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    コメントへのお返事 21.  第六天の魔王について  /  空亡の真央、小保方氏  

    Category : 仏教のことば
    朝9時、横尾着。

     青空に聳える屏風岩
     (国内最大級の巨大な一つの岩塊)


    横尾から屏風岩



    【上の写真】  中央ににそびえるのが屏風岩( 2565m)その裏が涸沢。

             横尾大橋を渡ってからが本格的な登山道が始まる。





    昨年 10月 1日

    一睡もできないままの徳沢園での一夜が明けて、

    6時半、徳沢園の朝食。 食後、庭でストレッチ。

    8時、涸沢に向け徳沢園(標高1562m)を出発。 


    梓川の水の色が美しい、崖下を駆け足で通過、まるでハイキング。



    9時、横尾着。(標高1620m) 

    横尾山荘の前庭で、丸太に座って小休憩。 

    水汲み場は、ペットボトルに水を汲む人で列が出来ている。


                   
    穂高や槍へ行く時には、ここから奥は、山からの湧水が豊富なので

    空のペットを持って来て水場で汲む人達が多いのです。





    横尾は、槍ヶ岳への登山道と、穂高への登山道の分岐点だけあって、

    多くの登山者の休憩所となって大変な混雑でした。


    槍ヶ岳には、横尾大橋を渡らずにまっすぐ、

    穂高、涸沢へは、横尾大橋を渡って屏風岩の方向へ進む。






    15分の休憩後、横尾を出発。


    目の前の横尾大橋を渡って、次の休憩地、本谷橋をめざす。


    横尾谷に入ると、谷に沿って道に大きな風倒木、崖、

    梓川を眺めながら、深い樹林帯の中を彷徨うように登る。



    横尾から約1時間30分。  

    屏風岩の大岸壁の迫力満点の姿が、眼前に現れて来る。

    谷合いの登山道から北穂高のピークが見え出すと本谷橋が近い。


    10時30分、休憩ポイント本谷橋着。(標高1950m)






    時間的には、まだお昼前なのにもかかわらず、

    本谷橋の右岸の河原にゴロゴロ転がる白い大岩の上は、

    座る場所がない位、お昼休憩の人でいっぱいになっている、、、



    それでも、河原の脇、登山道の下に休める隙間を見つける。

    ここは、

    穂高をめざす登山者たちのベースキャンプの涸沢へ着くまでの、

    唯一、座って食事ができる休憩ポイントなのです。

    ここから涸沢までは、急登のガレ場が続きます。



    昨夜の相部屋での不眠もあって食欲がまったく湧かず、

    無理やり、行動食の1欠片を口に入れて、本谷橋の河原を出発。




    本谷橋を渡ると、周りの様子が亜高山帯へと山容が一変して来る。





    白い岩のガレ場の急坂の難関を

    黙々と一気に、ただひたすら登る事、約 2時間、

    午後1時、涸沢ヒュッテに到着! (標高2310m)

               
              徳沢~涸沢(約 9km 標高差 758m 約 5時間) 
     





    たどり付いた涸沢では、まだ午後1時過ぎと云うのに、

    もう、すっかり夕暮れのような薄昏さ。

    ちょうどヒュッテに付いた時、

    宿泊客用の物資を運んで来たヘリが、まさに上空に着いた処、

    荷物を下すのに頭上でホバリングを数回繰り返した為に、

    爆風と爆音を避けてテラスに逃げ込んだり大変な体験を致しました。



    低い気温にも係らず、カラッとしている外気が気持ち良くて、

    暮れなずむ冬日を、多くの登山者がヒュッテの岩盤のテラスで、

    思い思いの飲み物を飲みながら談笑して眺めている。

    ホッとしたせいか、この日の初めて食欲を感じ、

    ヒュッテの売店で食べられそうなものをさがす。

    温かくて消化が良いのは、あんパンとホットミルク位です。

    ちなみにあんパンは200円、ホットミルクは500円。

    山では、包装材もすべてゴミは自分で持ち帰ります。




    【下の写真】の白い部分は、大雪渓。

    右下の茶色の部分が、涸沢ヒュッテの屋根。



    涸沢ヒュッテ


    逆光になっているピークは、中央が奥穂高、その右が涸沢岳、

    こうして穂高連峰を近くで見ると、

    アルプスと名付けられた山岳の威容に圧倒されます。

    すごいなあ、これは普通じゃない景色だわ、と思わず口に出て、 あは。

    寒いけれど暗くなるまで大勢の登山者たちは外で此の景色を眺めています。


    涸沢から見える北アルプスは、

    左から、前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳。


    まるで男前が4人、並んでいるようです!     あはは。



    なんてハンサムな山たちでしょう!     ほほっ。








    テラテラとした装飾が溢れる都会は、

    楽や利益を狙う人間の欲望が、あまりにも恥ずかしげもなく溢れていて、

    目を閉じて、耳を塞いで、通り過ぎたいほど耳障り、目障りです。

    最近は、デザインすら嫌悪感を覚えるものがあります、、、  あは。

    こう云うものは、必要ないのではないかとさえ思うこの頃ですが、

    ここまで来ると、そんな煩(うるさ)さはなくて、    ほっ。

    なにより、山が、観光地の様に

    登山者を喜ばそうなんて演出していない処が良い!     あはは。
     

    山がそこに在るだけが、美しいのです。     ほっ。


    山は皆そうですが、

    人間の意識の立ち入る事を拒否している荘厳な雰囲気を持っています。

    それはそうです、、、

    はるか昔に、我々人類より先に、地球から生まれたこれらの山々は、

    我々を見下ろして、しかも今もなお生き続けているのです。


    動かざる事、山の如し、と云う謂い方がありますが、



    とんでもない!


    山は、この次、どう動くのだろう?

    山は、その次はどう変わろうとするのだろう?

    瞬時も休まない自然の動的なエネルギーを、そのスリリングさを、

    いつも感じております。

    山は、行く度に姿を変え、

    空高く聳え立っていた大木が、ある時は、森の中で倒れていたり、

    それと同時に、

    静かな風にそよぐ小枝が折れもせずに伸びようとしている力など、

    『陽』の現象界の無常の姿の中に、

    常に変らない変化しつづけるエネルギーを湛えています。




    登山をすると云う事は、

    『陰』の生気を窺(うか)がえるvividな領域へ、

    おそるおそる足を踏み入れそうになる緊張感を伴います。

    山の霊気、空の霊気、森の霊気を身近に感じれば、

    ますます、自然の存在に感謝をするようになります。

    ここまで登る事ができた命のすばらしさにも感謝しなければ、、、 乾杯!




