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    あれから一年 2.   ー 「フクシマ」論  開沼 博ー   災害の外因・内因 

    Category : 運命学と科学
    朝焼けの那須岳


    朝焼けの那須岳












    今日の本題の前に、ご理解いただきたい事があります。


    このブログをお読みくださって、

    私の主宰する運命学をご理解してくださり関心をお持ちになる方が、

    増えて行く事は非常にうれしく思っています。


    それが、特に、私達の目には見えない心の価値である徳性や、

    東洋の叡智のすばらしさに目覚める事が、

    今の物質文明の社会へ抗していく力になれるとしたら、

    これ以上の喜びはありません。


    私のこのブログの目的は、そこにあります。

    そう云う私の目的に従って、

    このブログ内の活動で『陽』の価値を追求する気は全くありません。

    いろんな欲は捨てております。


    以上のような理由で、

    真に申し訳ないのですが、

    このブログを通しての一切の鑑定依頼のお申し込みを、

    お受けしておりません。ご理解のほどよろしくお願いします。







    では、今日の本記事に参ります!

     ー フクシマ論 開沼 博 ー   災害の外因・内因 でした。







    去年の9月7日にいただいたコメントをご紹介します。



    日本はなぜ原子力村ができたのか、

    その選択のところから戻って反省するべきです。


    やっぱり国なのか、国が一方的に押し付けたからそうなったのか?


    仮に押し付けられて、

    そこまで東北の人たちは従順だったのかどうかは解りませんが、

    その原因を追究していって公開してほしいと思っていました。

    日本は、内輪もめを避ける傾向があります。


    でも、今回の原発の事故は

    そんなことでいい加減にできる限界を超えていますよね。


    なにか、自然が怖いということや東北の人たちに同情することだけで

    済ませていいのかどうか、いろいろな疑問がわいて来ていましたから、


    復興と言いながら、何か、

    損をする方向へ進んでいっているような気がしてならないのです。

    それがcosmosさんの言われる陰徳の消去ということなのかと

    思いますが、東北へ医療ボランティアで行って、

    これだけでいいのかなと感じました。





    そうですね。

    復興、復興と言いながら、

    情報が飛び交うのは、何百億、何兆と云う桁の違うお金の事ばかりです。


    そして、絆だ、絆だと言いながら、

    自分は、放射能の被害者にはなりたくない。

    瓦礫を受け入れて何かあったら、次は、賠償!   あはは。

    何をしても賠償、賠償してくれるのか?

    一億皆が、~~をよこせ!

    物の欲しい人ばかり、、、  


    こう云うのは、運命学ではこう言います。

    欲しい、欲しいと言うのは、力不足だと云うのです。

    だから、欲しいものが逃げて行く。 あはっ。

    冨むとは、いらないと言えども待ち伏せして集まって来る事です。

    お、恐いストーカーのようですが、

    欲しいものには、追いかけさせましょうねー。

    逃げればいいのです。もっと、追いかけて来るから、、、 あはは。





    日本中が、国の中でお金を奪い合っている構図です。

    せまい桶の中で、奪い合ったらどうなりますか?

    国力と云うパイは決まっているのですよ。


    まぁ、最後は国が責任を取ればいいのか、

    でも、それだって結局は、国のお金=国民の税金でしょう?

    我々の負担が増える事であり、年金医療福祉と同じでしょう?

    ゆくゆくは、この付けは子供や孫へ廻って行くのではないですか?


