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    comment mix 1.   二元論を超えた「我」の体得をめざして  

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    信州・美ヶ原遊歩道

    美ヶ原遊歩道

    写真をクリックしてご覧ください。

    写真は、今年の夏の美ヶ原、前回からの続きです。









    10月も半ばだと云うのに、暑い日が続いていました。

    あらかた仕舞った夏物を出してきて着たり、不調和極まる気候です。

    みなさまいかがおすごしですか?



    あっと云う間に、更新が一か月もかかり、

    月日の経つスピードに、あれよあれよとけつまずいたりしながら、  あはは。

    日々、所要を追いかけながら、追いかけられながら走っております。

    一か月の間、

    9月末から10月初旬にかけて、涸沢(からさわ)の方面へ行っていました。

    実は、これが、非日常的な所要の怒涛の嵐の始まりだった? のかも、

    3日も、現身(うつしみ)の生活を空けると云うのは、大変な事なのですね。

    ま、自分が蒔いた種ですから、刈り取るのに一か月もかかった、、、と、


    あはは。  



    涸沢の事は、また、後日、写真と共に紹介できたらと思っています。

    山小屋に2泊したのですが、いつもの通り、まったく眠られなかったのです。

    山小屋は、このシーズンどこも相部屋です。

    山の中、予約なしで訪ねて来た登山者を誰でも受け入れるからですが、

    超混雑の時は、一つの寝具に3人でと云う事もあるらしい、、、  あはは。

    幸いに、涸沢のトップシーズンは10月中旬ですから、

    それになる前に行った甲斐もあって、一人ひとつの寝具で余裕はありました。

    しかし、真っ暗になった広い天井をうかがいながら、

    物音を立てない様に静かに横たわりながら、同室の寝息を聞いていると、、、

    せめて目を瞑るだけ、、、眠られないのですね、、、、、、 ほほっ。

    うつらうつらもできず、ふーっと滑るように寝入った瞬間は、小間切れで、

    気が付けば、昨日歩いた森の中を意識はぐるぐると彷徨っていました。

    合わせても一時間も眠らなかったでしょう。

    睡魔もなにも悪魔は、襲って来てくれませんでした。。。  ほほっ。




    その翌日、

    上高地から距離にして約 16km、(上高地の真裏へ回り込む)

    上高地からの標高差 820m 上にある涸沢カールへ登って見た景色は、

    〝ほんとうに普通じゃない”景色、すばらしいものでした。


    涸沢 = 標高2309mに有名なカール(氷河圏谷)があり、

    穂高登山の中心地。


    その時の写真は、次々々回くらいから紹介をしたいと思っていますが、

    涸沢から帰った後の慌ただしいスケジュールで、

    いまだに写真は、ガラケイの中に、       ふっ。




    2晩も、ほとんど眠らずに激動ができる登山とは?

    自然における人間の体力の不可思議さに呆れております、、、

    2週間おきのペースで、大概、日帰りで済む登山を楽しんでおりますが、

    今まで、筋肉痛など、登山疲れと云ったものは経験がありません。


    それは、言い換えると、

    登山の度に疲れを感じていては、2週間おきに登山をするなどと云う事は、

    とっくに止めて続かなかったでしょう。      ほほっ。

    今の処は、登山から帰って来ると、

    もう、次の登山が楽しみになっている状態ですから、、、

    何が、そんなにいいのだろうと、我ながら怪訝、いぶかしい。


    そのありさまを、ありのままに云いますと、

    普段は、登山から帰りますと、どんな時刻、それが夜中であろうと、

    登山靴やストック、もろもろの泥や雨で汚れた登山用具を洗って掃除をし、

    干して、キレイに片づけてから休みます。

    終ると午前様になる事もあります、が、

    翌日からへ影響を残さない為には、その日中にすっきり終るようにします。

    登山の片づけをしながら、

    次の登山へ工夫した方がいい事など、今日の反省から、

    忘れない内に変更箇所をチェックしたり、修正をするようにし、

    2週間後の登山道の地図をネットで見ながらイメージし、支度もしておきます。

    行動食(携行食)、飲み物など、どこで何を、それを取り易くどこに入れておくか、

    など、服装も決めて、配置、装備をしておきます。

    これが、楽しみでもあり、結構、登山より頭を使ってしまい疲れます。

    なにしろ2週間後には、また山へ行く訳ですから、、、  

    気持ちが登山に集中している内の方が、気が付く事が多いのです。

    また、次の登山の出発前に、

    必ずしも準備する余裕が十分に取れるとは限らないからです。

    前夜のぎりぎりまで、仕事をしなければならない時もあります。


    登山と云うのは、準備が120%のスポーツだと思っています。

    登山が終わった時から、次への準備と調整です。

    当日は、イメージを実行するだけのような気がします。

    これらも、後で書く登山のメソッド、山の師から教えられた躾ですね。



    それが、今回、変った経験をしました!

    2晩も眠らずに急登、急降下をして来たせいか、

    脳が疲れている? と云う症状が、、、

    気温や環境へ適応する脳疲労と云うものだろうと思うのですが、

    登山からの帰宅後、次回への用意をしていると、

    頭が、フワ~っと来るのです。   

    また考えるとフワ~と来る。 

    これは、

    脳が本人(私)の命を継続させる為には、これ以上の脳活動を止める!

    不調があると云うシグナル、脳のストライキです。

    脳の無意識系からの 〝無理をするな!” と云う発令です。   ほほっ。

    倒れて休みなさい! と云う事なのか?

    倒れる予兆はなかったのですが、こうなったら脳の云う事を訊くしかない、、、、、


    どうしたかと云うと、

    まず、自己を抑圧している意識系を閉じるようにします。

    どうだこうだと云う次回のイメージを止めて、用意する事を放棄します。

    意識を捨てて、無意識系へ助けを求めます。

    その中の一つの方法ですが、

    一番いいのが、一番根源にある食欲系の力を借りる事です。   ほほっ。

    何の制約もなく食べたいと思うものを、すなおに何の我慢する事もなく、

    気持ちよく食べるという方法です。       あはは。


    う~ん、おいしい!!!  食べたかったんだぁ~ しあわせ~  あはは。

    誰にでもできる事でしょう?    あはは。




    なんだか動物的ですが、原始生から考えれば、それは当たり前なのです。

    私たちの脳の爬虫類の脳の部分かも知れないですね。

    生存の為だけに全てをフルに生きていた頃です、、、   あはは。

    良質のたんぱく質を多量に摂るのがいいですね。

    脳の栄養は、アミノ酸ですから、、、

    エベレストを登頂された三浦氏が、帰国してから直ぐに同行した二男さんと、

    とんでもなく分厚いビーフステーキを食べに行っている報道がありました。

    うれしそうに、ホクホクと笑って、バクバクとお食べになって、、、

    あれなんだな! と思ってください。        あはは。



    こうして、

    まず脳が求めているもので満たされると、   ほほっ。

    その満足から自然に脳の疲れは消えます。

    満足は心だけのものではなく、脳に与える栄養素(タンパク質)の充足です。

    命は、色(肉体)心(精神)不二の統一体ですから。






    登山後、筋肉痛がすると云うコメントがありました。

    それのヒントになればと思って紹介します。

    登山後の疲れがない秘訣のもうひとつは、

    登山の正しいいメソッドです。


    今から考えると、

    登山を始めた時、登山の手ほどきを受けた先生が非常に良かったのです。

    初回、歩き方から、呼吸、休み方まで懇切丁寧にきびしく教えられました。

    先ほど書いた携行食、種類、量、その補給の仕方まで、

    体温調節の服の脱ぎ着、トイレまで! 

