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    橘美千代 / 天武天皇流の天皇の女系化と、系列の断絶化に観る運命学。その8

    Category : 運命学と歴史
    渓谷の晩秋


    錦秋の渓谷美    










    やっと、橘美千代(たちばなのみちよ)までたどり着きました。








    今回のこのテーマ『天武天皇流の天皇の女系化、、、は、


    家系と言うものは、女系化の特徴を辿りながら断絶をするという例を、


    もったいなくも天武天皇系の家系を例に書かせていただいている記事です。


    実際、藤原不比等よりも、


    持統天皇と橘美千代が主役級の人物、キーパーソンなのです。







    今日の写真は、橘美千代にふさわしい写真を、、、と、

    秋の絶景とも言うべき錦秋のあでやかな風景にしてみました。


    如何に艶やかな美しさがあったとしても、

    1ヵ月後の今、また訪れたとしたら、、、、、


    きっと、そこは薄墨色の冬景色。

    おそらくモノトーンの幽玄な世界に変わっているはずです。




    あでやかな秋色と、幽玄なモノトーンの冬色、


    どちらがお好きですか? 




    自然には、多様な植物が生きており、さまざまです。

    枯れる物、芽吹く物、入れ替わり、棲み分けていきます。


    人も、そうです。

    滅びるものもあれば、栄えるものもある。


    なぜ、栄えるのか?

    なぜ、滅びるのか?


    それが、運命学です。 





    それを行うのが、『時』、『天』です。


    人為、人智、理性や意識の入り込む隙のない、現象を起こしているものです。




    今の時代は、水深5mmの浅瀬のような思潮が流れています。


    皆が、物質的な成功を求めて、

    自分の思い通りに生きる事が、幸せだと思い込んでいる。


    今の時に、皆が追いかける成功と呼ばれるものが、本当に成功なのか?

    池の中の踏み石を、飛んで渡るような危なっかしさです!



    特に女性が...女の枠を壊してまでも幸せになろうとしています。


    本当に、それが幸せの結果をもたらすものかどうか、、、


    壮大な実験が行われているようなものです。



    思い通りになった事を成功と認識をして喜ぶのか?


    成功の絶頂期を衰退の始まりと認識をして危ぶむのか?




    その分かれ目は、『今』という時を、どう捉えるかという点でしょうね。



    今を、過去からたどり着いた時点と思うのか?


    今を、未来への出発点と思うのか?


    どちらが、よろしいのでしょう? 






    持統天皇と橘美千代は、力もあり、立派な夫も持ち、


    いわゆる女性のその時代の枠組みからはみ出てまでも、


    自己の思いをあらゆる方法で実現した二人です。



    このお二人の生き様の結果が、


    本当に望んだものが最後に手に入ったのか?


    このテーマの記事も、Vol.8になりました。


    最後まで記事を読みながら、それを確認をしてください。


    あなたの参考にしていただければうれしいです。








    では、本文へ、 不比等と美千代の出会いです。



    このあたりから、このテーマのエンディングへ向かって、

    誰が誰と、等の錯綜とした人間関係が出てきます。

    めんどうですが、注意を払いながらお読みになってください。


    嘘や誤魔化しのできる政治的表舞台の出来事よりも、

    家族として表れる裸の人間の歴史を見ようとしてください。














    不比等が, 大納言(だいなごん)になって、


    持統天皇との密約を守って、 

    初めて自分の娘を天皇へ入内させようとしたのが、長女・宮子ですが、 



    実は、不比等の実の娘ではない、紀伊の寒村から連れて帰った娘だ。

    と言う説もあります。 


    おそらくそうだったでしょう。


    入内させても、寒村生まれの育ちから来る立ち居振る舞いの齟齬は、

    周りにしっかりした命婦を付けて守らせればいいのですから。


    おそらく不比等は、自分が同時期に子供を作り、その我が子と、

    宮子が産んだ皇子と結婚をさせようと、そこまで考えていたと思います。





    願わくは、我が女児を授かり、文武天皇の皇太子と、、、



    その為に、近親結婚を避けるために、

    実の娘でない女を、娘と偽って入内させたのでしょう。



    この時代は、異母兄弟、異父兄弟の間の結婚は世間が認めていました。





    不比等が、宮子を我が娘として偽って入内させ、

    これから作る我が子との閨閥を諮る以上は、


    その子の母は、今までの子供の母親以外の女性でなければならない!!!