    今回の目的は、涸沢までだったのですが、

    眺めるだけで帰るのはとっても惜しくて、、、

    切に登りたいと思いました。

    さあ、それが何時になるのか?


    今回は、山小屋での不眠の2晩の後の体力で下山しましたが、

    これは、筋肉にはよくありませんね。

    まずは、山小屋で一睡もできないのをなんとかしなければ、 ほっ。









    山は『地』、『地の理』

    その上方の空は『天』、『天の道』

    『人』は、『天地』に従う、すなわち道理に従う事によって、

    その営みの中で、『人』は『天地』によって守られるのです。

    人として生かされるのである、、、、、、、

    人としての生を全うできるのである。




    これを、東洋学の、『天人地』の三才と謂います。 


    この三つが揃う事、それが吉の瑞相が現象となって現れる事なのです。

    3は、相対する2者を統合、調和すると云う吉兆なのです。

    この3の持つ霊威は、洋の東西を問わないようですが、

    東洋においては、その調和点が、中庸です。 





    繰り返しますね。


    『天地』の力を知り、『天地』に感謝する『人』だけが、

    それは『陰』そのものへの感謝です。

    そう、『孝』を実践する『人』だけが、

    『天地』の間で栄える事ができると謂う事です。





    分かりやすく云うと、、、、、


    自分の何の欲望に従うよりも先に、

    この『天地』の『道理』に従う事こそが、

    個人においても、

    家庭においても、

    企業においても、

    国においても、必勝の作戦なのですよ。







    ・・・我々は、この東洋的な生き方をすっかり忘れています。・・・











    今日の記事は、


    コメントへのお返事 21. 第六天の魔王について / 空亡の真央、小保方氏





    今日は、直近にいただいた2つのコメントへお返事を致します。


    実は、今回の更新に準備した記事があったのですが、

    これらのコメントを読ませていただいて、急遽変更しました。  ほほっ。

    それで、又、一から書く事になってしまって、、、大変でしたが、

    丁度、機会があれば書こうと思っていた内容を書く事ができました。




    えっ? なに? 
     

     現在の我々の状況と、第6天の魔王、この世の主、の事です。  ほほっ。           

                
     




    まず、最近読者になってくださった方からいただきました

    初コメントから紹介をします。


    ご紹介するのは、手強い と、題していただいたコメントです。

    ◯は、編集で付けました。ご了承ください。



    はじめまして、
    ◯◯ブログの田◯◯◯です
    読めない字が沢山あり
    非情に手強い貴ブログです
    今後、挑戦を致します。

    世間の慌ただしさに危惧するものが多々ありますが
    肝心なことは自己を見失わないことだと
    改めて想いました。

    ありがとう御座いました。
    今後とも宜しくお願い申し上げます




    折り目正しくお挨拶をいただきまして、恐れ入りました。

    こちらの方こそ、よろしくお願いをします。

    手ごわいと?    ほほっ。


    東洋的な思想を中へ孕(はら)んだ言葉は、

    含蓄しているものが宇宙大で、見えない世界を指し示しています。


    それに引き替え、近代科学は、

    今、話題のSTAP細胞の実証等々、

    人間の五感で確認、実証できるものしか認めません。

    つまり、最低、顕微鏡で写真にできるものです。

    それを証明するのが、

    論文と、写真と消えないボールペンで書かれた実験ノートとは、

    いやはや、やはりアナログしか信用をおけないのですね。

    そう云えば、警察の調書も書類にボールペンです。 



    科学は、よく分っているではありませんか、、、ほっ。

    余りの『陽』の分化を遂げたものは『偽性』を孕むのです。

    つまり悪を孕むと云う事を、、、


    『陽』の分化とは、作為、人為が加わる事です。

    つまりは、『陰』の本体から遠ざかり分離すると云う事です。

    『陰』の本体から遠ざかり分離すると云う事は、

    命を生み出す、この地球上のあらゆる自然の営みの否定です。

    これは、悪へ通じます。


    すでに科学の手法自体が、自然から一部の物質(細胞)を取り出すと云う、

    人の手の垢にまみれた『陽』の集積であり、

    『陰』の本体を離れたものであるのはいわずもがな、、、。


    根から伸びた幹から枝分かれをした小枝には、

    もう、これ以上、枝分かれできないと云う限界点が必ずあります。

    科学自体の限界点は、必ずあります。

    限界とは、その時点から人の為(善)にならない、悪へ転化する起点です。



    木々が、際限なく伸びるのであれば、

    ジャックの豆の木のように天に届くようになります、、、  あはは。


    木々はいくら伸びても、『天』には届けないのです。

    科学は、真理には届きません。






    東洋は、科学と、真っ向うから対立する観点、立ち場です。


    東洋は、五感にとって意識できない領域こそ、

    意識に左右されない真理が存在する処だと謂います。






    アナログも、人間が作ったもの、作為『陽』です。

    根から大地の外へ出た大きな株のあたりでしょうか、、、

    まだ、小枝より根『陰』に近い、


    東洋は、アナログの株が大地へ隠れたあたり、

    根・『陰』だけしか信用をしません。






    東洋は、『陽』・見える世界は、現象であるとします。

    『陰』・見えない世界こそ、人為が及ばない真実がある世界とします。



    西洋は、見えないのは証明できないから無いのと同じだと、

    見えないものは当てにならない。

    めんどうだから切り捨てようと言います。




    まるで違うじゃないですか、、、、、

    そう、まるで仲の悪い夫婦のように、です。    あはは。


    これは、あながち冗談ではありませんのよ。


    西洋は、父権社会であり、意識は『陽』男性が象徴です。


    東洋は、もともとは母権社会で、無意識を重んじ、

    それは、『陰』女性が象徴です。





    ちょっと、やってみましょうか、、、、   ほほっ。



    今の地球上のありさまは、

    夫(西洋)は、意識哲学だけが真理であると言い張って、

    すべてを、その枠内で決めて押し付けています。

    私(東洋)の無意識を認めません。


    まあ、枠内と云うのも、

    私(東洋)から見たら分かる事で、、

    夫(西洋)自身は、自分が狭い枠内に居る事を、

    いまだに気付いておりませんが、、、

    私(東洋)の立場から見ると、狭い了見なのは丸見えです。 ほほっ。


    夫(西洋)は、口では男女平等と云い、相手も人権があると言いながら、

    私(東洋)の事を認めるどころか、理解をしようともしませんでした。

    この地球を、まるで自分だけの物のように支配をしたがって、

    おれ(西洋)の云う通りにしろと、    (あはは。)

    欲しいものは手に入れてやろうと云うだけです。

    私(東洋)は、自分の満足よりも地球の方が心配でした。

    夫(西洋)は、自分が見たものだけを信じています。

    私(東洋)が言う事は、見た事がないからと信じようとはしない人です。

    そして、夫(意識)は、私(無意識)に出て行けと、 (あはは。)

    いてくれたら困ると無視をして追い出したのです。

    胡散臭いのは、私(無意識)ではなく、夫(意識)なのです。


    あはは。


    なにやら、離婚調停の家裁を覗き込んでいるようですわ!

