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    コメントへのお返事 2 . (命の継承と運命 5.)   支配と云う言葉 ・ 家族編

    Category : 西洋と東洋の違い 
    3月20日の早春の富士


    3月20日富士山




    写真をクリックしてみてください! 富士山全体を見る事ができます。 












    更新が遅れましてごめんなさいね!

    ニリンソウの群生の間、雪渓のまだ残る山道、沢の急流を歩いて渡り、

    山小屋の囲炉裏でイワナを食べ、時には雨に降られながら木々の間を、

    上高地を中心に歩き回って来ました。


    体中の細胞が、都会の汚れた空気を吐き出したようで、、、あはは。

    しあわせです。     ほほほ。

    写真は、まだ、その内に、、、

    今日は3月の富士でございます、、、。  あは。








    では、コメントへのお返事の記事を続けます。


    今日は、次のテーマで、

    コメントへのお返事 2. ( 命の継承と運命 )5.の記事への

    コメントから人の支配欲について 
    です。





    今日のポイントは、

    言葉のカテゴライズに気を付けて! 


    カテゴリー【category】

    = 物事を一定の基準に基づいて分類した区分の事で、

    分類、分野、区分、種類などの意味の英単語。



    カテゴライズ 【categorize】

    = 意味を分けて、ある囲ったカテゴリーに入れる事。



    分りやすいのが病院です。

    近代合理主義の学問の医学は、人の病気を治すのに、

    ○○科、○○科、と体を部位別に分けていますね。

    西洋医学は、

    体を分解した部品のように意識でカテゴライズするからです。


    しかし、東洋の中医学では、命を一つの全体として診ます。

    一人一人の体質を見分ける事はしますが、

    ○○科などの診療科目はありません。



    それほど思想の宇宙観、自然観、人間観、生命観などの認識が違えば、

    現実の生き方や行為や方法、制度や法律まで違って来る事になります。









    あー、今日も最初から理屈っぽくなりましたね!   あはは。


    西洋近代合理主義下の言葉は、

    それぞれのロジックから派生した言葉ですから、全部理屈です。

    しかも、人が自然を無視して無理やり作った“へ理屈 ”です。

    草木や山や海の自然から学んだカテゴライズではありません。

    この言葉は、このロジックの中の、、、こう云う言葉、、、とか、、、

    人が作為した研究途上の意味合いが強くて、

    わざわざ条件や言い訳など拘らなくてはならないのです。

    いつも書きながら、飽き飽きして来ます―――。   あは。


    あー、それに比べると儒教や仏教の言葉は、山が、川が、と言えば、

    山や川が思い浮かぶように、それだけで分かる!

    なんと、楽な言葉でしょうか!!!!!    

    本当に、東洋を真髄から受け入れる事ができます。 大好きです。






    大人は、こうして面倒でも自分の意識の中で区別をし、

    自分なりのカテゴライズを試みる事もできます。

    が、子供たちは、鋭敏な感性でそのままを受け入れるでしょう。

    何の自分なりのカテゴライズもしないままで吸収して行く。

    それで良い事なのか、おそろしい事なのか?








     では、今日のコメントから紹介をします。



    2月10日の拍手コメントです。 


    私も親、子供を自分の支配下に置こうとした錯誤を

    していたと思います。

    今でも創っている作品(それだけでなく、沢山ありますが・・)

    にもそれは当てはまる感じがしています。

    なぜ、人は支配下に引き入れようとするのでしょうか? 




    短いコメントなのですが、大変な内容ですね。

    我々の住む日本で、

    『陰』の崩壊が、現在、どこまで進行しているのか?

    普段何気なく使っている言葉のカテゴライズから垣間見えます。


    一回の記事のお返事で、終らないでしょう。 

    なぜなら、コメントの内容が、3つに割れています。


    1、家族、親子の観点から、

    私も親、

    子供を自分の支配下に置こうとした錯誤をしていたと思います。 






    2、物に対する観点から、


    今でも創っている作品(それだけでなく、沢山ありますが・・)

    にもそれは当てはまる感じがしています。 






    3、人間としての観点から、


    なぜ、人は支配下に引き入れようとするのでしょうか? 