    その為に妻にする打って付けの女性。


    宮子を自分の娘として入内させる為に、色んな裏情報を得られる女性。






    この二つの条件を満たす人間として、


    その時に、目を付けたのが女官・縣犬養連美千代(665年~733)です。







    なぜなら、彼女は、内命婦(ないみょうぶ)として後の文武天皇になられる

    軽皇子の乳母を務め、後宮で勢力を振るっていたからです。




    美千代は、その当時、30敏達天皇の曾孫「美努王」に嫁して、

    葛城王(橘諸兄)、佐為王、牟漏女王(藤原房前室)の

    3人の子供を生んでいました。
      


    ( 多産系の女だ!と不比等は、認めたのかもしれませんワ!)  




    天武天皇時代の、皇后だった頃からの持統天皇のお気に入りの女官で、

    天武、持統、文武、元明の4代の天皇に内命婦(5位以上の位の女性)として

    仕えた奈良時代前期の女官です。 
     



    以後、橘三千代 と言います。





    694年、頭のいい不比等は、橘三千代(29歳)を、三千代の夫「美努王」が

        大宰府に赴任中に後妻とします。 



    不倫の上の略奪です。だれが不比等に逆らえたでしょうか?  



        不比等35歳です。 


    きっと、3年後に控えた宮子の入内に、必要だと判断をしたからでしょう。



    697年、宮子は、(第42代)文武天皇の夫人になります。

        紀伊(今の和歌山県)の寒村の娘は、幸せだったのか?



    701年、藤原不比等42歳、次々と重要な事が起こった年です。


        まずは、持統太上天皇に命じられていた大宝律令の完成。


    同 年、文武天皇と宮子に、★1.首皇子、つまり、後の聖武天皇が誕生。


    同 年、藤原不比等と橘美千代の間に、

        ☆2.安宿媛(あすかべひめ)つまり後の光明皇后が誕生。 





      これには、ちょっと驚きますね! 同年に子供を作って!

      

         不比等の思い通りになっています。 


    しかし、宮子は産後、ひどい鬱症にかかって一室に引きこもり、首皇子との

    母子の対面も全く無くなります。


    この事態は不比等にとって、

    天皇の外戚にはなれたけれど、次は天皇の血縁者、

    天皇の外祖父になるという戦略には、不利な状況でした。 





    というのは、宮子の産んだ皇子には、二人の競争相手がいたからです。






    文武の妻たちは、宮子のほかに、もう二人、

    特にその内の一人、嬪、石川刀子娘(いしかわとねこのいらつめ)は

    二人の皇子を産んでいました。




    しかも、この嬪は当時第一の豪族である蘇我氏の正統であり、

    藤原氏にとっては強敵であったわけです。




    不比等は、自分の戦略を達成するには、

    この嬪と二人の皇子を除かなくてはならなかったのです。



    (大化改新で蘇我入鹿は滅びても、蘇我氏自体は健在でした。) 



    それには、なにをどうすればいいのか?

    次の打つ手を、不比等の頭脳は、弾き出します。



    つまり★1.首皇子の乳母・養育係に誰をするか? です。



    もっと分かり易く言うと、

    首皇子を天皇に即位させる為の役に立つ乳母は、誰か?です。 

     


    乳母は、美千代しかいない! 


    元々、不比等のゲームソフトに戦力として美千代は組み込まれていました。


    同時に子を産んだ美千代は、大事なおっぱい・母乳も出ます! !  



    なんということなのでしょう!  あは!








    庶民の私たちには、天皇の外戚になるなんて! えっ?

    可能性も無い我々は、そんな~! と抵抗も感じる事だらけです。

    想像をしようにも、、、できない事だらけです!