    旨くは書けませんが、戯曲にしたらおもしろそう?!  あは。



    でも、これが東洋と西洋の現在の関係なのです。   ほほっ。


    このように、見える物しか信じようとしない西洋は、

    東洋をオカルトだと切り捨てています。


    まったく、無意識の存在を認めませんから、

    無意識を扱う心理学は科学ではないと学問として認めませんでした。

    途中から切り捨てて、

    それでフロイト、ユング等の心理学の研究は止まったままです。

    もったいない事です。





    夫(西洋)の言い分は、

    見えないものは信用できない。

    見えるものが、すべてなのだと思い込んでいる事ですね。


    妻(東洋)の言い分は、

    見える処に信用できるものがある訳がない。

    世の中は、周りや欲に合わせて変化して行くのだから、

    そんなものを信じていたら騙されるに決まっているわ。



    さあ、どちらが正しいのでしょうか?     ほほっ。






    現代は、(夫側の)西洋文明で成立している世界です。

    西洋の言いなりで作り上げた世界は、

    地球の資源が足りなくなるほどの発展を遂げ、

    それでも、その欲望を制御できない有様が続いています。




    それは、進歩だったのか、発展だったのか?

    奈落への大パレードだったのか?     ほほっ。


    地球温暖化から気候変動、その責任すら誰も取りません。

    これでは、少子化もゆえある事かとも思います。

    誰が暗い未来の世の中に子供を産もうと思うのでしょうか?


    アフリカやアジアでのこれからの人口増、

    それに従って起こる食糧不足、

    地球の気候変動、

    熱帯地方の病気の北上、

    自然エネルギーによる電気代の高騰、

    原発の林立、核の拡散、

    大国の資源独占、

    テロの横行、

    日本の労働人口の減少、

    日本の借金、1000兆円!

    まだ、今も増え続けています。



    良い事をしているつもりが、どうしてこうなったのか?

    そもそもが、悪い事だったのか?

    欲望を肯定した近代合理主義の暴走を止められない西洋哲学。

    現在、近代科学の生みの親であるキリスト教には、

    すでに、暴走を止める力はありません。

    改善策に合意ができない利害対立。

    西洋思想には、その解決方法がありません。


    行き詰り、閉塞感、と云うよりも、

    われわれは、奈落の街角を歩いているのかも知れません!




    何が原因だったのかと言いますと、

    読者の方々は、もうすでにお分かりの事と思います。



    現代は、

    キリスト教理に基づく近代合理主義の展開の結果できた世界です。


    その矛盾とほころびが『陽』の現象界へ『顕』われたに過ぎない。




    我々は、

    近代科学の身の丈を測ってみなければなりません。

    大男なのか? 小人なのか? 人間の身の丈なのか?



    キリスト教理とはどういったものか?

    近代合理主義の意識中心とは、どう云う本質なのか、

    よ~く見抜かなければいけませんね。


    何事も、役に立っている内はまだいいのです。

    しかし、過ぎるは、何事も悪です。



    悪と自覚した悪は悪の顔をシテイマセンカラ、、、  ほほっ。

    善は善の顔をスルヒツヨウハアリマセン、、、

    善の顔をシテイルノハ ドッチデスカ?   あはは。





    我々が誤解をしているのは、

    キリスト教と云うと、愛だ、天使だ、天国だ、と、

    いかにもきれいな心の世界と思ってしまうのですが、


    いいえ、 キリスト教思想の本質は、物質文明でございます。



    我々が空気の様に吸って生きているのは、物質文明です。


    ---------------------- 精神文明ではありません。





    これは、この世を≪物質の世界≫と認識した処からスタートし、

    すべてを説明しようとするものです。


    ですから、科学も政治も何もかも、物、モノ、ものです。



    こう云う認識論は、全くの誤謬でございまして、、、 


    この誤謬から、キリスト教思想は、

    この物質の分配、その取り分に拘って、

    共産主義と、資本主義と云う双子を産んでいます。


    共産主義は、物質を全員平等に分ける方法と、

    資本主義は、努力した分に従って取り分を取ると云う方法です。


    資本主義の方が、人間の欲望に合致していたのでしょう。

    資本主義は、地球上で栄えています。

    我々を、滅ぼしてしまうほどに、です。


    このように、西洋は、とにかく物質に拘った思想です。



    ま、子供から、この世を見ると、

    まず、物の存在が目に入って来る。

    が、そんな第一印象で、宗教を始めてもらったら困りますね。




    ところが、おもしろいのは、


    そのキリスト教理の上に出来上がった近代合理主義は、

    宗教をはっきり切り捨てています。



    それには、キリスト教のしがらみが、人間を縛っていた歴史、

    コペルニクスやガリレオガリレイのような例もありますが、

    神からの桎梏を逃れたいと云うエネルギーがあったからです。



    しかし、信仰としてのキリスト教は、

    依然、強く、国民の心の中に生きている訳ですから、

    (ここが、仏教が国民の信仰として残っていない日本とは違う処です。)


    このように欧米では、宗教(キリスト教)を除外した近代合理主義は、

    教会と対立する構図が生れています。


    政治においても、

    欧米では、人々はキリスト教を信仰し、教会は力を持っています。

    支持政党もありますし、政党自体に宗教色が濃いですから、

    政治が、余りに合理主義的な政策を行うとしたら、

    教会側からブーイングが出る場合もある訳です。


    たとえば、教会が離婚や堕胎の禁止の法律を求めるとか、

    教会側が、近代合理主義にブレーキをかける役割をしています。


    欧米においては、教会側の票をもらった政府が、

    その教会派に気を使いながら政治をする、

    その支持者である教会の信徒たちが政治に発言権を持つ。

    そう云う近代合理主義の一筋縄ではいかない現実があります。




    その点、日本はどうなのでしょう?