    最低2回の記事に分けてお返事を書いてみようと覚悟しています。  ほほ。

    西洋思考のアホなへリクツを、できるだけ排除したいですね!

    できるだけ東洋的セオリーで書きたいと思っています。   あはは。



    では、まず、1.からです。


    私も親、

    子供を自分の支配下に置こうとした錯誤をしていたと思います。 




    これは、大抵の親になった方なら体験された事かも知れない。

    これは、支配ではなかったはずですよ。

    そこまで、ご自分を責められる事はないでしょう。

    あなたが、全存在を賭けてお産みになった我が子を、

    母親の愛情でお育てになった事を、なんら後悔する必要はありませんよ。

    あなたが、心から止むにやまれぬお気持ちから、

    我が子を、おもいっきり打った事があったとしても、です。

    すべて、あなたのなさった事を一緒に共感したいと願っています。

    全ては、正しかったのですよ。

    母の愛情に、子を思う愛情に間違いはなかったはずです。

    その結果が、あなた以外の人間から、

    もしくは、直接子どもから

    ” 母親は、子供を支配できない!”と、言われたとしてもです。


    子どもと云う者は、親がどんなに束縛をし、支配をしようとしても、

    それを跳ね除ける力を持っている子供は、立派に自立して行きます。

    中には、極マレですが、それを跳ね除けられない子供もいますし、

    一生、自分のむすこを手放さない母親もおります。

    育ってしまって(運命が現象化して)から分って(意識して)から、

    ” おまえの育て方が悪い。おまえの教育が間違っていた。”

    父親の中には、こう言う方もおりますが、

    これもそれも、全部、育て方だけではない。 

    持って生まれたその親子の運命です。

    運命学的には、生れたその日に鑑定したら分る事です。


    今、お子さんが立派に自立をなさっているのなら、

    すべては試練として良い結果を導くプロセスだった、良しとなさって、

    自信を持って、ご自分の子育てを肯定なさっても良いでしょう?


    母親が、我が子に云う事を訊かせたい、そう思うのは当たり前。

    これらは全部、無意識・『陰』の仕業です。 




    それが、

    領土や資源が欲しくて、自国の国益の為に他の国を侵略したり、

    同じ国の中でも、思想が違うと云う理由で国民を弾圧したり、

    民族同志の争いから武力で相手を制圧し支配しようする権力と、

    どこが似ていると云うのでしょうか?

    同じだと云うのでしょうか?

    これらは全部、前頭葉・『陽』の役割です。 




    生を守る生産性の効率を求め、競争に勝たなければならない。

    これが原始より、前頭葉が発達して来た目的でした。

    そして、より高い効率を求める意識が集まれば、競争が生まれ、

    弱肉強食の闘争が繰り広げられます。

    それが、『陽』の現場です。 

    男女の役割で云えば、男性の役割です。


    この生の現場『陽』の闘争の中で生れる言葉が、

    支配、被支配、征服、被征服と云う言葉です。

    相対する2極を分離、分割で表すような言葉ですね。

    非常に隷属的な、相手を奴隷に遇するようなカテゴライズの言葉です。


    そもそも、

    物事を一定の基準に基づいてカテゴライズ(分類)するのは、

    我々の意識です。

    我々の前頭葉が認識をしやすい範囲で、取り込みやすい様に、

    つまり取捨選択をしているのですね!  

    我々が、あまりにも多くの情報があるので、「情報を取捨選択する。」

    あのようにです。

    自分に取って困難なもの、

    要らないと思った情報は、見ないようにする、

    子供にも、害がある情報は遮断しようとする。

    あれですね!

    自分の意識できる能力には限界がありますから、

    それはある意味、意識は自己を守っているのですね。

    だから、まずは、今の自分に役立つ情報を積み上げて行く。

    そして、目の前の目的に全力集中して行く訳です。

    これは、生きて行くには必要な手段ではあるけれど、

    自分が、常に正しい真実をそのまま掴んでいるのかと云うと、

    問題ありです。

    問題を積み残しながら、我々は、意識の海の中を泳いでいる訳です。




    意識の周りには、不要だと判断をしたものが捨てられてあるはずです。

    山のようにゴミのように積み上げられているかも知れませんね。


    どこに?

