 自然と同じ秩序が貫いている

    > 内容が深いのと、意味のとり方が自信があまりないので動揺しましたが、、、=
    > 細かく書かれているので、歴史の興味がわいてきたところです。=
    > 大人の歴史の読む醍醐味のようなものを味わいました。=
    >
    > いつも記事にある、物質文明と、西洋の二元論のせいで、人間も自然の一部だという事が、=
    > それをどこかに忘れてしまい西洋二元論の中にどっぷり漬かっている自分がいます。=
    > 自分の意思で、やる気で生きてきたような、そのおかげという思いがしみ込んでいます。=
    > 言われてみれば、(自然と同じ秩序が貫いている)とは当たり前のことですね。=


    ★そう、西洋二元論の思潮の中で、自然を自分の身内に感じられない現代人は、
    すべては自分の意識が作り出したものだけという錯覚に陥っていますよね。
    これは、間違った認識です。
    自分の認識の誤謬に気がついて、直す事から始めないといけないのに、、、
    物質文明が、それを許さない状況に陥らせていると思います。 物質文明は、悪魔ですよ~。
    現代人は、作られた自然の中、いいえ、人工物の中で生きられると思っているようです。
    これらを人間自身で反省して修正する事ができなければ、いつか、『天の道』のエネルギーがこれらの歪みを正すかもしれませんよ。
    いつもありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: 深夜便になりました!

    > かみ締めるように拝見しました。今日のコメントは難しいのです。
    > 今までの歴史はなんだったのかとか、ずいぶん読んではがゆい思いをしましたから。
    > 普遍のものを見つけるのが、歴史を知る事なら、
    > ただの知識の寄せ集めを歴史と思っていたのです.....反省。
    >
    > 最後は、気がやすらかになりました。(笑)
    > 暖かくしておやすみなさい!


    ★あら、いい所に気がつきましたね!
    知識の寄せ集め、 あはは、本当にそう、、、私たちは”知っている!”というだけを自慢しますね。(笑い)
    普遍の何かにたどり着かないと、意味がありませんわ!
    何の為に、時間を潰したのかと、、、考えてしまいますね。
    寒さへ向かう日々、お風邪を引かぬように気をつけてお仕事に励んでくださいね。
    いつもありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: No title

    > 「春過ぎて・・・」の歌は、初めて覚えた百人一首で、
    > 持統天皇は古代の人ではありますが、一番親しみを感じています。
    >
    > 歴史は繰り返すと申しますが、
    > 「権力を手にした者が、それを手放したくないという執着する心で、
    > 流され翻弄される河と、落ちていく谷底があるようです。」
    >
    > ・・・を読んだとき、まだ谷底ではありませんが、現・総理大臣とだぶってしまいました。
    >
    > 歴史を学ぶ理由が少しわかったような気がしました。
    >
    > 次回も楽しみにしてます!


    ★親しみで受け入れる事は、一番大事なことですね!
    それができれば、教育の大部分は成功したという事ですから、、、(笑い)
    その奥には、”苦味”も、”鹹さ”も、”渋味”も、いろいろあるのが当たり前なのですが、
    日本人の知識教育は、それを知るようには導きません。
    武士道の“義”を重んじた癖なのか、
    他に楯突かない、社会の建前を信じるのが正義という刷り込みが、民族の潜在意識に残っているようです。
    だから、外交でも戦略が持てない。持つ事に罪悪感があるのですね。
    自称「ぼく、いい子の日本人」でいたいのね。 あはは~。
    強い外国の国家に対しては、従順なる下僕としての”忠”たる姿勢で外交をやっていますものね。 あはは。
    いつも ありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: No title

    鍵コメントさんへ
      ありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: 夜回り~

    > ついつい遅い時間に・・・
    > 目をこすりながら拝読いたしましたァ。
    > 女と男は、別々〈夫婦の別〉とか。
    > 今日は大砲がなくて静かな晩秋の夜、けっこうでした。


    ★夜回り、ご苦労様です!
    寒さ厳しくなる時節柄、お体に気をつけてくださいね。
    そう、『別』という概念がない! あはは。なんでも一緒、平等ですから、、、
    静かな秋のいい日を、いい夜を、おすごしになってください。
    いつも ありがとう! 感謝☆cosmos

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