    日本国民は、外国に行った時に自分は無宗教だと堂々と答えるそうです。

    外国では、その都度、都合のいい考え方をする人間だと思われて、

    宗教を持っていないと信用をされませんが、

    日本では、無宗教がカッコウがいいと云う虚勢があるようですね。

    その辺りがどこから出て来たのか?

    近代化で、自由! 男女平等!

    仏教やお寺って、近代化に合わない? カッコウが悪い?

    ハリウッドの映画に憧れて、

    アメリカやフランスのように近代化しなきゃ恥ずかしい、、、、

    そう云う劣等意識からかも知れません、、、

    平気で自分たちの伝統を捨てて、、、  

    新しい事はすべて良しとして、黙って何でも受け入れて来ました。 

    原発は、その一部です。


    日本人は、自分の宗教意識がないので判断基準を持っていない。

    近代化のどこが人間をスポイルするのか分らないのです。

    そこが、倫理道徳の退廃を招いた、、、、、

    全く、近代化への反対勢力もなく、

    純化路線の近代化を進めて来た、今もそうです。

    先進国の中で、

    日本ほど簡単に堕胎ができる国はないのではないでしょうか?





    次は、現代科学についてですが、



    科学の対象は、逆に自分の意識の外に有るモノばかりです。

    自分の体さえ、命さえ、物として見て、五感で追及します。

    目で見えなければ対象になりませんから、  あはは。


    これは、そもそもが、

    存在を、精神と物質に分けて抜き出したキリスト教理が、

    そもそも大間違いだったと思っています。


    存在は存在そのもの、分けて理解する物ではありません。


    例えば、

    Aさんの肉体は、こうだけど、精神は、ああだなんて

    いちいち考えるものですか?        あはは。


    それを科学は、あらゆる存在の中から、

    物質、肉体、顕微鏡で写真が撮れる分子レベルまでを、抜き出し、

    それらを、バラバラの部品の如く捉え、説明をします。


    はっきり言っておかしいのですよ。

    Aさんの肉体だけを、分子レベルまで調べて説明をするって。

    西洋哲学が云う二元論の片方、精神は、置き去りです。



    こう云う事を突き詰めて行けば、

    そもそも科学すると云う事を、実に奇妙と思われませんか?




    研究と云うのは脳でするのですが、

    脳は、人間の脳でしょう?


    人間ほど不確かなものはないと誰だってわかっているものを、

    その人間の五感で、実証して真理とする!


    あ―――っと、おどろいてしまいます。

    そんなものなのだな、って、、、



    対象が、自然界などは、それでいいでしょう。

    植物や動物、それを観察研究するのは分かります。


    しかし、人間の脳で、あやふやな五感・意識で、

    生命科学だ、なんだと云っても、

    生命?

    生命が生れてくる無意識を否定していて、何だって?