    今、2歳、3歳の子供たちが、30年後、

    自分たちと、自分の家族と、親世代の老人の面倒を見ながら、

    返していかなければならない重い借金になる訳です。

    現の目の前の被災地の方々もお気の毒ですが、

    原発ができる事に何も関わらなかった今の幼い世代が、

    ゆくゆくの廃炉の費用まで負担をするのですよ!、

    将来に、一方的に負担を背負わされる今の子供たちの方が、

    現在の誰よりも、一番、もっともっと憐れです。




    これは、国の運命も、個人の運命も同じだと云う事です。


    意識の為したものは、すべて、

    時を経て、間違いなく、咎も徳もすべて受け継がれていくもの。

    親の世代がごまかし、無意識に知らずに隠したものは、

    必ず、必ず、無くなる事なく次世代へ答案が返されて来ます。 


    此の世で、我々が為した業は、寸分たがわず無くなることはありません。




    今日の記事は、

    東京大学大学院に在籍中の社会学を専攻する開沼 博氏(27歳)が著わ

    したフクシマの検証本『「フクシマ」論 』 青土社 からです。 



    ここで、注意していただきたいのは、

    意識と云うものが、どんなに身勝手で、都合の悪いものを隠すのか、

    よく見ていただきたいのです。   ★印のところ




    この本の中身は、

    昨年1月に、彼の修士論文として提出されていたそうで、

    彼は、福島県いわき市の地元出身だからこその、

    福島を思う郷土愛、その悲しみを持って書いている。

    一か月の1/3を地元で放射能と共に生きる生活をすごし、

    だから、ここまでの事が書けるのか、と感じさせる本です。




    この本のサブタイトルの「原子力ムラはなぜ生まれたのか」

    から分かるように、

    二つの「原子力ムラ」について考察を加えた内容になっています。


    「原子力ムラ」のひとつは、

    電力業界・学者・行政・政治家・マスコミ。



    もうひとつは、原発を受け入れる事で、原発交付金や雇用、

    労働者の流入によって潤った「地元の原子力ムラ」。 

    この「地元の原子力ムラ」= 福島県双葉郡は、県内で最も貧しい地域で

    「東北のチベット」「福島のチベット」と呼ばれていた地域です。






    この二つのムラとムラの関係は、

    原発のリスクを押し付ける国 対 その抑圧に耐える地元と云う

    決まりきった構図のイメージで思い込んでしまいがちです。


    まして、関東に住み東電の電力を使って来た首都圏にとっては、

    関東の人の為の電力の犠牲になった、と言われれば、そうかと、

    何も言えなくなるのですが、、、





    開沼氏は、違うと言う。


    「 」の中は、開沼氏の文章そのままです。



    彼が、学生時代に青森県六ケ所村やフクシマや新潟で

    目のあたりにしたのは、


    「原子力関連施設のおかげで生活できるという幸福感」
    だった。


    この幸福感が、どうして形成されたのかを知る為に、

    5年間、フクシマへ通い、住民への聞き取りを重ねながら

    掘り起こしていった検証本です。






    経済成長を目指す国に連動するように、「ムラ」=福島県双葉郡では、

    出稼ぎのない豊かな暮らしの夢を原発に見出した。



    「ムラが原発を能動的に受け入れ、抱擁した。」





    そして、二つのムラが、お互いを抱擁し続ける中で、

    ムラの人間たちに、「絶対安全だという”神話”が生まれた。」



    「この”神話”の信心こそが今回の大事故の底流にある。」
    と表現します。


    ★ここですね!

    双方のムラが、都合の悪い事(=原発は危険である)と云う意識を各自の

    無意識の底へ隠し捨てたのです。

    無意識の中に隠された意識は、決して無くなりません!