    (最初は窮屈だな、と思いましたけれど、)

    山にもいろんな先生、山岳ガイドがいらしゃいますが、

    山や自然に『仁』、『義』、『礼』、を払うマナーで行動し、

    自然『智』を体得されたガイドは『信』頼できます。

    五行が全て、揃っていますね!    あはは。

    <五行が周流する>と謂い、エネルギーが切れない、疲れがないのです。

    ( ここ、むずかしければ、読み飛ばしてください。) 


    山と云う自然に合致した存在としての振る舞いが身についている。

    尚且つ、気候、体力に科学的な行動ができると云う事ですね。

    それが、秘訣でしょうか、、、




    心が、体が、 と分けて思考するメソッドは、ピンと入って来ない、

    私は常々、そう思って来ました。

    心や体を、特徴だって感じさせるメソッドは偏っていないか?

    そのやり方の全体から、五行の調和を感じ取るように心がけています。



    その調和が、あるメソッドを生むのです。

    なに事をするにも メソッド(何かをするためにある一定の方式)が

    あるのでしょうね。


    山歩きなんて、誰にでもできる、それはそうですが、

    我流でただ登ればいいんだとなると、体がムダに疲れるのではないかと、

    みなさまも、何かお始めになる時は、

    いいメソッドでお始めになってくださいね。   ほほっ。

    その時の師こそ出会いであり、大事です。 

    自分の運そのものかも知れません。

    師への感謝、自分の運そのものへの感謝、それらが発するもの、

    その遠赤外線のような暖かさに包まれて幸せになれます。












    では、本論に入る前に、今日のテーマである二元論のおさらいです。






    この世にあるもの皆を、~である。~でない。


    人間と自然、悪魔と天使、神と人間、善と悪、男と女、、、、、

    のように、反対の対立する者同士に分けて組み立てて、

    その相対的関係もなく、単に2極で捉える概念化は、

    人間の成長過程の子供が、この世を認識し始める時の初歩的概念化に、

    そっくりそのままです。 

    幼児は6年間、この世のありのままの世界に関する概念を蓄積します。

    これには、条件があります。

    自分の周りに存在する物に限られます。

    存在すると意識したモノのグループの中だけに限られます。


    モンテなどの幼児教育で云う処の、

    子供は、環境の中に落ちているものを拾って自分の感覚を作り上げる。

    (環境の中に、無いものは、拾う事ができません。)


    ここで、教育をする前にすでに人間には、差別があるのです。

    万人は平等ではない、生まれながらの差別相が現存しています。


    これを、運命学の命式で観る事ができますが、




    普通、我々の五感・意識では、

    自分の意識が存在すると認識した事のない物は、分からないのです。

    むずかしい! と感じるか、実際に目の前にあっても脳が在ると捉えない。

    この世に在ると云う事を意識した事がないものは、

    例え、それが目の前にあったとしても、実際に見えない作用もある。

    そう云う <脳自体の機能> の不思議もあります。

    脳自体が、見る事を拒否するのですね。

    神経系が、伝えない。

    肉体の目や耳と云う感覚器官は、それほどに個人差もあり絶対ではない。


    だから、思った事もない意識にないものは難しいですから、

    むずかしい記事は、目に触れるだけでもいいのですよ、

    読むだけで忘れてください、と申し上げるのです。

    意識は忘れたとしても、あなたの目に触れたものは、

    ひとつ残らずに、あなたの無意識は受け入れています。

    深い無意識の領域の中に沈んで無くなる事はありません。

    間違いなく、永遠に無意識は、それを持ち続けるはずです。

    そして、必ず、あなたの無意識は、無意識に沿ったものである物を、

    意識に、その存在を体得させようとします。

    無意識は意識を自己成長させたいのですね。

    これは、大地に植えた種が、条件が揃えば発芽するのと同じです。

    発芽させるのは、『陰』・無意識の力ですが、

    まず、読む。 あるいは、聞く。

    、、、これが、大事なのです。

    あとは、『時』に任せる、、、個人差がありますが、

    必ず、体得、分かるようになります。

    その存在に触れるだけで、いつか体得できるようになります。

    意識したモノに、無意識がバックアップをして来るのです。

    覚知できるようになるのですね。

    それを、乗り越えるには、分かりたいと思い続ける事です。

    それは、かならず満たされます。

    その道は、「楽」ばかりではありませんわ。

    だから、「苦」を排除する事はいけないと申し上げるのです。

    「苦」を排除すると、馬鹿になってしまいます。   あはは。

    もっと、具体的に云うと、あなたの家系が衰亡してしまいます。

    「苦」も「楽」もすべて受け入れてください。

    あなたにもたらされる「苦」こそ、

    あなたに「楽」をもたらす必須な経験なのです。

    こう捉える東洋は、すべてを包み込む法を具えた智慧です。

    概念ではありません。

    もし、意識の壁が権門に閉ざされて頑固で強固であれば、

    今世で体得するのは無理かもしれないわ。(またまた、むずかしいわね?) 





    そもそも東洋的教育方法は、

    江戸時代までの学習は、漢文など、分からないまま素読をさせます。

    繰り返していくほどに、教えられなくても、自分で獲得していきます。

    説明など、教える側の恣意的な人格の塵が入らなくていいのですね。




    あはは。


    それに比べると、

    西洋的教育法は、意識の操作した知識の小間切れを、説明で、暗記させる。

    忘れたら、元の木阿弥、,、、、、あはは。

    大金を掛けて大学を出ても、資格を取っても、能力を物にしなければ、

    すべてが水の泡です。

    この能力とは、常に知識を追いかけると云うレースの耐久力です。

    要は、選別をする為に、仕掛けた道具類が累々と設けてあります。

    一つの方便ですね。

    狩人のナンバーワンを決める習性、狩猟民族のなごりなのですね。

    そう、彼らの脳には刷り込まれているから、そうやっているだけなのです。

    日本は、我を忘れて、その群れの中へ走り込んで行っています。

    先頭を目指して、、、どうなのでしょうね?     ほほっ。

    それを、保障し、守っているのが、キリスト教の教理です。

    いつ気が付くのでしょうか、、、、、      あはは。



    幼い概念化へ、戻りますね。


    所詮、我々の概念化と云う実態は、その程度のモノ、

    時代が化けの皮を剥がしてしまい、虚になるかも知れないものです。

    そう云う中途半端なモノにしか過ぎません。

    これが、目、耳、鼻、、、五感、感覚器官で捉える限界です。

    過ちの多い、間違いだらけの認識や概念が知の石積の中にはあります。


    とりあえず、そうするのです。---------- 後で出て来る(科)です。


    常にそれを忘れてはいけません。

    これでいいのだ、と云う慢こそ、絶対に叩き出さねばならないのです。

    それが、どうですか?