    無意識の領域へひそかに沈んで隠れているはずです。

    その打ち捨てられた全ては、本当にゴミですか?




    その中に、我々の命に直結する尊きものが、無いと言い切れるのか?



    尊きものは見えない、触れない、聞こえない、意識に触れない。 

    前頭葉の意識の外に、我々を生み出した世界がある事も忘れ果てて、

    意識の世界以外は無い!

    と言い切る近代合理主義のロジックそのものが、

    誤謬を孕み、罪悪だと前回、申し上げたのです。




    もっと言うならば、

    近代合理主義の言葉は、罪悪を孕みながら全体を切り分ける思想、  ほっ。

    それは、この宇宙を、自然と人間に切り分けて、

    人間を、肉体と精神に切り分ける。

    その切り分けを行うのが前頭葉の理性( 五感の感覚器官、心 )、

    この世界のヒーローは、人間の理性である。

    と云う舞台設定です。

    そのヒーローである近代理性が産んだ子が、

    近代国家、政治学、経済学と云う学問、、、皆が、その申し子です。



    意識できる世界以外は、無い! その認識から出来上がった言葉です。

    五感で覚知できる世界しか無い、、、とするなら、

    花や木や空にもしや心があったとしても、覚知できないのですから、

    覚知できないものには全て、心がないと切り捨てる。認識をする。

    故に、

    意識に覚知できないもの全て、が、「物」になるのです。


    だから、

    この近代理性は、自分以外を、すべて「物」として認識します。

    自分の肉体も命も自然も地球も「物」と認識をします。


    現文明は、物質文明なのです。


    命も、部位、部位ごとの切り分け、部品としての捉え方です。






    これは、あきらかにまちがっています。

    きんだいりせいのにんしきは、あきらかにまちがっています。





    よほど西洋は、思うままに獲物を支配したかったのだろうと思うわ。

    西洋合理主義の理性が憧れていた世界は、

    狩猟で仕留めた獲物に山と囲まれる夢の世界だったのね!   

    あははは。


    のんきな日本は農耕の鍬や鋤を捨てて、

    西洋の狩猟キャンペーンに丸腰で参加している構図です。  ほほっ。

    狩猟犬の役割なのかな?    あはは。



    このキャンペーンは、

    西洋の意識が獲物に山と囲まれて安心するまで続くでしょう。

    と云う事は、果てしのない狩りの猟犬になってしまったのね。  

    あら、どうしましょう?      あはは。

    我々が、知らずに使っている言葉は、

    この狩猟キャンペーンの正当性を証明するロジックから出て来た

    カテゴライズされた西洋の魂が入った言葉です。

    あら、どうしましょう?  




    つまり、『 我の理性が物を支配する思想 』なのです。



    つまり、そう云う認識でカテゴライズした言葉に浸されて、

    私たちのビジネスの交渉の場面だけではなく、

    私たちが家庭の中で、家族や命を考える時、

    そのような認識でカテゴライズされた言葉が、

    我々の思いの中へ入って来るわけです。



    むずかしいかな?  

    だいじょうぶでしょうか?







    しかし、支配や征服は、まったくの虚構の言葉ではありません。

    そうカテゴライズされる世界が、現に『陽』に存在するからです。


    『陽』の現象としては実体がある言葉です。






    しかし翻ってその実体が、『陰』の現場である、

    親子や、夫婦や、兄弟の家族間の人間関係の中にあるのでしょうか? 
       



    本来、あってはいけません!

    違ってほしいと思います。

    これらは、厳密に区別しなければいけませんね。  が、、、  



    これを、

    余程しっかり、それらの違いを客観的に捉えるようにならなければ、

    自己の意識が行き詰まった問題を、

    ついつい西洋的二元論のロジックで、眺めてしまうのですね!