    かならず、『 危険なのだと云う事を見据えなさい!』と、出して来ます。

    約30年後、原発誘致を決めた人々の子と孫の代に、

    今回の事故として出して来ました。 





    これが人の運命として、

    親の生き様の間違いを、子供が受け継ぐと云う事です。



    そして、

    今回の事故の内因として、

    経済性を優先する為に原発の危険性を見ようとしなかった住民の意識、

    そして、東電や国の安全性の意識の甘さがあります。


    事故の外因として地震と津波の想定外の大きさがあります。


    このように、

    人間の内面の内因と、宇宙における外因が合わさった時に、

    その無意識に隠された動機にふさわしい物理的現象が、

    『陽』の世界に、五感に捉えられるように起こる訳です。




    現象と云うものは、

    内因、外因のどちらか一方が欠ければ、成立しません。









    開沼氏は続けます。


    ムラは、言われるがままに原子力に乗せられた訳ではない。


    町議選や国選における推進派と反対派の対立さえ、

    「ムラの利害」という見地から見れば「郷土愛ある対立」であり、


    「反対派あっての安定した秩序」を構成したのだ。 



    なぜなら、反対派を存在させることで、

    国や電力会社に、「地元懐柔の必要性」を強く感じさせ、

    つまりはより多額のカネがムラに落ちる事になるからだ。


    具体的には、反対派のリーダーだった議員が、

    次選挙には、推進派の町長として当選するなど「転向」も当たり前。




    1957年、福島県選出の参院議員・木村守江が、

    まだ手を上げる自治体がない中で、

    「後進県からの脱出をめざして」と、いちはやく原発誘致に動き出す。

    後の県知事となり「原発知事」と呼ばれた人です。


    1962年当時、双葉町・大熊町・浪江町・富岡町などは、

    県民一人当たりの所得水準が県内最低水準にあったのが、


    70年代になると原発を誘致した双葉町・大熊町・富岡町が、

    県内最高レベルに踊り出て来る。


    90年代後半になると、最高レベルになった自治体も

    原発からの税収の低下や、

    交付金で建設したハコ物の維持費増大などで財政が苦しくなり、

    新しい原発施設の誘致や建て替えを要請する事になった。

    「ムラ」にとって、原発は、


    「一度はまると抜け出せない麻薬のようなもの」
    となって行った。





    開沼氏は、更に次のように書いている。


    「国道6号線をただひたすら北上すればよい。

    『国土の均衡ある発展』を目指した挙句に誕生した田畑と荒地に

    パチンコ屋と消費者金融のATMが並ぶ道。

    住居と子どもの養育費以外に費やしうる可処分所得をつぎ込んで

    デコレーションされた車。


    郊外巨大『駐車場』量販店と引き換えのシャッター街のなかには

    具体例をあげるのも憚られる

    あまりにどうしようもないネーミングセンスで名づけられた再開発ビル。

    その中で淡々と営まれる日常。

    例えば『ヤンキー文化』『地域○○』といった

    あらゆる中央の中央による中央のための意味づけなど空虚にひびく、

    否、ひびきすらしない圧倒的な無意味さ。


    成長を支えてきた『植民地』の風景は『善意』ある『中央』の人間にとって

    あまりにも豊穣であるはずだ」


    「福島において、3.11以降も、

    その根底にあるものは何も変わってはいない。

    私たちはその現実を理解するための前提を身につけ、

    フクシマに向き合わなければならない。

    さもなくば、

    希望に近づこうとすればするほど

    希望から遠ざかっていってしまう隘路に、

    今そうである以上に、ますます嵌りこむことになるだろう」
      







    開沼氏が、現地で見たのは、


    「3.11以前の福島は思いのほか『幸福』に満ち、

    3.11以後も彼らはその日常を守ろうとしている。」 








    更に、昨年の11月25日 読売朝刊(論点)で、

    貝沼氏は、”福島県議選と原発”と題して、

    次のように書いています。



    「11月20日に行われた福島県議選挙で、現職44人の内、36人が当選。

    脱原発か否かは、住民にとって争点にはならなかったと云えるだろう。

    震災後の多大な被害の根源にある「原発」に対する反感は極めて強い。

    しかし、原発を失くすべきか否かを論じる意識に必ずしも結びつかない。


    原発立地自治体を含む双葉郡選挙区では、

    原発を推進して来た2人の現職が勝ち、

    同日行われた大熊、双葉両町議選は、東電出身の候補者が議席を確保した。



    背景には、非常事態だからこそ電力会社をはじめとする「お上」との

    パイプを維持しようとする、地元住民のリアリズムも見える。


    民主党県連の最大支持母体である連合福島は、

    選挙前に「脱原発」を掲げないとする運動方針を決めた。



    原発立地自治体の選挙で、軒並み原発推進・容認の候補が勝ったのは、