    現代は、慢、慢、慢の垂れ流しです。




    故に、概念化は結論ではありません。----------- 物事の真実の姿ではない。



    仏教で云う処の権教・ごんきょう、仮の教え、方便権教の経典の事です。

    真実の経典から観れば、嘘、うそ、偽、ニセの教えになります。


    日本の仏教界は、その程度のものがほとんどかも知れません。

    たぶん、魅力がないのは、その為でしょう。   ほほっ。


    このように、

    あらゆる事象において、人間の意識は、対象を把握しやすくする為に、

    五感から入って来る情報を基に、

    印象しやすく、憶えやすく、合理的に、割愛し、強調し、対立させて、

    まず二つに分ける(categorize・分類する)のが、楽なのです。

    こう云う脳の機能を、人間は生き残る為に発達をさせて来たのでしょうね。


    この辺りが『陰』が『陽』を生み出す際(きわ)になると思います。



    --------- 『陽』の機能そのものの具現性の出現です。



    しかし、この段階の概念化の目的は、生き残る為の手段であったはずです。

    便利な為に表面のカテゴライズ(分類)をしただけで、

    もともと真実に至るのが、目的ではなかったはずです。



    生きる途上の便法の為、初歩の認識を助ける方法論だったはず。



    それが、いつのまにか、真実をつかむのだど?  だどって?   






    つまり、

    西洋二元論は認識において初歩の段階に留まっていると云う事です。


    申しわけないのですが、幼稚であると云う事です。

    私は、真の仏教から観ると、はるかに、はるかに、

    現代科学は幼稚であると云う認識を持っています。




    そう、 まだ、ぜんぜん、真実をつかむ体制にもなっていない次元です。

    分けると云う事は、排除にも通じますしね。

    排除した側にも、真実は存在する訳ですから!





    それにも関わらずに、真実をつかむのだど?  だどって?   あはは。





    思想を見抜く深謀遠慮もなく、それも知らず、無知のまま、

    現代人は、自分の命をその思想に懸けて右往左往生きています。





    はたまた、今までの知識人とは?  何をした人ぞ?   ほほっ。



    これでは、

    もともと我々の命が持つ命の神秘が、おかしくなって行くとは思いませんか?
     


    そう、地球温暖化の気候のようにです。

    自然が侵されるのは、我々を取り巻く地球環境だけではなく、

    自然から生まれ出た他の生物すべておかしくなっているというのに、

    我々の命もです。

    その中で、一番シビアに、その影響を受けているのが、

    命を孕み生む生殖機能そのものであると、思い至らないと云うのが、

    西洋二元論の思潮の中にいる歪み、マヒをさせられた無意識系の体感です。

    私たちの体、生殖器が、まず先に、

    その影響を受けていると認識をしなけれないけないはずです。


    日本の近代化率から考えると、なにをかいわんやです。


    西洋二元論の思潮の中にいる歪み、無意識系の体感をマヒさせている

    原因そのものこそが、近代科学の認識。

    その背後の、キリスト教教理の半端(ハンパ)さなのですよ。

    こんな事を、堂々と、

    FC2と云うアメリカ企業のブログに書くと云うのも、何なのですが、

    たしかに、これは近代化のお陰ですね。     ほほっ。

    ある意味のアメリカの偉大さも、認識はしておりますのよ。 ほっ。


    しかし、その全てを一直線に信じて疑わずに、がむしゃらに、

    真似なきゃソン! 大損とばかりに、

    識字率 = 二元論的宇宙観を熱心に学習をして取り込む能力になっている。

    念入りにテストテストで、積み込んでいますから、、、

    どうしましょう?    あはは。

    識字率ナンバーワンの功罪が、こう云う処に出ているのでしょうね。

    ちなみに、後進国においては、出生率は下がっておりません。




    西洋の学問の発見は、この世界や宇宙を、

    五感で捉えられる特徴で、さらに<分けて分けて>細分化して行く事です。




    その結果は、すべてを小間切れにして、その欠片が砂利のように、、、

    おびただしく点々と、、、残骸が、、、宇宙に散らばっています。 



    あはは。




    そして、事の本質から遠ざかるのです。




    それでもって、真実をつかむのだど?  だどって?   あはは。









    分かれ分かれて科に陥る、

    ------------- そして全体を失います。

    いくらやっても、、、です。   



    ほっ。





    科(か) = 水が溜まる窪地。 


    科に盈(み)ちて後(のち)進む。   <「孟子」離婁下からの出典 >

    水が流れる時に窪地があると、水は、まず窪地を満たしてから先へ流れる。

    科学の(科)や、病院の~~科も、ここから出ています。




    流れる水を溜める窪地が、流水全体を分かつのです。

    勢いのある流水だけが、一つ一つの窪地を順に満たしながら進むのです。

    この意味から、

    科学の弊害は、科(窪地)に留まるだけで先へ進まない水になる事です。

    水が、科(窪地)に溜れば、淀み、腐り、害にしかなりません。

    窪地内の概念化、認識だけでは、真実はつかめないと云う事になります。

    本来の真実を歪めてしまい、真実を見極める邪魔になります。

    ------------- 邪悪の発生です。


    流れる水がなくなれば、意識は、溜った水だけに囚われます。

    ------------- 偏見が生れます。


    そうこうしていたら溜った水も蒸発して無くなります。

    窪地の形だけが残る。

    ------------ 物事の形骸化が起こります。

    そうなれば、真実どころか、

    邪悪の入った窪地だけが何時までもそこにあるようになる。


    現代は、そう云った状況ではないかと思います。


    では、真実とは?