    一つ、今、恐れるのは、

    『陰』の世界であるべき家族や家庭の世界へ、

    良いも悪くも、『陽』の論理が侵入している事です。

    家庭の中や、家族の中で、

    効率と競争と打算と順位の価値観が大手を振って入り込み、

    それらが、主役のようにまかり通っているのならば

    『陰』の衰亡 = 『陽』化した家系、絶家に向う家系になります。




    実はこれが、今の日本の深刻な問題なのです。


    『陽』の意識が『陰』の深部まで侵入している標(しるし)です。


    ここが、一番、私達が警戒しなければいけない事です。 



    その原因は、近代化によって失った精神的基軸、

    我々の命の継承を守る『陰徳』でカテゴライズされた我々の言葉、

    命の継承を守って来た言葉群を、道徳的観念と共に、失ったからです。  



    その言葉群を捨てて、『陽』の殺戮を認める言葉を使い出している.....


    我々が、失った言葉の替わりに使いだした言葉が、

    近代化以降の思潮にカテゴライズされた2者対立の言葉群なのです。





    これらは、142年前に、

    軽々しく丸ごと西洋の近代化を受け入れた時から、

    精神的基軸が無くなった時から、

    起こるべくして起こっている現象だったのです。



    子どもは、近代化以前の社会を知りません。

    それ以前の日本を知る親に育てられていません。

    我々よりもっと近代化のロジックに染まっています。


    「ぼくの事は、ぼくの自由、何も言われたくない。」

    「誰を好きになろうと私の自由、束縛しないで! 」

    「親の愛情は無償でしょう? 私に期待なんかしないで! 」

    「子どもは、親の所有物じゃない! 」    あはっは。


    今の子供たちは、見事に全員が、

    全身に、近代化の価値観をぶらさげて実践していますわ!

    それは、そうです!

    彼らは、心の休まらない『陽』の闘争の世界の真っ只中に、

    生まれて来たのですから、

    大人よりも『陽』の原理を身に付けています。


    ここが、本丸なのですよ。

    国を守る最後の陣地、なのですよ!!





    『孝』の匂いもない大地に立つ彼らが、栄えるとは思えません。



    『陰』の体現の場である家族や家庭は、

    自己犠牲も厭わない愛情や血縁関係で結ばれている尊い空間です。

    ここでは、社会で認められなくても家族には認められていると云う

    相互の自己の存在感の実体があり、それを守り合う場なのです。

    社会で、どんな目に遇おうが、その場に戻れば自己が蘇生できる。

    効率を排除した競争原理の働かない場でなければいけないのです。

    それそのものが、『陰』の徳性です。


    その家族や家庭の徳性を見抜いていたからこそ、

    東洋の叡智は、儒教が、道徳を人の生き方として説き、

    家族倫理を徹底する事によって、

    『陰』の世界を、闘争と効率の野蛮な競争から守って来たのです。




    おれは、おまえを支配する。

    そう云う野蛮性をエネルギーにして、如何に人の徳性にまで高めるか?


    まず、東洋3000年の歴史、叡智は、、

    人間関係で、支配する、される、と云う捉え方はしていません。




    孔子の儒教においては、

    それを人間の徳性を以って行動できるように、

    『陰』の尊厳性を守る『孝』としての行儀、躾として、

    仁、義、礼、智、信の五徳が成立します。

    ある意味美しく融和的に、人の無意識から湧き起る智恵として

    権力関係の上の立場である主に対して「義」をもって「忠」を、

    尽くすように教えて来たのです。

    「仕える」も、 尊崇を以って主人に従うと云う事です。

    その為には、主人も徳を以って業を行わなければならない。

    どちらにも、そう云う縛りはあるのですよ。   あはは。



    双方の徳性を高め、

    陰徳に通じる価値を与える智恵がちりばめてある言葉群です。


    徳と云う誰もが尊崇できるカテゴライズされた言葉で以って、

    『陽』の本質の野蛮性、破壊性から、

    命の場である『陰』の領域を守り、

    『陽』の侵入を、阻止して来たのです。



     

    あるいは、東洋の仏教では、

    それらすべてを、「苦」と捉えます。

    支配される側も「苦」なら、支配する側も「苦」なのです。 



    仏教は、苦の原因を追究しました。

    その苦は、どこから出て来るのか?