    しかし、立場が違って、手を伸ばせば手に入る可能性があり、

    権力も独占して一番近くにいる二人にとっては、

    自分がそうしなければライバルにしてやられるわけですから、



    そういう目的を持つ事、考え付く事は、至極必然だったのでしょう。 




    金銭や権力にまつわる感覚は、


    それらを手にして、潤沢に意の侭に行使できる境遇に立たなければ

    分からない事なのでしょうが、


    それらを手にした人間が、「人が変わる」という事は事実です。


    金銭や権力は、常人の常識や倫理感覚をも狂わせる魔力を持つ物です。 






    きっと不比等の心一つで、決まったはずです。


    宮子が産んだ、★1.首皇子の乳母は美千代です。 



    乳母になった美千代の最大の仕事は、

    すっかり自分を信用してくれている元明天皇へ(文武天皇の母)

    宮子以外の二人の嬪たちの品行が悪い事を吹き込む事でした。



    未亡人で、しかも潔癖な元明天皇は、

    自分の息子(今はなき文武天皇)の嬪たちが、

    他の男を作っているという噂に耐えられるはずもありません。


    それで、二人から嬪という位を取り上げてしまったのです。





    何の為に? 




    ふしだらな嬪たちの、その腹から生まれた皇子達が、皇位に即(つ)く資格を


    失わせてしまう為にです! 




    ひどい話! と、思いませんか?


    しかし、やらないとやられるという権力闘争の修羅場では当たり前でした。


    凄い! こわいですね~。これが、陽の世界、闘争の世界です。 





    最、最強! 凄まじいまでの不比等と三千代の夫婦のタッグです。 



    また、三千代と不比等は、再婚前のお互いの子供同士を結婚させる事で

    お互いの一族の結束を固めようとしていたようです。


    美千代の前夫との娘・牟漏女王の結婚相手は不比等の息子、

    つまり牟漏女王の義理の兄・藤原房前です。


    また、三千代は不比等との間に二人の娘を産んでいますが、


    ひとりは聖武天皇に嫁がせた☆2.安宿媛。

    なんともう一人は、三千代の連れ子の葛城王と結婚をさせています。


    (義理とは言え、自分の子供同士でですよ!)





    とりあえずは、美千代の前夫の「美努王」は皇族ですから、

    美千代の子供は皇族になります。だから王、女王と呼ばれます。


    また、家系は、男系で継承をして行くわけですから、


    当時の女性は、皇族男子と結婚をすれば皇族になれますが、

    男性は、皇族の女性と結婚をしても皇族にはなれません。


    藤原氏は、娘を天皇に嫁がせますと、娘は皇族になれるのですが、

    自身は皇族にはなれません。




    また、当時【律令】において定められていたのは、


    ・天皇から5代までが、皇族、6代からは非皇族であり、

    ・皇族は、皇族としか結婚ができない。

    ・女性は、13歳から結婚ができました。



    美千代は不比等と結婚をして、皇族から降り、

    美千代の連れ子は、皇族のままの身分だった事になります。

    不比等の息子より、美千代の子供の方が、格が上という事ですね。




    その上、美千代は、 


    708年、元明天皇の大嘗祭の時に、

    天武天皇の時代から仕えている事を認められ、天皇の杯の中に浮かぶ橘

    を見た元明天皇から橘宿禰の姓を賜ります。 

     


    女性ですが、橘氏の実質上の祖です。 





    710年、元明天皇が、都を平城京へ移す。

    715年、平城京の第一次大極殿の完成


    文武天皇と宮子の間に産まれた、★1.首皇子と、

    藤原不比等と橘美千代の間に産まれた☆2.安宿媛は、


    首皇子の世話係が安宿媛の母親・美千代なのですから、幼いころより睦みあ

    ってお互いが理解し合った仲だったでしょう。二人が16歳になった時に、


    不比等と三千代は、自分たちの娘・☆2.安宿媛


    716年、★1.首皇子に入内(結婚)させます。
          
             
        以降、★1.首皇子は、そのままの表記で。    
       
        以降、☆2.安宿媛を、☆2.光明子と書きます。


       