    水の勢いそのものの現象を興している力の奥にあるものです。




    現代の科学が、

    細胞から、遺伝子へ、分子へ、原子へ、、、、そしてまた新たな科へ、、、

    何を発見しようが、それそのものは科にしか過ぎません。

    切りもなく追及し尽くしても、絶対に、

    水流そのものを興す力の奥には到達できないのです。


    ――――――― それが、意識・西洋文明、『陽』の本質です。



    それで真実をつかむのだど?  だどって?   あはは。






    真実は、統一、含蓄、普遍性を帯びたものであるはずです。


    全体を、一つに観る智恵、一つに包摂する、、、

    ―――――― それが、無意識内にある東洋の本質です。








    やっぱり、長くなりましたので、   あはは。

    結論から云いますね。      あはは。



    二元論の基盤の上では、

    近代的学問が、その合理性で何を積み上げようと真実には至らない。

    精神と肉体に分けて認識をする限りは、

    そのどんな方策も、

    本当の意味での精神と肉体の力を引き出す事はできない。

    なぜなら、精神が勝って肉体を犠牲にするか、

    はたまた、肉体が精神を犠牲にするか、

    と云う合理、認識論の範疇に、それがそのまま具現してしまうのです。





    ここが、西洋医学と東洋の中医学の根本的な違いになって現れています。








    ★ 肉体と精神をベツベツのものとして生きるのが当たり前の

    西洋近代合理主義下の我々の過ちを、

    自ら客観的に意識、批判できるようになりますように願っています。



    その為には、

    キリスト教を根底とする

    物質文明のよどんだ空気におおわれて、

    近代合理主義と云う意識中心の認識だけを是とし、

    そこから生れる価値観に頼っている歪みの時空を出なければいけません。



    只今の我々の生きている『時』の空間には、

    人間を肉体と精神の二つに分けるキリスト教人間観の些末さがただよい、

    それが、現代をおおう近代的自我意識の拠り所になっています。


    頑迷で傲慢な近代的自我の氏素性はそんなもの、

    知れたものなのですが、

    これこそが、西洋近代思想の二元論の害悪です。


    害悪と知らず、それを抱きしめている我々、東洋の民こそ哀れです。













    では、



    今日は、comment mix 1.   二元論を超えた「我」の体得





    comment mix (コメント ミックス)を行います。


    読者の皆さまにいただいたコメントで記事を構成してみたいと、

    前から思っていましたが、ついに実現をしようと、   ほほっ。




    いつもコメントを送って下さる皆様へ、深く感謝申し上げます。

    最近、とみにすばらしい内容のコメントが送られて来ますのに、

    感心するやら、うれしいやら、、、

    読者の方たちの姿勢に、心を打たれております。

    それを、全部公開してお見せしたい衝動にかられます。  ほほっ。



    この本論は、みなさまのコメントで、記事を作りたいと思います。

    鍵コメントも、勝手に公開させていただきますのでご了承くださいね。

    コメントの文章を、編集、割愛させていただいております。


    必要な場合は、その時の私の返事を付けています。(斜体部分

    記事を読むのが長くてお疲れの場合は、

    又、訪問をしてお読みいただきますように....。





    では、一つ目から、



    台風一過、秋らしい日が巡っています。=
    家の中より外気の方が、涼しいですね。=


    今度の記事は、何度か突っかかりながら、何度か読んだのですが、=
    むずかしい、、これが東洋の神秘というものか、
    東洋人でありながら恥ずかしいです。=
    でも、わからなくて、いいっか! とちょっと安心しています。=
    前に記事で、わからなくても放っておいたら、
    分るようになると読んだ気がします。=
    理解しようとしたら、これは西洋的なんですね。=






    二つ目のコメントです。


    こんにちは~~♪
    今日は中秋の名月が見られる日ですね。
    満月の中秋の名月は3年続きだとか・・・
    今日は20時ちょっと過ぎから空を仰ごうと思ってます。

    東洋にとっての肝心は全て見えない世界というのが 
    少しわかってきたような気がしてきました。
    まだまだですがこれからもcosmosさんのブログでいろいろ教えて頂きます。





    三つ目のコメントです。


    国家、経済、教育、家庭、家系、、、

    分野は違えど、共通しているのは..「命」そのものの、内なる力が、

    もう弱りきっているのではないでしょうか。

    進歩や成長、発展、、一見すると格好よさそうですが、、

    結局は先代が残してくださったものを使い尽くしている、

    ただそれだけで実態は薄っぺらいのですね。枯れた井戸のように思えてなりません。。

    オリンピックは喜べません(笑)


    追記
    先日、ふと宮内庁のHPで皇族の方々の系図を拝見したのですが、

    仰るとおり皇族の方々といえども天命?には逆らうことは出来ないのですね...

    本当に日本の家を映しているようです。

    (桂宮様はお独り身で、他は女性ばかりなので驚きました。。) 

    これから「運命学と歴史」を拝読したく思います。

    また、学ばせていただきます。。。





    四つ目のコメントです。


    2020年のオリンピック、東京に決まりましたね!

    周りのみんなが喜んでるのを傍目に見ながら、

    なぜだか喜ぶ気持ちになれない自分が。
    へそ曲がりですね~(笑)

    でも「旺ずる極みは、衰」という言葉が思い起こされてしょうがありません。

    economic 訳して「経済」ですか。
    経済の元は「経世済民」からとったと聞いた事がありますが
    本来の言葉とはかけ離れた、まさしく西洋的な状況にあるのだな、

    と本ブログ拝見しつつ。

    7年後、とてもオリンピックどころじゃない状況になっていなければいいがと

    取り越し苦労してます。

    次回も楽しみに待ってます。
    季節の変わり目、風邪などひかぬようご自愛ください。





    五つ目のコメントです。


    感情に任せて書きなぐったようなコメントに、渾身の返事
    勿体ないというか、穴があったら入りたいというか、気恥ずかしさが(笑) 

    有難うございます!

    漠然と原発は嫌だと思いながら、

    その恩恵たる電気の下で生活していること。
    原発廃止へと向かうには、

    意識を変えるにはまだまだ気の遠くなるような時間が必要なようですね。


    >『陰』を無視し、無意識界を無いとする近代合理主義では、

    >いかに美しい言葉を連ねてスローガンを作ろうと、

    >正しい言説を述べて演説をしようと、

    >最後は、

    >この人間の暗黒部分が結果的には現象化します。
     

    まさしく、今の政治はこれですね。

    今日は終戦の日でした。
    反戦平和を訴える番組がある反面
    集団的自衛権を憲法解釈を方針転換して使えることにしようという

    動きがあり・・・

    今の日本は何処へ向かおうとしてるのでしょう?気がかりです。

    局地的な豪雨、少雨による水不足、なにより今年の猛暑!
    自然界はしきりに何かサインを送ってきているのでしょうかね? 

    今回も有難うございました。次回を楽しみにしております♪




    六つ目のコメントです。


    最近はこちらの御記事や安岡氏の御著書、四書や呂氏春秋を

    読んでいるのですが....

    巷でも東洋思想や陰陽五行や易を利用したセミナーや本が、あるらしい

    のですが、内容的に何かおかしいのでは??と思うことがあるのです。

    具体的に申し上げますと、、
    確かに五行で自然界や五臓六腑など森羅万象を説明するのですが
    「エーテル体」「アストラル体」「ハイアーセルフ」などの意味不明で
    形而上的な用語が出てきたり、神話を五行で解釈して「魂の成長」を論じ、
    錬金術が人間の魂の成長の過程だ、西洋も東洋も五行で見れば皆同じだ。

    (根本的なキリスト教的文明観には触れず)など....
    何か現実離れしているというか、

    こちらで学ばせて頂いている小生から致しますと、
    気持ち悪さ?違和感?を感じるのです。

    いずれにしましても...
    こういったものから感じるのは、
    己の徳の無さ内省し天命や自然を恐れ敬い、天地の理に適った・・・ではなく、
    こういった東洋思想でさえも
    自らの「幸せを掴む!」という意思的な所作の手段にしているように
    感じるのです。。
    結局、自らを見つめる事無く、
    近代的自我を着込んだまま東洋を利用しているのでは?思います。
    これでは苦しんでいる人が藁をも掴む思いで、東洋に触れても、
    結局救われないでのはと心配になりました。 
    cosmos様の御意見伺いたく思います。。