    これは、大きなテーマですが、西洋ほど理屈をコネテはおりません。 あはは。

    苦の原因は、たったの3つです。    あはは。




    これのついては、今日は省きます。 いつか、また、、、。





    日本は、封建制度の長い徳川時代を経て、

    封建制度からの解放を願うエネルギーが溜まっていたのでしょう。

    物が欲しかったのですね!  技術も!

    飛びついた?   あはは。

    そう思えば、近代化の拙速さには、江戸幕府の罪もある。





    とにかく近代化と共に142年間、

    日本中が、自由だ権利だ平等だと幻想を抱きしめている間に、

    西洋の征服と支配と欲望を肯定した近代合理主義の『陽』の論理性は、

    今や私達の家族や家庭の中に浸透しています。



    とうの昔に失ってしまった社会道徳や家庭道徳の崩壊のせいで、

    なさけない! 我が身や我が家を守る危機に立ち往生しています。


    家族や家庭が、

    権利を主張し、効率や経済の奪い合いの闘争の現場化に

    なりませんように、、、、、、、


    親子間や、夫婦間で、

    二元論的対立構造の家族関係が生まれませんように、、、、、、 



    人の命を殺め、国を崩壊をさせる思想の事を、仏法では鬼神と言う。

    何が、鬼なのか?

    よく見定めて、これを警戒して追い出さなければ、


    (鬼は、そと~!) 節分だけじゃないわね。


    国の砦、最後の陣地、

    どうか、それぞれが、自分の場所を死守なさってください。





    最後に、しつこいようですが、

    3000年間、東洋が守って来た『陰』を守る砦、

    『孝』を最高価値とする道徳なのです。

    道徳は、めんどうなものですが、

    『陽』の現場の効率主義や競争原理の弱肉強食の論理を

    食い止める事ができるのが、唯一、私達の道徳性なのです。




    ここを守らなければ国は亡びると思います。

    だからこれを書いています。


    国の力は、経済力ではありませんわよ。

    経済が大事と云うのは、枝葉の問題です。

    根ではない、根本ではないはずです。

    そして、経済以上に、それ以上に、

    守るべき何物も持っていないからです。


    家系もそうです。

    貧乏で絶家にはなりません。

    道徳を犯すからです。





    更新が不定期になっております。

    次は、来週の週末の予定です。


    それまで、良き一日の積み重ねでありますように!












     




















    -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 
    記事は無断転用なさいませんように、お願いします。

    [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。

    どうぞ宜しくお願いします。

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    テーマ : 言葉の問題
    ジャンル : 学問・文化・芸術

            

    Comment

    No title

    こんばんわ~~♪
    この位雪を頂いた富士山が一番綺麗ですよね。
    記事お待ちしてますよ~~~♪
    上高地方面に行かれてたんですね。
    私も上高地では夕立にやられたことありました。
    とっても素敵なところですよね。
    また行きたい所の一つです。

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    No title

    ほんとうに自然の中へ行かれるのがお好きなのですね。=

    見習いたいのですが体の自信が付いて来ないような気がして、、、うらやましい限りです。=

    今日の記事は今までの総まとめのような、『陰』と『孝』の関係がよく分かりました。=

    道徳は、『陰』を守るものだと誰も教えてくれませんでしたよ。=

    ここまで連れて来てくださったのはcosmosさんのお陰です。=

    子どもの事と家族を大切に『陰』の場を守って行きます!=

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    No title

    こんばんは、
    子育ては大変な仕事のようで
    女性にはわるいけれど男には想像もつきませんが
    母親の苦労は並大抵じゃないね、

    cosmosさんも言うように、
    現代の軽佻浮薄の社会で
    子どもをまともに育てるのは奇跡か、
    よほど自己犠牲がいるだろう。
    生れてすぐに運命が解かる?
    それはどうして?

    No title

    富士山の写真もいいですが、上高地を歩いていらしたのですって!
    山がお好きなのですね、、、

    本当に自然を愛するcosmosさんだからでしょうか、
    こういうキリッとした現代の批判できるのは。
    容赦ない言葉のなかに真実を見ている瞳を感じます。
    自分の見えないものを見せていただける得なブログです。
    ありがとうございます!