    ★1.首皇子 は、病弱で気弱であり、臆病でした。

    反対に、☆2.光明子は、明るく気丈であったと思います。 


    女系の典型的なご夫婦ですね!  あはは。 







    毎年の正倉院展での私の個人的な感想ですが、

    写経など☆2.藤三娘(光明皇后)の御筆跡を拝見しますと、

    横に引く線は細いが、縦や払いの線の幅は太く広く、力強い激しい筆使いで、

    女性とは思えない剛毅な感情の持ち主だったと想像します。


    几帳面に揃えた経の文字の並びからは、しっかりした強い意志と、

    ストレートな感情表現、力を抜かない律儀さを感じます。 



    ☆2.藤三娘とは、藤原家の3番目の娘という意味で、

    書などのサインには、光明皇后は、ご自分の事をこう書かれています。


    光明皇后の筆力は雄健と称されているようです。





    この結婚以外に、三千代はもう一つ、

    首皇子に一族の娘・県犬養広刀自(ひろとじ)をも入内させています。

    彼女の出身の県犬養氏は、中級の貴族ですから、

    本来、皇太子に入内というのは無理な家柄です。

    これは、娘・☆2.安宿媛が跡継ぎを産めない場合の安全弁

    だったのでしょう。 





    717年、三千代が2階級昇進して従三位となり、正式に「貴族」となります。



    718年、★1.首皇子★17歳と、☆☆2.光明子17歳に、

         
        ☆3.阿倍内親王が誕生。=後の孝謙・称徳天皇です。






    720年に不比等が亡くなるまで、あと2年。

    この頃が、美千代と家系にとって、ピークの時期になろうかと思います。





    持統天皇の時以来、自分が仕える女主人に、完全に気に入られ、

    寵愛を受ける美千代も、実力派ですが、


    その力を見抜いて妻にし、利用した不比等とは、、、 


    いかばかりの男であろうか?  (笑い) 





    古事記や日本書紀の編纂を通じて、

    密かに知りえた天皇を取り巻く権力闘争の実態の歴史のかずかず。


    それから学んだ事は、難くないはずです。

    このご夫婦には、舌を巻きます。 まったく、無敵艦隊そのものです。 (笑い)




    しかし、無敵と言う事は、怖いことですね。

    人界に敵なしとは、天をも恐れない事かも知れません。


    誰よりも強い人は、『天』にやられるしかない。

    『天』とは、『時』。


    『時』を敵に廻すとは、、、自然淘汰。


    叩いたから、叩かれた。  あはは。

    目先のちょっとした因果応報ではありませんよ。


    叩かれないのですよ。やさしく愛撫されるように・・・

    気が付いた時は、もう手遅れ。取り返しが付きません。


      

    原因から10~30年掛かる因果応報が一番怖いのです。 


    『天』・『時』には、逆らわないように。。。 



    人間も植物も、同じです。


    自然に合わなければその種は、絶えます。




    物質文明に酔って、寝言を言っている場合ではない。


    無意識にこそ叡知が、存在する事に目覚めて、、、。


    これが、このブログを書いている動機なのです。。




    次回は、不比等が62歳で亡くなった所からです。





    女の出世は、手を叩いて喜んでばかりいられる場合ではないと、、、


    世のみなさまに、参考になさっていただければ、


    と願っています。



         



    よき時をおすごしくださいね。




























    -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 
    記事は無断転用なさいませんように、お願いします。

    [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。

    どうぞ宜しくお願いします。




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    テーマ : 歴史大好き!
    ジャンル : 学問・文化・芸術

            

    Comment

    おはよう!

    夜勤明けの帰りに朝日にかがやく富士山を拝みました。 荘厳ない~い気持ちでした。

    錦秋の秋色もすてきです。どこなんでしょう? 

    ふだんの歴史と違いますね。
    遠いむかしの人の人間性が裸になっていて、驚くことがいっぱいありすぎ・・・。
    私の目から見ると権力を持ち続けることは陰謀と嘘とハカリ事ばかりで、うんざりです。
    自分の子供の結婚まで支配をする母親、強欲すぎて滅びるのが当然と思います。
    人間は清く正しく、無理なのでしょうか?
    全体の流れを広く見ているcosmosさんの目を感じます。

    No title

    景色に見とれてしまうくらいです。=

    頭を、ダイエットしなきゃと思いました。=
    何を見て生きて来たのか、分からなくなりました。(泣く)=

    素朴な疑問なのですが、この時代には、もう儒教が入っていたのでしょう?=
    なぜ、どうして、倫理観が低いのでしょうか?=
    それが、人間のサガと言われればどうしようもないですが。=
    知って悲しい事、歴史にはたくさんありすぎですね。=


    No title

    筆跡からも鑑定されるのですね。やはり視野の広さを感じます。

    それにしても、不比等と美千代のタッグは、
    『天』と『時』しか太刀打ちできないのですから非常に強力ですね。

    Re: おはよう!