    此れにつきまして、必要であれば、

    コメント欄でのお返事をご覧になってください。




    七つ目のコメントです。


    もうすぐ、終戦記念日ですね。
    脱原発ができない理由は、
    原子力でエネルギーを得て、便利で楽な生活をするためのほかにも、
    「戦争」が生み出したものであると思います。
    「絶対に戦争に勝って、相手国を絶対的に支配したい」
    「原子力を手に入れれば、戦争に有利で国のためになるのだ」という、強烈な欲望があるように感じます。
    だから、現代人は原子力が危険でも、手放せないのだと思います。

    地球が長い時間をかけて育んだ資源を、むやみに掘り出して消費するだけの消費社会や、
    エネルギーをめぐって戦争を繰り返すような文明のありかたを、
    根本的に変えないといけないのでは?と思いました。
    これも難しいことですね…意識では、とうてい解決できないですね。

    毎年、今の時期になると、戦争と原爆の被害の様子や写真などを、テレビで放送しますが、
    子供の頃からそれを見ていて、強い恐怖を感じていました。
    そして、中学生位の頃に、
    原子力発電所のエネルギー源は原爆と同じもので、
    有毒なのに処理する方法もない、ということを学校の先生から教わり、
    その時からずっと、原発に対しても恐怖心を持ち続けてきました。
    その後、チェルノブイリの事故があり(1986年4月26日)、
    青森県に六ヶ所再処理工場(1993年)ができたりして、
    (私は秋田県に住んでいます。)
    日本は原爆を落とされた唯一の国なのに、
    どうしてこんな危険なものを建設するのか?
    その当時は考えても、さっぱり訳が分からなかったです。
    周囲の人に聞いても、壊れないように造られているから大丈夫だ、
    と言われるだけで…
    ネットで調べたら、正力氏と中曽根氏が、
    「原子力の平和利用」というプロパガンダを行ったそうですね。
    人間は、言葉に騙されやすいのですね。

    こちらのブログの過去記事の、

    「敗戦記念日を振り返って 

    蔓延する相対主義 今を蔽う退廃という雑草」を読みかえしました。
    戦争や原爆で苦しんで亡くなっていった人達のことを思うと、

    日本人として、これではいけないと、やはり思います。
    日本人としての誇りを、なんとか少しでも取り戻したいと、強く思いました。



    コメント欄でした返事を引用します。


    いずれにしても、すべて「戦争」が生み出したものではなくて、

    便利で楽な生活をするために、その実現の為に戦争をしてきたのです。
    誰が?
    便利で楽な生活をしたいと望む人間の意識が、戦争をするのです。
    いいですか?
    意識は五感の満足を欲しがるのです。
    五感で「苦」を感じたくないのです。
    だから、「苦」を避けて「楽」を手に入れる為に戦争を肯定してきたのです。


    犯人は、「戦争」ではなくて、我々人間の意識です。


    過去の記事ですが、
    http://jakkoucosmos.blog103.fc2.com/blog-entry-176.html に、

    原爆から原発へ意識が変わって行った事について書いています。



    全記事のタイトルリストを次から出して、

    http://jakkoucosmos.blog103.fc2.com/archives.html

    その中の

    2011年 9月10日 ~ 10月30日の記事 無意識の不思議1,~8,に、

    意識の誤謬、欠点について書いてあります。

    一度はお読みになっていると思いますが、

    このシリーズをもう一度読んでみてください。


    脱原発ができない理由は、意識のせいなのです。
    事ここに至って、
    自分の欲望を我慢できない近代的自我の意識です。
    地球がおかしくなっているのに、それでも「楽」をしたい
    近代的自我の意識です。


    その意識を中心にした近代合理主義の思想を世界中が
    根本にしているからです。
    近代合理主義と云うのは、欲望中心の思想です。
    この思想圏にいる限り、無理です。
    なんだかんだと理由を作って止めないでしょう。
    もう、瀬戸際まで行ってもダメかも知れないですね。
    それを記事で「破局」と言っています。

    近代合理主義下では、人間は自分の欲望の為にしか生きられないのです。
    意識は、今現在の自己満足の為に、未来の自己破壊を選んでしまうのです。
    意識は、今現在と自分を守りたいのです。
    これも、過去記事に書いています。
    つまりは、「楽」を求める思想=近代合理主義がその原因です。

     


    (この返事に、またいただきました)八つ目のコメントです。


    前回の記事のコメントに、長いお返事をいただき、ありがとうございます。
    「強烈な欲望自体=意識そのものの働き」なのですね。
    この「意識そのものの働き」は私の中にもあるので、
    戦争や原発など全てに対して、
    自分にも内因があるのだなあと、胸が痛いです。
    (日本という先進国で、便利過ぎる生活をしているし…)


    「どうして人間は戦争をするのか?」
    「どうして現代社会は暴力的で残酷なのか?」
    という事を昔から考えてきましたが、答えが出ませんでした。

    「人間は欲深いから?ユング心理学でいうシャドウのせい?」
    などと考えてきました。


    スピリチュアルや心理学に答えを求めても、
    本当に納得できるものは無かったです。
    スピリチュアルは、魔の世界でした。
    ユング心理学は好きですが、認識論なのですね。


    cosmosさんのブログに出会ったおかげで、
    近代合理主義という思想が原因としてあること、
    近代合理主義は「楽」を追求する、
    「楽」と「苦」は表裏一体、苦楽不二なので、
    意識が楽を追求しても苦は無くならず、楽を求めたぶんの苦も必ず表れる、


    日本人は元々は近代合理主義の思想はない、
    西洋のキリスト教からきたもの、
    日本人が器用に近代合理主義を取り入れて努力をしても、
    本家本元のアメリカには絶対に勝てずに、上位の意識に操られるだけ、
    近代合理主義は、家系も滅ぼす、

    自分の中に内因がある(内因が命式に表れるのですね)、
    …というつながりが、見えてきました。
    見えてきただけで、「分る」には程遠いです。
    いつか「分る、体得する」という境地になれたらいいな、と思います。

    近代合理主義は、あらゆる欲望、煩悩の満足を肯定して、
    追求する思想なのですね。(恐ろしいですね。)

    仏教や儒教はその逆で、『陰』を体得した教えですね。
    日本人として先人が大切にしてきたものを取り戻したいと、強く思います。





    九つ目のコメントです。


    毎回とっても難しい内容なのですが
    わかりやすくお話しいただいてありがとうございます。

    と言いながらやはり文字を追うだけでは大切な事を素通りしてしまいますね。

    五感が苦を生んでいる。
    それとも知らずに五感で麻痺した意識でさらに苦を生み続けているような
    感じがします。
    「苦」との向き合い方?
    一生向き合っていかなければなりませんね。

    ディズニーランドのお話を読んだ時に気がついたことがありました。
    建物の中で人工の明かりで野菜を育て、
    その野菜をお客様の目の前で摘んで料理にだす。
    そんなレストランのニュースを見たことがありました。
    その企業と足を運ぶ方々になぜか異様さを感じました。

    虫や太陽、雨、土を無視しっちゃってる!?
    何より植物を無視しちゃってる!?