    続きたのしみです。


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    Re: No title

    > こんばんわ~~♪
    > この位雪を頂いた富士山が一番綺麗ですよね。
    > 記事お待ちしてますよ~~~♪
    > 上高地方面に行かれてたんですね。
    > 私も上高地では夕立にやられたことありました。
    > とっても素敵なところですよね。
    > また行きたい所の一つです。


    ★リンダさんとは、山の趣味が同じですね~。
    山には雨も付き物、それも良しかな?と思っています。
    リンダさんと比べると、写真が、、、  携帯でしか撮りませんから、腕が? 叶わないわ!
    次の次位から、写真をアップします。ご覧になって、、、、・  感謝☆cosmos

    Re: No title

           鍵コメントさんへ
              道徳? 固くお取りにならないでね!   あはは。
                               感謝☆cosmos

    Re: No title

            鍵コメントさんへ
              肩の力を抜いて、、、また、寄せていただきます。
                            感謝☆cosmos
              

    Re: No title

    > ほんとうに自然の中へ行かれるのがお好きなのですね。=
    >
    > 見習いたいのですが体の自信が付いて来ないような気がして、、、うらやましい限りです。=


    ★体力は大したことはありませんのよ。
    普通で始められます。どこか弱い所があっても、それが改善されますよ!



    > 今日の記事は今までの総まとめのような、『陰』と『孝』の関係がよく分かりました。=
    >
    > 道徳は、『陰』を守るものだと誰も教えてくれませんでしたよ。=
    >
    > ここまで連れて来てくださったのはcosmosさんのお陰です。=
    >
    > 子どもの事と家族を大切に『陰』の場を守って行きます!=


    ★そう、そうなの!
    一番はそれなのね。今は一番大事なものを軽々しく扱っているのです。
    真面目な事がダサいのですね。 困ったものです。
    でも、かならず、反対になるわよ。 時代と共に変化は必ず起こります。
    ご自分の守る場所を大事になさってくださいね。   感謝☆cosmos

    Re: No title

             鍵コメントさんへ
                遅くなりまして、おたのしみになさってください!
                             感謝☆cosmos

    Re: No title

    > こんばんは、
    > 子育ては大変な仕事のようで
    > 女性にはわるいけれど男には想像もつきませんが
    > 母親の苦労は並大抵じゃないね、
    >
    > cosmosさんも言うように、
    > 現代の軽佻浮薄の社会で
    > 子どもをまともに育てるのは奇跡か、
    > よほど自己犠牲がいるだろう。
    > 生れてすぐに運命が解かる?
    > それはどうして?


    ★心温まるコメントに、いつも涙が、出る位うれしくて! あはは。  やさしいのですね!
    ええ、生れて直ぐに分かります!
    何時うまれるかと云う事は、天からの大事なメッセージですね。
    また、すこしづつ書いていきます。   感謝☆cosmos

    Re: No title

    > 富士山の写真もいいですが、上高地を歩いていらしたのですって!
    > 山がお好きなのですね、、、
    >
    > 本当に自然を愛するcosmosさんだからでしょうか、
    > こういうキリッとした現代の批判できるのは。
    > 容赦ない言葉のなかに真実を見ている瞳を感じます。
    > 自分の見えないものを見せていただける得なブログです。
    > ありがとうございます!
    >
    > 続きたのしみです。


    ★今は、都会に住んでいますから、自然まで近づくのは大変です。
    山の中が一番、自然の中へ入れますね!
    昔は、海の方が好きでしたが、海の中へ入る事は大変です!  あはは。
    また、海は太陽にさらされますから、エネルギーが強すぎて長くは居られません。
    船に乗って航海をしてみたいとは思います。
    コメントにいつも励まされますわ!     感謝☆cosmos

    Re: No title

          鍵コメントさんへ
             東洋への関心ですか?   また書きましょうね!
                  感謝☆cosmos

    Re: No title

          鍵コメントさんへ
            富士山は、何度登ってもいいみたいですよ。
                今度は子供さんとご一緒にどうですか?   感謝☆cosmos
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    寂光ーcosmos

    Author:寂光ーcosmos
    家系・個人の運命鑑定
    東洋運命学教室を主宰

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