    しかもですよ、

    まず、研究実証する主体の自分、人間については、

    近代科学は何も解っていない。

    キリスト教理の人間観程度のモノです。


    問題は、特に、その欲望を持つ人間を対象にする場合です。

    近代科学は、人間存在から人体を抜き出し、精神を置き去りにし、

    それを部位に分けて、さらに細胞、物質だけです。



    この辺から、奇妙なのです。


    脳研究など、もっと奇妙です。    あっは。

    脳科学者が、人間の脳は、、、と講釈されますけれど、


    脳内のニューロンやシナプスなど物質に限られた部位だけです。

    つまり、分子装置としての仕組みは、

    顕微鏡を覗けば、目(視覚)で捉える事はできます。


    解ったように云うのは、そこだけのお話なのですよ。



    肝心は、人間が知性と呼ぶ働きとか、意識、東洋の智恵など

    これら目に見えないものは、研究対象には無理なのです。




    人間の脳を、人間の意識で理解をしようとする事自体が、

    脳を脳で解読をする ----- 「自己言及」と云うのだそうですが、

    20世紀の3大発見の一つ「不完全性定理」と云うのがあって、

    自分を自分で言及すると矛盾に陥る、と云う事を、

    数学的に証明して見せた定理らしいのです。


    脳が脳を解明するのは無理だと証明されたのだそうです。  あはは。






    これは、

    物質の部分ではない、脳の分子装置ではない脳の動作、

    (知性、意識、智恵などが働く)の原理を、

    その脳自信が、解明する事はできない。


    事になるそうなのです。        ほほっ。


    あほらしい~ あたりまえでしょう。 と謂いたいのですが、

    それを数式で証明した事が実証なのですね。


    それが、

    脳自体が、脳を解明できない。

    ここが、意識文明、西洋文明の限界が露呈した部分だと思います。



    キリスト教が、聖母マリアやクリスマス、チョコレートと共に、

    われわれの処へ送り込んだのは、

    そう云う科学や、近代合理主義だったのです。

    今や、この影響が、仏教国だった日本に津波の様に流れ込み、

    全てを飲み込む寸前です。

    その寸前まで、今、来ている状況です。



    近代合理主義が排除した『陰』は、生命の本現地、

    我々が生れた本地です。

    その『陰』を排除する事で子は生れなくなり、年寄りばかりの、、、


     ほほっ。


    『陰』を潰せば、どう云う事か、分っていないのです。

    近代化の抵抗勢力もない日本において、

    日本は、『陰』を完全無視し、排除したのですから、

    日本において、生命力が、創造性が枯れるのは必至なのです。



    近代合理主義を信じて、その枠内に留まるとはそう云う事です。



    そもそも、人間の意識などで、この世の事をすべて解るなんて、

    土台、信じていませんからいいのですが、

    それでも、近代科学を神の様に、万能細胞イヤ、万能なる神、  あはは。

    と信じている人達をダマしている事になりますね。


    なんと、罪深いことよ、、、




    この近代科学に、

    東洋の思想は、本質的には切り捨てられている状態です。


    非科学的であり、実証できないウサンクサイ! と、、、

    非合理な! 科学的でない! オカルト! 迷信! と、、、





    我々の先祖が命を賭けて守り抜いて来た東洋の伝統が、

    近代科学ごときに、そこまで言われる謂れはありません。









    東洋が啓(ひら)いて来た世界は、

    初めから、人間の目や耳で確認できるものではありません。


    自然の摂理の道を探り、人の生きる理を求めて来た伝統があります。

    自然との調和の中で、人間の生き方、欲望との中庸を求めて来ました。





    それを、私が、これよ! とブログの読者の方々へ

    手で摘まんでお見せできるようなヤワな内容ではないのです。

    目の前に、見える物質としてお出しする事ができないものです。

    むずかしい、手ごわいとお感じになられるのでしょうが、

    それらはすべてご自分の中に深く存在するものばかりなのですよ。


    西洋は知識ばかり、新しく覚えるものです。

    そして、知識は忘れ、廃って行くものです。


    東洋は智慧ばかり、生れる前から知っていた事を思い出すのです。

    そして、智恵は、繰り返しあなたの中で輝きます。


    それを、宇宙即我と謂います。

    我の中に在るものは、広大で無限だと云う事です。




    それは、東洋は、自分と宇宙が一体と観るからです。

    全ては、一つのものなのです。

    しかし、そのつながっている部分は、見えません。

    科学が手を出す事ができない無意識の領域ですから、、、


    人間が知性と呼ぶ訳の分からない脳の動作装置や、意識、智恵が

    生れてくる母体が、無意識界なのです。



    意識する事ができない、、、

    目で見る事ができない、、、

    耳で聞く事ができない、、、

    触れる事ができない、、、

    臭いでかぐ事もできない、、、

    口で言い表す事ができない、、、

    しかし、絶対性の真理、存在、、、





    御一緒に、この東洋の含蓄を味わいましょう。

    今後ともよろしくお願いします。








    ・・・我々は、この東洋的な生き方をすっかり忘れています。・・・







    もうひとつ、直近にいただいたコメントです。




    運命学上では、未婚・少子化・陰の欠落によって、
    今後どうなると読めますか?
    cosmos様が時間を割いて投じられる記事を考えると、
    よぅなる可能性がある思ってええような気がします。

    壮絶であろう人生を生き抜き自分へ命を繋いでくれた先祖という事に、
    初めてかもしれない、先祖への感謝を感じました。
    親鸞よりも、とても容易に生きる意味を知らしめられた思いです。
    ありがとうございます。
     
    さて今更この命、どない使こたらええように繋いでいけるやろか!? 







    えらいご質問をいただきまして、、、   ほほっ。


    運命学上では、未婚・少子化・陰の欠落によって、
                    今後どうなると読めますか?



    についてですが、

    これを考えると、体中が痛む思いが致します。

    えぇ、これはもう、このブログを書き始めた動機です。


    これから先は、我が国は、『陽』の現象界で盛大なる現象が続きます。

    こんな事でいいのかなあと、ハラハラしております。

    これについては、この後、長々と書く予定です。




    よぅなる可能性がある思ってええような気がします。  


    についてですが、

    可能性は現前に、厳然として、あります。  ほほっ。


    可能性は、≪日本人≫の無意識の領域の中にありますけれど、


    しかし、その可能性を、どう気が付き、引き出していけるかと云う問題です。

    今の様に現象を現象と見破れない状態ではむずかしいですね。

    それに、いつ? 気が付くのかですね!

    なぜ、≪日本人≫と括ったかと申しますと、


    東洋の精髄が湧き出す国土は、日本しかないでしょう?


    ないはずです。

    その点においては、自覚をしてもいいのではないかと思います。





    歴史学者のトインビーに、

    西洋思想の全てが昇華したものは、フランスに、

    東洋思想の全ての昇華したものは、日本に、

    それぞれが、世界中の文物を集めるシルクロードの交易の、

    西と東の両端の都に在る、と云う論がありました。


    と云う事は、中国は中継地点に過ぎず、

    完全な東洋が在るとは言い難いのでしょうね。

    その上、キリスト教を母体とする共産思想に汚された国土です。

    今さら、今の中国を東洋の精髄とは誰も思わないでしょう。


    日本は、近代合理主義には呑み込まれていますが、

    キリスト教とマルキシズムは知識として取り入れただけで、

    一般大衆の大勢は、これを飲み込む事はしませんでした。




    なぜか?

    もっと旨い味を知っているから、キリストは口に合わない、、、

    そう云う矜持がそれらに手を出す事をさせなかった、、、

    庶民の経験智があって、賢明だったのだと思います。


    ◇ その矜持を培ったものが、トインビーの云う東洋の昇華です。

    その仏教有縁の因縁が、我々の先祖及び我々を守ったと思っています。

    過去の歴史が奏功しているのです。

    無駄ではありませんでした。

    昔の枯草の山を分けて、今そこから新た新芽が出て来ています。

    それを、信じています。



    ◇ もうひとつ、日本は、漢字を中国から習いましたが、

    今、漢字をそのまま使用している国は、日本だけです。

    これは、素晴しい事、ふしぎな因果ですね。

    なぜなら、

    大乗の正統な仏典の原書は、皆、漢字で書かれています。


    わたくし事ですが、

    先月のお彼岸会で、塔婆供養に宗派の寺院に行った折、

    台湾とスペインから来日した数人の婦人のグループに出逢いました。

    あ、7,8才の女の子を連れた一家族のインドネシア人にも。


    どこから来たのかは、私のつたない英語で訊きました、、、ほっ。


    ちょっと、関係ない事を書かせてくださいね、   あは。

    このインドネシアの女の子ですが、

    見ると、両手に草を持って遊んでいました。

    寺院の庭に生えていた尖った草などです。

    器用に首飾りを作り上げました!

    あまりに見事だったので写真を撮っていいかと聞くと、

    本当に素敵な笑顔を見せてくれました。

    比べるのもあれですが、

    こんな遊びをしている女の子が日本にいるかしら?

    どうでもない、踏み付ける草をネックレスに、

    インドネシアでの家族の生活が、日本の我々よりも豊かに思えて、

    もう、日本人には無理だな? と、とてもうらやましく思えたのです。

    それと、もうひとつ、

    このご家族は話をする時に、満面の笑みなのですね。

    こんな笑顔は、テレビのアナウンサーでもできないな、 ほっ。

    どうして、こんな明るく笑って話ができるのだろうと、、、


    もうひとつ、

    本堂で、スペイン人の女性の後に座りました。

    参詣者がお焼香をする間、読経をするわけですが、

    金髪の彼女が手にしている経本が見えて、よ~く覗くと、

    大きな漢字の経文が当り前に印刷されています。

    それを発音する為のスペイン語の表記が、

    漢字の下にルビを振るように添えられていると云うものでした。

    彼女たちは、それで住職の声に唱和していました。

    ( おどろきでした! 見ても読めないだろうに、、、)

    なんて、凡愚な私は、ただ、感動、、、   あはは。

    日本人には、

    経文の漢文は本当の深い意味は別にして、

    漢字の並びから何なのかは、うっすら意味も伝わって来ますが、

    彼女たちにはそれらはないはずです。

    それでも、大乗経の原典のまま、その漢字をメインにする事が、

    なるほど、

    そのまま使うのが正しいのだと思い知らされた経験でした。

    いい、お勉強を致しました。

    エッセンスを受け継ぐと云う事は、そう云う事なのですね。

    目先の利口で、何でも都合よく改変するべきではないのです。

    その事が、真実のどんな五体不満足につながるか、、、

    正、および源流を守ると云う事は、そう云う事なのです。

    スペイン人の彼女が、

    自分から、その経文の意味を知ろうとするまで待つのですね。

    『陽』を捨てて、『陰』のみの力を知って近づくのを、、、

    彼女が漢字を習おうと思うのは、出発ではないのです。

    彼女の修行の完結なのです。    あーーー。

    漢字も読めないから、まだまだだよお~

    そう思っているうちに、寝過ごすのです。

    ほら! ウサギとカメの、うさぎさん!