    誰かに聞いてほしかったのですが、
    COSMOSさんにお話しさせていただきました。





    本当に、ありがたいなあと感謝申し上げます。

    東洋が、古いなど、カッコ悪いなど、打ち捨てられた日本において、

    少しづつではありますが、東洋の神秘に興味を感じてくださる若い方がいる、

    と云う事は、希望を抱かせるものです。

    どうか、祖先からの智恵を掬い取ってほしいと願います。


    それらは、思想と云う、哲学と云う、

    自分の生きる処からかけ離れた雲のようなものではありませんのよ。

    そうなってしまったのは、

    やはり、西洋二元論の精神と肉体を分離した合理主義のせいです。

    汚くお金を儲けても、その汚さを見かけのデザインで見えなくする、

    体は清潔! 心は純粋だからいいんだわ、、、  ほほっ。

    洗剤類と、心の癒しが流行るはずです。     ほほっ。





    邪に白化粧を施すテクニックは氾濫しています。


    そう勘違いさせる便利さが、お金を出せば手に入る時代です。

    こう云う訳のわからない、肉体と心を分離させて夢見心地になる、、、

    エセ・ロマンチズムが付け入る隙を、

    許してしまったのですね。


    それが、資本主義が作り上げた今の文化の質だと思います。

    作り上げた作品やモノに、その人の命が、一生涯が懸っていないのです。


    つまらない、只のキレイな粗材の寄せ集めじゃないの?



    今は、権門が栄える時代です。

    権門とは、権教(もう、お分りですね?)の権威や名誉で、

    自己の守りを固めた保身の主義主張です。

    知識があり、智恵もあると、認識されている存在です。

    この真贋識別が、もっとも難しいのですよ。     あはは。

    ニセ札でも、オモチャの子供銀行の偽札は罪がありませんけれど、

    本物に見まがう、スーパーZという精巧な偽ドル札や、

    もっと精巧な「スーパーノート」なる偽札は、国家転覆程の罪があります。



    全くの悪に見える邪は、どうでもいいのです。

    正に見まがう邪が、、、、、繁栄する、、、


    どうか、真実を見抜く知恵を鍛えてくださる事を願っています。



    ひさびさの更新になりました。

    今度は長すぎて、読むのに困る?     あはは。


    では、次の更新まで、よい日々をお過ごしください。
































    -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 
    記事は無断転用なさいませんように、お願いします。

    [一部、版権]がございます。権利は放棄しておりません。

    どうぞ宜しくお願いします。

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    No title

    今日は、朝方濃霧の中で目覚めました。=
    大島の二次災害もありますし、台風が来ると日本中が怯えているようです。=


    今回の”二元論を超えた我の体得をめざして”ということについて、=
    一番に切実に感じるだろうと思うのは、自分が大病にかかった時ですね。=
    病気の原因はなにだろう? と考える時、=
    二つの事が頭の中でチラチラと浮かんでくると思います。=


    これは、ストレスが原因なのか? どんなストレスか?=
    これは、食べていたものが悪かったのか? 食生活を反省しなければ...=
    そのどちらか自分ではわからなくなってしまうでしょうね。=


    からだとこころは一体なんだという観点からみると、=
    その両方の原因が正しいくて、納得です。=
    自分なりに、そう思う事が納得なんです。=
    二元論的な思考方法は、どこか自分をごまかせるんですね。=
    今、このごまかしが社会的な規模の中で起こっているんじゃないかと、=
    いかと思い至りました。=
    今の社会で何が合理的なのか? ぜんぜん違うじゃないって思います。=
    深く考えると、そのからごまかしが始まっているんじゃないでしょうか?=
    いつも新鮮な視点を教えてくださる記事ですね。=
    よろしければ登山のことをもっといろいろお聞かせください。=

    No title

    類ネットからこちらへ来ました。
    東洋的教育法で、紹介されていました。
    西洋と、東洋ではこんなに違いがあるのだと驚かされます。
    それを知らずに、現代の人間は元々日本はこうなのだという受け取り方です。
    近代化の歴史の前に、その前の日本を教えるべきでしょうね。

    No title

    おはようございます~~♪
    美ヶ原 その名の通りとっても美しいですね。
    お友達3人と昔々行ったことがあります。懐かしい思い出を遠い記憶から引っ張り出しました。
    それにしても筋肉痛にならないcosmosさんが羨ましい。
    やっぱり登山には最初からきっちりと指導を受けるというのが大切なのですね。
    そういえば・・剣道では「三年早く始めるよりも 三年かけてよき師を探せ」と言われてるのを思い出しました。

    ・・・むずかしい記事は、目に触れるだけでもいいのですよ・・・というcosmosさんの言葉にホッとしてる私です(苦笑)
    ・・・その存在に触れるだけで、いつか体得できるようになります・・・これは私の場合 時が他の人より余計にかかるかも知れませんが cosmosさんのブログを読みながらのんびり時を待ちたいと思います。

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    No title

    ゆっくり読む癖がついてしまって、コメントも遅くなりがちです。
    美ヶ原の写真がつづいてますが、
    よほどお気に入りのようで、。


    科に盈(み)ちて後(のち)進む。の意味を
    ここまで進化させるかと感心しました。

    No title

    ごぶさたで申し訳ありませんでした。
    長らく読み逃げばかりでコメントは何年ぶりか、、、(笑い)
    みなさんが素晴らしいコメントを書かれていて刺激になります。


    今日の記事の次の処、
    これからの暗示のような気がしました。
    特に、これらは学問だけではなく東洋学についても言えるのでしょうか?
    と云うのは、cosmosさんから東洋学を知る事は刺激的なのですが、
    他の東洋的なものは退屈なのです、、、 (笑い)


    >本来の真実を歪めてしまい、真実を見極める邪魔になります。
    >------------- 邪悪の発生です。
    >流れる水がなくなれば、意識は、溜った水だけに囚われます。
    >------------- 偏見が生れます。
    >そうこうしていたら溜った水も蒸発して無くなります。
    >窪地の形だけが残る。
    >------------ 物事の形骸化が起こります。
    >そうなれば、真実どころか、
    >邪悪の入った窪地だけが何時までもそこにあるようになる。


    >現代は、そう云った状況ではないかと思います。



    現代は、形骸化、邪悪が、純正を追い出してすり替わっているのですね。
    そのせいか同じ東洋学でも形骸化したものは魅力を感じません。
    真実があると思われている処にこそ邪悪が住むっていうのですね。
    ここが今回のすごい処、、、 そう云う風に受け止めました。

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    Re: No title

            鍵コメントさんへ

    > やはり、、、だんだんとわかって来ました。


    ★それは、よかったです!
    東洋学は、西洋の様に水平上に並んだロジックではなく、
    上下垂直に積み上がっている、、、そう思います。


      お蜜柑をどうぞ~! あはは! e-435 cosmos

    Re: No title

    > 今日は、朝方濃霧の中で目覚めました。=
    > 大島の二次災害もありますし、台風が来ると日本中が怯えているようです。=
    >

    ★そう、日本中が台風に注目をしていましたね!