    原発を「簡単には手放さない。」姿勢が今も変わらぬことを示す。



    原発立地自治体に限らず、

    「今ある食いぶち」以外に有効な生存手段を見いだせない地方の窮状を、

    私たちは知るべきだ。


    ここで言いたいのは、そうした地方の現実の善悪ではない。

    疲弊からの出口を見いだせずにいる立地地域への無理解、配慮の不足

    が「現状維持」の構造を強化しているということだ。



    震災を経ても変わらない、

    地方と中央との関係や構造を問い直す必要がある。


    その先に日本の「明るい未来」が開けるだろう。






    そう、その通りです。

    地震も津波も、内因もない人の処に、意味もなく襲うのではない。

    天災も災害も、内因もない人の処に、驚かす為に起きるのではない。

    天から、外から、偶然にやって来るのではないのです。

    少なくとも、内因を積み上げた自分の心が呼ぶのです。



    その事が解った上で、

    もう一度、開沼氏の言葉を、フクシマの人と共に、、、



    福島において、3.11以降も、

    その根底にあるものは何も変わってはいない。

    私たちはその現実を理解するための前提を身につけ、

    フクシマに向き合わなければならない。

    さもなくば、

    希望に近づこうとすればするほど

    希望から遠ざかっていってしまう隘路に、

    今そうである以上に、ますます嵌りこむことになるだろう」 







    戦後、国民の為と言いながら、

    まず国が自分の欲望を満たす為にアメリカ追従し、

    国民のまずしさを利用して有無を言わさずに来た歴史。


    そして、その国の中央に「服従」したように見せかけて、

    自らの欲望を果たす為に国の欲望を利用して来た各自治体、


    イヤシイ。 それぞれが盗賊団の一味ですか?





    まあ、

    戦後、表看板「民主主義」と云うものが、実態は何だったのか?


    あはは。 そんな事を書く余裕は、もうありませんが、


    それが、戦前や、そのもっと前の幕藩体制の政治と

    それぞれの民衆との関係はどうだったのか?

    比較をしてみたい、非常に興味があります。




    いままで、上手く行っていたのが、

    今回の地震と津波で、こうなった?  軋み出した?

    のではないだろう?



    全部、想定外の天災のせいにしてはいけません!



    国も幼稚なら、国民の私達も幼稚だったと云う事です。


    もともと、民主主義って、

    選挙民が自覚しない限り、政治体制がどう変わろうと、

    その政治から受ける恩恵や悪弊が、変わるわけないだろう?

    制度変われど、法律変われど、人はやはり、まずしさに弱い。




    貧すれば鈍する。

    それを国を挙げてやって来た、今もやっている。





    まずしさを、もっとまずしさに弱くしている。


    いそがばまわれ。

    その正体が、物質文明です。


    もろ手を挙げて、徳分を捨て、道徳を捨て、

    物で、その代わりは充当できるとやって来た功利主義です。





    まずしさには、物をあてがうのではない。

    もっと、乞食根性に貶めるだけだと云う事を忘れたのでしょうか?


    まずしさには、智恵をあてがうしかないのですよ。





    まずしき我々に、物よりも、智恵を!!!

    そう思って開沼氏のこの本を読み終えました。






    3.11以降、どう変わったのか、


    原発は安全と言いたいようですね。   あはは。

    安全と言いたい意識のかかった近代的合理主義的な

    ロジック上では、安全でしょう。


    しかし、


    そのロジックを運営するのは、だれですか?

    貧した鈍したままの原子力安全委員会、保安院の人間ですか?



    それは、それは、相変わらずですね。    あはは。

    原発は、危険極まりないわ!    ほほっ。   


    あれだけの人材と時間とデーターばかりのペーパーを積み上げて、

    それで安全が成り立つと思っているのですか?


    さすが、今回は、手がワナワナ震えているでしょうね?







    これが、物質文明の理論の究極の体現です。

    仏法でいう処の”第六欲天に住む魔王の欲望の具現化”です。



    物とは、有限の象徴ですから、無常です。

    物が常に求めるのは「得」、分配どころか、略奪です。


    収奪です。





    あなたと私を、同じ状態にしたら(出来もしないのに)

    平等に幸せになれるような政治をしようじゃないか、

    いや、しあわせだと錯覚して生きなさいという押し付け、


    これが、物に偏った近代国家の本質のメッセージです。



    まだ、近代国家が豊かなお金が回るうちはいいのでしょうが、

    そのうち、ウソは、嘘。

    嘘の平等と自由の保障を国民に与えられなくなった時、

    お金が切れた時、有無を言わさずに収奪、略奪です。


    奪い合いです。


    その証拠が、

    世界は、まさにその具現そのものの実態ではありませんか?