    工夫する、便利にする、効率を追求すると云うのは、

    それは分化・『陽』に堕する事なのです。

    ある一つの利点をピックアップする事で、

    それを支えている他を捨ててしまうのです。

    一度捨てれば、もう二度と取り返せない要素を失う。。。。。

    失った事すら意識できないままに、、、

    無意識から無意識へ失ってしまうのです。



    次の例え、お分かりになるかしら?


    群衆の中から、

    一人を選ぶと云う事は、他の人を全て捨てると云う事なのです。

    選んだ一人は、あなたが捨てた群衆に支えられていたとしたら、、、

    選んだ一人の人は、群衆から離される事で、

    本来の良さを失うかも知れない。

    しかし、気が付いた時には、もう、元には戻せないのです。



    命の実体は、一見凄まじい程の無駄で支えられているのです。


    効率を追求する事(旺)は、足元を狭くする事(衰)なのですね。



    スペイン人の彼女たちは、

    台湾もインドネシア人のご家族もそうですが、

    その漢字との距離を埋めようと、日本人にはしなくてもいい努力が、

    修行なのだと思い知らされた訳です。

    彼女たちの姿を見て、

    背筋がピシャとなりましたわ。     ほほっ。

    甘えていてはダメですね。      あはは。



    しかし、尚、東洋を復権する、修行すると云う点において、

    漢字を生活に使っていると云う日本の現実は、大きな力です。

    漢字の語句は、仏教から出た語句も多く東洋思想を含蓄しています。

    その漢字の表す霊意が、

    日本人の無意識に残っているのでしょう。

    日本は、この漢字文化があったから、

    その魂が、骨身に入っていたからキリスト教に改宗しなかった、

    とも、云えるのではないかと思った次第です。

    とにかく、東洋の震源地は、もう日本しかありません。



    日本が、東洋の源流にならなければ、

    東洋の叡智は廃(すた)れます。



    それだけは食い止めなければいけないと思っています。





    日本には、隣国に中国と云う大国があります。

    大国と『陽』の現象界での覇者を争うよりは、

    『陰』に根ざす国家を築くしか日本の道はないと思います。






    今の論からは、中国は東洋の震源地にはなりえない。

    つまり、日本に使命があるのですね。

    『天地』は、真の『人』の住む国土を守るはずです。


    日本は坂道を転げ落ちながら、この決断を何時するかですね。


    日本は、独自の道を自らの中から見つけて井戸を掘るしかない。

    その水脈は、深く深く流れていると信じています。

    しかし、そこへ行くまで、

    我々は、『時』の淘汰へ耐えなければならないでしょう。









    初めてかもしれない、先祖への感謝を感じました。  


    についてですが、

    それは、よかったですわ~!    ほほっ。



    亡くなった方は『陰』の世界の方ですから、五感がありません。

    無意識の世界に没入している状態で意識がないのです。

    が、無でも、物でも、ただの土でもありません。



    また、また、ここですね!


    あの世は科学的に実証できないからと否定する近代合理主義と

    東洋が、真っ向から対立するのは、、、
         



    全ての生有るもの、無いもの、無意識で全てがつながっています。

    先祖と、我々のお互いの関係は、アルキメデスのU管の原理です。

    無意識界の先祖に苦しみが多いのに、

    意識界の我々に喜び事がある訳はない。

    どうぞ、感謝をなさってください。


    よう分ってはる事やと思いますが、、、、、 ほほっ。






    ・・・我々は、この東洋的な生き方をすっかり忘れています。・・・






    これ以降の記事中、

       《 》で囲った処は、意識の範疇です。  

       【 】で囲った処は、無意識の範疇です。








    現代の我々の生き方は、

    『天地』に呼応するような生き方から、

    いかにかけ離れた生き方になってしまったのか、、、




    これは、わが国の理念の無さから来ています。


    ---------- 国の基軸がない。

    ---------- 国の羅針盤が無い。

    ---------- ゆえに近代合理主義に呑み込まれています。



    近代合理主義に呑み込まれた歪みは、あらゆる処に出ています。






    『天地』の道理に従うより、

    自分の意識・五感が満足する事に従う我々、  ほっ。

    まったく資本主義の飼育が行き届いたモルモットですわ。  あはは。



    一言、《経済》の為! と言われれば、

    イヤな原発も、黙って受け入れるしかないなあ、と     あはは。

    これは、江戸時代の朱子学の『義』を押し付けられたお陰でしょうか?



    現代の爛熟した物質文明の、この豊かさ? を維持しようと、

    国を挙げて『道理』より、《経済》の為!  

    これが、時代の正義であり、大義になっています。




    今をはためく錦の御旗は、《経済》です!

    それはそうなのです。

    戦後の焼け野原から、やっと手に入れた物質文明の豊かさは

    手放したくないのですね。    



    その欲望の総和を反映してか、

    資本主義が我々の欲望を利用するのに長けているのか?

    まさに、《経済》が、ヒエラルキーの上位に奉り上げられています。


    『陰』グループ【自然、命、家族、家庭、子供、女】よりも、

    《経済》の方が優先すべき上位だと云う事が、大きな問題です。



    全く、わが国では、目的と手段がはき違えられています。




    それぞれの【家庭】の繁栄が在って初めて国が栄えるのですよ。

    個人ではありません。

    国の繁栄は、【家庭・家族】が土台なのですよ。







    国の《経済》の為には、消費を! 

    と云うのも同じです。


    際限なく拡大する我々の欲望を満たす為に、

    国が達成する経済成長を達成する為に、

    その通りにしたら、地球環境は一体どうなるんだろうか?


    それらの現実を支えるエネルギーの為に、

    今現在、操業中の原発は、地球上に316基あります。 


    それに世界中で現在、建設中のものが68基、


    建設計画は、162基にも及び、


    特に、その内の50基は、慢性的な電力不足のアフリカを中心に、

    アジアにおいて建造される計画があります。

    テロが起きたらどうするの?