    > 今回の”二元論を超えた我の体得をめざして”ということについて、=
    > 一番に切実に感じるだろうと思うのは、自分が大病にかかった時ですね。=
    > 病気の原因はなにだろう? と考える時、=
    > 二つの事が頭の中でチラチラと浮かんでくると思います。=
    >
    >
    > これは、ストレスが原因なのか? どんなストレスか?=
    > これは、食べていたものが悪かったのか? 食生活を反省しなければ...=
    > そのどちらか自分ではわからなくなってしまうでしょうね。=
    >
    >
    ★分かり易い例を出していただいて、、、ありがとございます!


    > からだとこころは一体なんだという観点からみると、=
    > その両方の原因が正しいくて、納得です。=
    > 自分なりに、そう思う事が納得なんです。=
    > 二元論的な思考方法は、どこか自分をごまかせるんですね。=
    > 今、このごまかしが社会的な規模の中で起こっているんじゃないかと、=
    > いかと思い至りました。=
    > 今の社会で何が合理的なのか? ぜんぜん違うじゃないって思います。=
    > 深く考えると、そのからごまかしが始まっているんじゃないでしょうか?=
    > いつも新鮮な視点を教えてくださる記事ですね。=
    > よろしければ登山のことをもっといろいろお聞かせください。=


    ★何が合理的なのか? ほほっ。
    ツジツマ合わせですね、、、 意識のつばぜり合いです。
    登山の事は、他の人からもご希望をいただいております。
    また、機会を見つけて記事にしようと思います。お待ちになってくださいね!


          トマトをどうぞ~! あはは! e-434 cosmos

    Re: No title

    > 類ネットからこちらへ来ました。
    > 東洋的教育法で、紹介されていました。
    > 西洋と、東洋ではこんなに違いがあるのだと驚かされます。
    > それを知らずに、現代の人間は元々日本はこうなのだという受け取り方です。
    > 近代化の歴史の前に、その前の日本を教えるべきでしょうね。


    ★ようこそ、おいで下さってありがとうございます!
    そうですね、歴史教育が大事ですね。
    過去を異か現に扱っていては、決して望むような未来は築けないでしょうね。
    また、お越しになってください。


         お礼にアイスを、ど~ぞ! あはは!e-485 cosmos

    Re: No title

    > おはようございます~~♪
    > 美ヶ原 その名の通りとっても美しいですね。
    > お友達3人と昔々行ったことがあります。懐かしい思い出を遠い記憶から引っ張り出しました。
    > それにしても筋肉痛にならないcosmosさんが羨ましい。
    > やっぱり登山には最初からきっちりと指導を受けるというのが大切なのですね。
    > そういえば・・剣道では「三年早く始めるよりも 三年かけてよき師を探せ」と言われてるのを思い出しました。
    >

    ★これは、登山や剣道だけに当てはまらないかも? 案外ぞんざいに決めていますが、、、
    そこが分かれ道かも知れませんね!
    運が良かったのです、、、



    > ・・・むずかしい記事は、目に触れるだけでもいいのですよ・・・というcosmosさんの言葉にホッとしてる私です(苦笑)
    > ・・・その存在に触れるだけで、いつか体得できるようになります・・・これは私の場合 時が他の人より余計にかかるかも知れませんが cosmosさんのブログを読みながらのんびり時を待ちたいと思います。


    ★すぐ役に建てようと思ったら埒があきませんが、
    じっくりと煮込むお料理の様に、気長にお付き合いをしてくださいね。
    これは、又記事にいつか書こうと思っているのですが、
    我々が分ってしまえば、子孫にはDNAで伝わるのではないか、、、
    ええ、もう、産んでしまった子供にでもです。
    見えないイオンの様な形で伝わりあうのではないかと思っています。
    死ぬまで進化をしなければいけませんね。 よろしくお願いを致します!


       紅葉の葉をど~ぞ!  あはは! v-34 cosmos

    Re: No title

            鍵コメントさんへ


    > 西ヨーロッパがキリスト教化される前は異なった世界観ということになりますが、、


    ★ キリスト教は、仏教から観るといわゆる外道(げどう)と括る範疇になります。
    仏教以外の宗教・外道の代表格と云う事でしょうか、
    キリスト教を取り挙げているのは、取り上げたいからではありません。
    キリスト教が憎くてしている訳でもありません。
    今の世界に一番影響力を持ち、
    日本人の我々が無視をできない影響を受けてしまっている現実から、取り上げざるを得ないのです。
    そうでなければ無視をして置けばいいのです。
    影響がちいさい宗教や主義は、放置して置けばよろしい。




    > そもそも彼らの世界観をそうたらしめるのはキリスト教なのでしょうか?
    それとも言語にあるのでしょうか?或いは、悠久の歴史のなかでの自然環境なのでしょうか?


    ★ こう云うロジックの立て方が、いかにも近代合理主義的ですね!  あはは。
    全てを並立させて、比べられない物を比較する。
    ロジックを作り出す常套手段です。   ほほっ。
    これで、メシが食べられる学者なら本でも出せばいいでしょうが、  あはは。
    時間と資源の無駄使いです。
    東洋は、それらを同時と観ます。現象に囚われないでくださいね。
    『陰』をしっかり、 掴むようにしてください。




    > 例えば、水槽の中で魚が泳いでいる写真を見せ、、、、、、、


    ★ このような解析は何の為ですか?
    何の生も生みません。
    認識の為の認識なら、まったくの西洋哲学の範疇です。




    >  参考図書『木をみる西洋人 森を見る東洋人』 ダイヤモンド社 



    ★ 合理主義的な思考方法で書かれた文献を借りて、東洋を理解するのは止めた方がいいですね。
    自分自身が、あくまでも二元論の主体を守っている事になります。
    二元論の範疇にいる自分なのか? どこの立場に、自分は立っているのか? 
    西洋二元論で東洋を幾ら知っても、それは、ただの知識、貴方の役には立ちませんよ。
    知る、その事は充足をされるでしょうが、それは何の為ですか?
    よくお考えになられたらと思います。
    知識が溢れると云うのは、ある意味、不幸なのですね。   あはは。
    知識は『陽』です。
    東洋を知識から眺めるのは勿体ないです。 東洋は智恵からお入りください。


            お花をど~ぞ!  あはは! v-298 cosmos

    Re: No title

           鍵コメント様へ


    > 、、、やはり、大切なことは言葉で伝えられないと思っております。



    ★ それはそうです。
    言葉は、『陽』です。『陽』の範疇のもので『陰』の真実が掴まえられるはずがない。
    『陽』と『陰』の区別を掴まえてくださいね。



     
    > 荘子が孔子を、、、、、、、


    ★ これらは、すべて過去です。
    どんなに感心する処があろうが、これ自体、もう二度と世を動かすモノではありません。
    それらを、復活すると云う事は、
    もっと、その高みから、活用をすると云う事です。
    すべて、その視点がなければ、西洋と同じ観念論、捨てられたモノをゴミ置き場から引っ張り出して来ても、詮ない事、、、、、あはは。
    そう思ってお読みになってください。



    > 、、、、、歴史を振り返ると、どうしても国家など為政者の都合の良い



    ★ 良い所に気が付いていますね!
    しかし、これも未来志向で、何が欠けていたからこうなったのか?
    次を考えるようにしたら楽しくはありませんか?    ほほっ。





    > 取り入れたそれ自体は良い物でも時間が経つにつれて、おかしな方向へ流れていく...