    この調子でやって行くと、


    常にこの近代と云う意識のみを存在とする砂上の営みの下に、

    隠されたままにある無意識が、


    どんな訂正をするように過去からのテストを返して来るのか?

    自信がない人は、恐いでしょうね―――。







    無意識が、壊そうとする意識の造作物は?


    意識の作った”意識を最上”とする意識の驕(おご)りの現象世界。

    ≪意識そのものの満足=感覚の満足≫ を最上位に置く、

    現、近代合理主義による物質文明であり、

    命よりもモノを優先し、精神と命を経済の奴隷にする仕組みの事です。


    そして、

    誰にも束縛されない自由を生まれながらに持ち、

    他のどの存在とも、平等であり、

    ある時は、神より仏の存在よりも尊く、エライと自惚れる

    人間の理性と云うものが作り上げた近代的自我です。



    これらの近代の嘘を、必ず叩きに来ますよ。

    無意識が、、、


    なぜなら、近代のこれらの大嘘がのさばっている限り、

    無意識の出番はないのです。

    無意識は、近代合理主義の意識と云う看守によって、

    牢獄へ閉じ込められて鍵を架けられています。




    なぜ、この事を、この運命学のブログで取り上げるのか? と云うと、

    この現状が、運命自体の劣化を増幅するからです。



    どうか、みなさまにおかれましては、

    自らの無意識を強めて、無意識からのレターを読み解けるように、

    日ごろから、準備をなさってくださいね。



    ちょっと今日は、むずかしかったかも?   あはは。



    次は、あれから一年 最後の記事、楽な記事になります。 あは。




    良き一週間をお過ごしくださいね。































    -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 
    記事は無断転用なさいませんように、お願いします。

    [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。

    どうぞ宜しくお願いします。


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    テーマ : 文明・文化&思想
    ジャンル : 学問・文化・芸術

            

    Comment

    No title

    春一番が突風になって吹いています。=
    こうして毎年、春がめぐって来たのでしょうか、今年は例年になくさむいです。=
    あつさ、さむさも彼岸までといいますが、もうすぐ、お彼岸になります。=
    東北は、まだ雪解けもまだなのでしょうね。=


    近代化するといえば、いろんな意味で進んだ印象がありましたが、そこまで行っていない。=
    人の営みは、むかしからそうは変わっていない。=
    まずしさの分、遅れているのがこういう点だったのかと現実を受け入れた感じがしました。=

    これからの子供たちは大変です。=
    なんとかしてやりたいと思う反面、悲しい気持ちにさせられました。=

    No title

    何が正義か分からない時代に、本当の事を書いていくのは勇気がいる事です。

    妙な通念だけが行き来する。
    だれも自分の頭で考えようとしない。
    だれも、通念を疑ってみようとしない。
    世の不合理なもの、不公正なもの、不正直なものに正面から異議を唱えて行く人はいない。

    近代化したというが、近代化されていないままの因習深さが、この一年間に出てきました。

    政治が、何より古いです。

    No title

    むずかしい内容ですが、
    何度も読んでみましたら気が付いたことがあります。
    どの記事を読んできても分かるのは、
    この社会の事を知ろうとすれば私たちに欠けている視点があるのですね。

    今回取り上げている福島の事でも、
    本質を納得しようとすれば表面的な出来事だけを見ているのでは不足だと云う事です。
    それは何かと言うと意識を中心に据えた世界観でみていたら解る訳はないと、、、
    ずいぶん今の社会は、偏っていることになる。

    今の医学的な、生命科学的な事もこれでいいのかと疑問を持ちました。

    それが、東洋的な思想にはそれがあったのですね。
    それを取り戻せと、そうしないといけないと、、、
    そういうメッセージが伝わって来ます。


    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    No title

    あつささむさも彼岸までというが、
    明日も冷え込むようです。

    cosmosさんは、東洋的視点を持つから現代を外から見ているわけだ。
    今は、貴重な人かもしれません。

    人間のさが、欲望の拡大は果てしない。
    その欲望と原子力を結び付たのが
    悪魔の仕業くらいダーティな事で、
    利益を手にしている
    そのぬるま湯からはい出せるかどうかが付き返されたテストなんでしょう。