        


                                 参照: B.J




    ◆ 《経済》の為の、こう云う欲望の偏向性や拡大の仕掛けは、

    あちこちに、まるで地雷のように仕掛けられています。

    やさしい例から云いますと、


    ・ 身近な事から、学校給食のパンが必要以上に甘いのです。

    これは、戦後すぐから実施されています。

    その結果が、甘みの満足は脳内では麻薬のそれと同じ部位だそうですから、

    常習性によって繰り返し繰り返し、甘いものが食べたくなるのだそうです。

    この学校給食によって、

    日本人の一生の甘いもの好きの嗜好が仕掛けられて、いつまで経っても

    チョコやお菓子がやめられない。    ほほっ。

    お菓子業界の望む処となっています。

    現在の生活習慣病や糖尿病になった人の数字を考えれば、、、

    本来、食事のパンは、うす塩味でいいのですよ。


    ・ 身近な処から、もうひとつ、

    今のスーパーに行きますと、

    おびただしい調味液やパックが売られています。

    これらを使うと、日本全国画一的な美味しい味が付けられます。

    家庭で、ちょっとした手間で伝統的な調味料で作れるものも、

    何もかもあらゆる味が出ていますね。

    家庭でなら調味料だけで作るモノが、種々の化学合成物を添加して

    製造されています。

    もう、家の台所には塩も醤油も酒も味醂もなくてもいい位です。

    これからの女性は、本物の調味料を使いこなせなくても、

    おいしいお料理ができると思ってしまうでしょうね。

    確実に、我が家の母の味が無くなって行くでしょう。

    働く主婦、若い方には、重宝がられるのかも知れませんが、

    口にした旨味から、海の魚介の姿が浮かばない。

    これも、利便性が、人間から自然を遠ざけた一つの姿です。

    こうした生活の隙間から、我々は、

    人間としての生きる力を失い、脅かされ、侵食されています。



    経済の発展と、その効率を追求した結果が、

    あらゆる生の源流・『陰』を堰き止める現象を引き起こしています。



    これらは、一見、善のように見えますが、

    究極は、近代合理主義による『陰』の殲滅であり、

    近代合理主義による自然からの隔離です。









    大きな《経済》と云う大津波の濁流も【家族】を押し流すように、

    【家庭】の中へもなだれ込んで来ています。




    ・ これから、女性は、所得税や福祉制度の維持の為に

    年金の掛け金や健康保険料を払う働き方をしなければなりません。


    ・ 配偶者控除の優遇処置は外されて、

    夫の扶養手当が減らされ、長時間働くように仕向けられます。


    ・ その上に、国の少子化を無くす為に、今より以上の【子供】を産めと。

    一体、その【子供】は、誰が産むのですか? 


    ・ そして、子供を産んだ後は、

    夜、働いた後に、【子供】を保育園に迎えに行けと。

    保育園に預けられた【我が子】は、

    【母親】の帰りが遅いと園が用意する夕食を済ませてお迎えを待つのですよ。



    【我が子】にとって、【我が家】の一家団欒は、どうなるのですか?

    【我が子】にとって、【家庭】とは、どんな場所なのでしょうか?


    我が国は、近代化の純化路線を完成させる為に、

    【子供】の【未来】を潰し、

    【女】から最後の『陰徳』をはく奪しようと目論んでいるようです。

    【女】からだけではないのです!



    これは、社会から『陰徳』が消えて行くと云う事です。

    【女】が徳性を失って、その分、男もその本分が発揮できなくなる。 





    そう云う事なのですよ。

    つまりは、、、、、






    【家族】や【家庭】の『陰徳』を解体して、

    【女】に年金や医療保険の制度を守る人柱になれと云う事です。





    【女】は、いつの世にも、神殿に捧げられる生贄です。  ほっ。

    何の神殿って?  《経済》のです。     あはは。 







    しかし、そこまでの2重、3重の犠牲を払ったとしても、

    今働く【若い世代】が老人になった時に、

    今と同じ年金や医療が受けられるかどうかは、わかりません。

    現役世代の【将来】潰しです。




    これらはすべて、

    《現在》と《意識する自己》しか守れない意識を中心とした

    近代合理主義の欠陥が引き起こす現象化です。



    近代合理主義の現代は、

    《現在》と《意識する自己》を中心に社会が廻っています。


    意識は、《現在》の為に【未来】をないがしろにし犠牲にします。


    でも、意識は、口ではそうは言いませんわよ!    ほほっ。


    《現在の自己》を守る為には、意識の『偽性』は何とでも言うはずです。




    近代国家の内部に近代化の抵抗勢力を持っていない日本は、

    近代合理主義の弊害が、今後益々、ダイレクトに現象化するでしょう。







    これらの現象は近代合理主義の究極のロジックから導き出されるのです。


    どう云うロジックかと云いますと、




    意識による、【無意識】の殲滅であり、


    それらは、具体的には、【子供、母、女性】の徳質の磨滅であり、


    【血縁関係】の分断、【家族】の消滅、【家庭】の崩壊であり、


    時軸では、全ての生命存在の【未来】の破壊なのです。




    これらはどれをとっても、『苦』です。

    『苦』にどこまで耐えられるか、鍛えておく事ですね。  ほっ。



    近代的自我の特徴は、

    ただ、今を生きる自分が、今だけの自分だけの為に、

    【地球中】の資源を掘り起こして喰らい尽くし、

    【未来】に亘る【子孫】の為に残そうなどとは考えられません。


    全ての片づけられないゴミと制度疲労のツケを、

    国の借金1000兆円のツケを、

    まだ【生れてもいない子】の世代へ先送りをしてでも、

    意識は、《今の現状》を守ろうとします。



    このように、【未来】を《今》の《自分》の為に喰い潰すのも意識です。





    結局、この姿は、

    《今》の自分を守る為には、

    【家族や家庭や子供】の事などどうでもいい!

    《今》のこの欲望の満足だけが欲しい!     あはは。


    と、なるのですね、、、        






    さぁ、大魔王の登場です。   ほほっ。


    ◆ この光景を天界の宮殿から見て手を叩いて大喜びしているのは、

    欲望の世界を操(あやつ)る*第6天の魔王です。


    そりゃ、そうです!