    > 夜勤明けの帰りに朝日にかがやく富士山を拝みました。 荘厳ない~い気持ちでした。
    >
    > 錦秋の秋色もすてきです。どこなんでしょう? 
    >
    > ふだんの歴史と違いますね。
    > 遠いむかしの人の人間性が裸になっていて、驚くことがいっぱいありすぎ・・・。
    > 私の目から見ると権力を持ち続けることは陰謀と嘘とハカリ事ばかりで、うんざりです。
    > 自分の子供の結婚まで支配をする母親、強欲すぎて滅びるのが当然と思います。
    > 人間は清く正しく、無理なのでしょうか?
    > 全体の流れを広く見ているcosmosさんの目を感じます。


    ★あ、神奈川でしたね! 富士山が近くてよく見えるでしょう?
    我が家で朝焼けの富士に出会えるには、努力が要ります。 あはは。
    ここは、御岳渓谷です。いい眺めですね~。
    清く正しく生きるのは難しいようですね。ひとつは運もあります。
    恵まれた境遇というのは、案外、実は恵まれていない面があって、やはり中庸がいいのでしょうね。
    私の目を感じてくださる? 大変です! どこを見ているのか気を付けるようにします。 あはは。
    いつもありがとう! 感謝☆cosmos

    Re: No title

    > 景色に見とれてしまうくらいです。=
    >
    > 頭を、ダイエットしなきゃと思いました。=
    > 何を見て生きて来たのか、分からなくなりました。(泣く)=
    >
    > 素朴な疑問なのですが、この時代には、もう儒教が入っていたのでしょう?=
    > なぜ、どうして、倫理観が低いのでしょうか?=
    > それが、人間のサガと言われればどうしようもないですが。=
    > 知って悲しい事、歴史にはたくさんありすぎですね。=


    ★あはは~! 正直な人ですね!
    儒教については、次に少し書きたいと思っています。お読みになってください。
    あ。コメント引かせていただいてよろしいでしょうか~?
    そこで、少しお返事を書きたいと思います。
    歴史は、どんなに辛くても、真実に迫る姿勢で臨まなければ、、、。
    あらゆる事に光を当てて見るようにしたいと思っています。ええ、もちろん運命学で、ですが。 あはは
    いつもありがとう!  感謝☆cosmos

    Re: No title

    > 筆跡からも鑑定されるのですね。やはり視野の広さを感じます。
    >
    > それにしても、不比等と美千代のタッグは、
    > 『天』と『時』しか太刀打ちできないのですから非常に強力ですね。


    ★書は、人と言いますが、光明皇后は、ひたぶるに正直な人だったと思います。でも、勝気ね。あはは。
    自我意識の非常に強い方だったでしょう。
    普段、きっといろいろな面で眺められているのでしょうね。私たちの名前も、全身が、、、。(笑い)
    そう思うと、ぞっとします~。でしょう! あはは。
    人は、兎に角、有名でなく目立たなく中庸がいいと思います。
    有名については、また記事にしますが、それだけで罪悪だと思っています。子孫を潰しますから。
    不比等と美千代は、それぞれの罪は違うのですよ。
    いつもありがとう! 感謝☆cosmos

    寒い日です。

    朝日は射すのですけれども毎日が曇りのような天気です。
    寒空をあおいでおりますのよ。
    庭のわび助が、もうすこし寒くなるのを待とうと、葉を茂らせております。

    人は、植物と同じ。 そのとおりですわ。
    根を張るように工夫が一番。根で来年の花が決まるからです。

    Re: 寒い日です。

    > 朝日は射すのですけれども毎日が曇りのような天気です。
    > 寒空をあおいでおりますのよ。
    > 庭のわび助が、もうすこし寒くなるのを待とうと、葉を茂らせております。
    >
    > 人は、植物と同じ。 そのとおりですわ。
    > 根を張るように工夫が一番。根で来年の花が決まるからです。


    ★あぁ、そうですね。根が大事だって、植物を見ていたらわかりますね。
    奈良は、先月日帰りで、正倉院展で行ってきました。
    相変わらずものすごい人でした。
    こんなに古代史を好きな人がいるのですね。久しぶりの関西で、なつかしく思いましたよ。
    お花は、いつごろ何が咲くのか、冬なら冬で楽しみです。
    侘び助、白、きれいですね。
    いつもありがとう! 感謝☆cosmos
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    Author:寂光ーcosmos
    家系・個人の運命鑑定
    東洋運命学教室を主宰

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