    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    Re: No title

    > 春一番が突風になって吹いています。=
    > こうして毎年、春がめぐって来たのでしょうか、今年は例年になくさむいです。=
    > あつさ、さむさも彼岸までといいますが、もうすぐ、お彼岸になります。=
    > 東北は、まだ雪解けもまだなのでしょうね。=
    >
    >
    > 近代化するといえば、いろんな意味で進んだ印象がありましたが、そこまで行っていない。=
    > 人の営みは、むかしからそうは変わっていない。=
    > まずしさの分、遅れているのがこういう点だったのかと現実を受け入れた感じがしました。=
    >
    > これからの子供たちは大変です。=
    > なんとかしてやりたいと思う反面、悲しい気持ちにさせられました。=


    ★今年は、例年になく寒いですね。
    人は、時代と共に進んでいると思っていたのは間違いだったと思う気持ちは同感です。
    良くない方向へ傾いている、そう云う感じを持っています。
    それらは、全て思想の間違いからです。 子供たち、若い人達が可哀そうですね。
    いつもありがとうございます!   感謝☆cosmos

    Re: No title

    > 何が正義か分からない時代に、本当の事を書いていくのは勇気がいる事です。
    >
    > 妙な通念だけが行き来する。
    > だれも自分の頭で考えようとしない。
    > だれも、通念を疑ってみようとしない。
    > 世の不合理なもの、不公正なもの、不正直なものに正面から異議を唱えて行く人はいない。
    >
    > 近代化したというが、近代化されていないままの因習深さが、この一年間に出てきました。
    >
    > 政治が、何より古いです。


    ★ご訪問、初コメントありがとうございます!
    デリケートに世の中をみていらっしゃるのねー。
    皆が、外見を気にして他人の思惑の中の自分を飾る生き方を当たり前と思うような社会になっているわね。
    そう、そう、古いままの固くなった政治が次の新しい世の中を作れるわけがありませんね。
                           感謝☆cosmos

    Re: No title

    > むずかしい内容ですが、
    > 何度も読んでみましたら気が付いたことがあります。
    > どの記事を読んできても分かるのは、
    > この社会の事を知ろうとすれば私たちに欠けている視点があるのですね。
    >
    > 今回取り上げている福島の事でも、
    > 本質を納得しようとすれば表面的な出来事だけを見ているのでは不足だと云う事です。
    > それは何かと言うと意識を中心に据えた世界観でみていたら解る訳はないと、、、
    > ずいぶん今の社会は、偏っていることになる。
    >
    > 今の医学的な、生命科学的な事もこれでいいのかと疑問を持ちました。
    >
    > それが、東洋的な思想にはそれがあったのですね。
    > それを取り戻せと、そうしないといけないと、、、
    > そういうメッセージが伝わって来ます。


    ★いろんな立場から、云う人達がいますが、
    それらは、皆同じなのですね。 意識を一番だと思ってその中で自分のロジックを作っているのです。
    本当は、全然新しくも何もないわけです。
    それに気が付く人が増えてほしいと願っています。
    いつもありがとうございます!   感謝☆cosmos

    Re: No title

         鍵コメントさんへ
            ありがたいことだなぁと思って生きましょうね。
                                    感謝☆cosmos

    Re: No title

    > あつささむさも彼岸までというが、
    > 明日も冷え込むようです。
    >
    > cosmosさんは、東洋的視点を持つから現代を外から見ているわけだ。
    > 今は、貴重な人かもしれません。
    >
    > 人間のさが、欲望の拡大は果てしない。
    > その欲望と原子力を結び付たのが
    > 悪魔の仕業くらいダーティな事で、
    > 利益を手にしている
    > そのぬるま湯からはい出せるかどうかが付き返されたテストなんでしょう。


    ★男性の側から、そうおっしゃって下さる事は、たまちゃんは貴重な存在ですね。
    欲望と結び付いた原子力。ほんとうにそうですね!
    これからどうなっていくのかと案じずにはいられません。
    いつもありがとうございます!    感謝☆cosmos

    Re: No title

             鍵コメントさんへ
               本当に事を知る事は大事ですね!    感謝☆cosmos

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    寂光ーcosmos

    Author:寂光ーcosmos
    家系・個人の運命鑑定
    東洋運命学教室を主宰

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