    ★ 『陽』自体、そう云うものだと受け容れるのです。    あはは。
    なんだって簡単な事はないでしょう。




    > ④姓名判断で何かよい、書籍はありますでしょうか。



    ★ ありませんね!
    本当にすばらしい姓名鑑定は在りますが、その先生は本は書かれておりません。
    本にすれば誰かが中途半端に利用をするか、真似をするのが落ちですから、、、   あはは。
    対面で1:1で御教授をしてくれます。
    が、100万円以上かかったと思います。      あはは。
    本当に覚悟をした人位しか習おうとは思わないでしょう。 そこが狙いなのです。
    興味本位を排除している訳です。     ほほっ。
    本当に良いものは、本などからは得られませんよ。それを胆に命じる事です。
    本から知識として、簡単に得た物が、本当に真実か? それは疑わしいですね。   あはは。





    > 登山をなさった時のことをもう少しお聞かせ頂けないでしょうか?次回の御記事でお目に、、、



    ★ 今回、ご期待に沿えなくて申し訳ありませんでした。
    記事は、こうしてこう書こうなんて意識しておりませんのよ。  ほっ。
    なんとなく無意識が伝えてくれるものを書くようにしています。
    今回は、登山は思いつかなかったようです、、、
    無意識に任せて、、、こう云う調子ですから、
    書き始めの記事の題名が、書いてみたら題を変えなきゃいけなくなる事も度々です。
    普段気になっているモノが、バラバラであっても、なぜ気になっていたのか、記事を書き始めると、
    分って来る、、、気になったバラバラが、つながっているどころか、
    その奥に、大きな塊がある事を無意識が誘ってくれます。
    気分とかとは違いますね。   無意識に守られていると感謝しています。



          フライドポテトをど~ぞ!  あはは! v-368  cosmos  

    Re: No title

    > ゆっくり読む癖がついてしまって、コメントも遅くなりがちです。
    > 美ヶ原の写真がつづいてますが、
    > よほどお気に入りのようで、。
    >
    >
    > 科に盈(み)ちて後(のち)進む。の意味を
    > ここまで進化させるかと感心しました。


    ★はい! 気に入っております。
    今年は、仕事でちかうへ行った事もあり、3回も行きました!   ほほっ。
    感心していただいて、、、よく読み取ってくださいます。   感謝です。
    過去のものを、どう今に広げられるかがポイントだと思っています。
    何か不自然なものをお感じになられましたら教えてくださいね。  よろしく!


         四葉のクローバーを、ど~ぞ! あはは! v-22 cosmos

    Re: No title

    > ごぶさたで申し訳ありませんでした。
    > 長らく読み逃げばかりでコメントは何年ぶりか、、、(笑い)
    > みなさんが素晴らしいコメントを書かれていて刺激になります。
    >
    >
    ★ほんとうに! おひさしぶりですね!
    お元気でなによりです。



    > 今日の記事の次の処、
    > これからの暗示のような気がしました。
    > 特に、これらは学問だけではなく東洋学についても言えるのでしょうか?
    > と云うのは、cosmosさんから東洋学を知る事は刺激的なのですが、
    > 他の東洋的なものは退屈なのです、、、 (笑い)
    >
    >
    ★そうなのですか!
    古い物をそのまま学んでもつまらないですよね~。   あはは。
    刺激的とは、うれしいですね。   ほほっ。



    > >本来の真実を歪めてしまい、真実を見極める邪魔になります。
    > >------------- 邪悪の発生です。
    > >流れる水がなくなれば、意識は、溜った水だけに囚われます。
    > >------------- 偏見が生れます。
    > >そうこうしていたら溜った水も蒸発して無くなります。
    > >窪地の形だけが残る。
    > >------------ 物事の形骸化が起こります。
    > >そうなれば、真実どころか、
    > >邪悪の入った窪地だけが何時までもそこにあるようになる。
    >
    >
    > >現代は、そう云った状況ではないかと思います。
    >
    >
    >
    > 現代は、形骸化、邪悪が、純正を追い出してすり替わっているのですね。
    > そのせいか同じ東洋学でも形骸化したものは魅力を感じません。
    > 真実があると思われている処にこそ邪悪が住むっていうのですね。
    > ここが今回のすごい処、、、 そう云う風に受け止めました。



    ★、読み込む直感がすごいですね!
    私が書いた以上に、汲み取ってくださって感心するばかりです、、、
    そう!正に近い所に悪が住む。
    邪悪は、巧妙になります。
    深刻な悪は、正の立場で善の仕事しているのですよ!      あはは。
      

        のど飴を、ど~ぞ! あはは! e-160 cosmos

    Re: No title

            鍵コメントさまへ


    > では、教育も、政治も、医学も、あらゆるものが二元論で歪められていることになります。
    > そら恐ろしい時代に生きているのですね。



    ★ そうなのです。
    肝心の人間が、それを感じ取れない。
    心は、体を関係ないと感じ、体は、心は大丈夫だと言い訳をしながら、、、あはは。
    ごまかし、、、欺瞞、、、ですね。
    この果ては、どうなるのかと思うと、本当にそらおそろしいですわ!


        ボールを、ど~ぞ! あはは! e-45 cosmos

    Re: No title

            鍵コメントさんへ


    オリンピックの事は、皆さんが心配しているようです。 ほほっ。
    とにかくする以上は成功を祈らなければいけませんね。


          指輪を、ど~ぞ! あはは! e-72 cosmos

    Re: No title

            鍵コメントさんへ


    不妊治療に関する記事を、また書こうと思っています。
    お待ちになってくださいね。


         音楽をど~ぞ! あはは! e-343 cosmos

    Re: No title

            鍵コメントさんへ


    > ブログの記事を少しずつ読ませていただいております。


    ★ お知らせ下ってありがとうございます!
    また、ご感想がありましたらお知らせくださいね!


           おだんごをど~ぞ! あはは! e-427 cosmos

    Re: No title

            鍵コメントさまへ


    > 寂光様、絶家の事に関して、いつも興味深く読ませていただいております。


    ★ 絶家については、この後から、シリーズで記事にします。
    それをお読みになってください。
    もう少しお待ちくださいね。


        帽子をど~ぞ! あはは! e-407 cosmos
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    プロフィール

    寂光ーcosmos

    Author:寂光ーcosmos
    家系・個人の運命鑑定
    東洋運命学教室を主宰

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