    人間が、自分の命を粗末にし、

    命を犠牲にしても欲望を叶えたいと云う

    自分の欲望の奴隷になると云う事は、

    魔王の手下が増えると云う事ですから、、、  あはは。



    我々は、いつの間にか、魔王の家来になってしまったようです。  ほほっ。



    *第6天の魔王(仏教語)天界には6つの欲界天があります。

    その最上天に住する魔王の事です。天子魔とも云います。


    中国、隋の時代の龍樹の著作とされる書『大智度論』(だいちどろん)で、


    「この天は他の化する所を奪って而して自らが娯楽するが故に他化自在天

    (たけじざいてん)と言う」
    とあります。


    他者を自在に化す(自分以外の人間を思うように動かす)喜びの境地です。

    なにやら、ここの表現
    「、、、他の化する所を奪って而して自らが娯楽する、、、」 が、

    日本が国有化した尖閣を奪って自国の領海にしようとする、

    中国の欲望に、ピッタリ合っていませんか?       あはは。





    まさに、今の中国は、第6天の魔王の所業です。   ほほっ。

    分かりやすいなあ。   あはは。







    仏教で説かれる天界における最高の欲望の満足の境地です。



    もっと分かりやすく云うと、

    究極の人間のエゴが、満足を得た境地なのです。

    自分の為に、他者を犠牲にしてでも得る喜びの絶頂感なのです。


    こわいですね~~


    俗物で云えば、王様、皇帝、独裁者などの立場に現れているのですが、

    身近な処では、心理学で云うマニュピュレーター(支配者)です。

    自分の周りを支配しようとする心理が強い人間の事ですね!  ほっ。

    (これも、命式で判別できます。)





    俗に云う天国とは、ここの事なのですよっ。     ほほっ。

    天国とは、第6天の魔王の住む第6欲界天の事なのです!  



    御存知でしたか?





    ・ ザラシュストラやその周辺の神、預言者に淵源を持つ一神教、

    ユダヤ、キリスト、イスラム教の啓示の宗教が云う処の天国です。  




    自分の欲望が思いのままに叶う天国、

    その天国とやらに行く事が、世界宗教の最終目的なんですか?

    余りにも程度が低く過ぎないかしらっ?       ほひ~。









    これから申し上げる事が、一番、大事な事ですよ。




    人が、欲望の満足の世界、天界、天国へ昇ったとしても、

    天国位で喜んでいる状態では、

    人は、まだ、自己の中の醜いエゴイズムを乗り越えてはいない。


    と云う事なのです。




    そのエゴイズムの剥き出しを、

    奇麗な言葉に包んで、正義のお面をかぶせて、まことしやかに、

    認めて放置してる思想が、地球を蔽う近代合理主義の思想です。




    極楽往生や天国へ昇天すると云う教理のレベルは、

    凡愚にも想像できるレベルです。

    想像とは、意識の能力ですから、さほど高度な教理ではありません。

    訊いてやさしく、見て楽しい,、、あはは。、、、から解りやすい。

    口で言い、目で見せられる広めやすいロジックです。

    子供の絵本と同じです。、、、つまりは『陽』なのです。

    苦しみの中にいる凡夫にとっては確かに一時しのぎにはなります。

    宣教の段階での訴求力はあったでしょう。




    また、近代合理主義が母体とするキリスト教理において、

    人間が欲望を思いのまま叶える天国を目的にしている事が、

    近代合理主義が現象化させている内戦、国益や領土の奪い合いと云う

    現世界を現出させていると言えるでしょう。

    なぜなら、大国が、自らの天国の実現を求めての動機から、

    その為には、他の国家を脅かしても構わないと云うロジックを

    引き出す事が可能だからです。


    過去、歴史上でも、キリスト教は、(1071~1272)

    約、200年間、十字軍の遠征と云う聖地を守ると云う大義の為に、

    他国を侵略し征服する戦を肯定して来た恐~い過去があります。

    他者を犠牲にできるエゴイズムを内包しているのは間違いないですね。



    キリスト教理に対する矛盾点と云ったら、これは、

    アダムスミスの『国富論』の中に出て来る〝見えざる手”も同様です。 

    彼は、キリスト教の終末思想に由来する言葉

    「人類最後の最終戦争には、信徒は神の見えざる手により救済され、

    天国へ行く事ができる」と書かれてあるのを引いて、

    個人が、自由に自分の利益を追求する事で、

    世の中全体の利益と発展が、(神の)「見えざる手」によって約束され、

    達成される、と書いています。

    これが、経済の放任主義を生みました。

    これは、個人が勝手に好き放題、利益を追求して行けば、

    それで世の中も神の導きによって豊かになれる、そう云う事です。


    そのおかげで、世界中の経済がどんなに酷い目に遭ったのか!




    もう、気が付かなければ、、、





    人間は、意識が作るロジックの合理性の追及や、

    直ぐに消えて行く感覚器官の快感や喜び、

    どんな欲望でも満足する事だけでは、

    ------------ 決して、我々の真の安寧は得られないのです。



    そして、他者を犠牲にして得る満足でも、です。

    そう! いくら欲しい物を消費しても、です。

    それをいくら繰り返しても、です。




    エゴを放任する現文明の大岩壁が、我々の前に立ち塞がっています。









    ◆ これが、なぜ、東洋を復権しなければならないかの理由になります。


    東洋の真の仏教哲学は、

    この第6天の魔王が、誰の中にもある、と云っている処です。


    と、同時に、誰の中にも仏界が具わっていると説く。

    このダイナミックさが、人間の真の本質なのです。



    故に、一人一人が、自己の中の第6天の魔王を征服しない限り、

    本当の安寧はない。と云う教えがあります。


    仏教の目的は、天界ではなくて、仏界です。

    仏界は、天界よりも4段階もhigherな高処にありますのよ。 ほほっ。。


    人間の奥底に巣食うエゴイズムを乗り越える方途を明かした哲学は、

    他には見当たりません。






    まとめますね!


    近代合理主義の基盤とする西洋文明、キリスト教理には、

    第6天の魔王を超克するロジックがないのです。

    そこ止まり。

    欲望を叶えて、終わりです。      ほほっ。




    だから、今の社会が現出している。

    思想そのものの実現です。






    ◆ 最後に『天人地』の三才の本筋にもどりましょう。




    西洋二元論によって

    『天地』を物とみなして支配をする「人でなし」、

    『天地』の中庸を破壊し、『天地』の間から分離した「人でなし」、

    ろくでもない「人でなし」、

    魔王の家来になった「人でなし」ばかりでは、

    『天地』と調和をする『人』ではない訳ですから、

    『天人地』の三才は揃いません。


    故に、吉兆な現象化は起こり得ません。



    すなわち、『天地』から守られる事はなくなり、

    凶の現象化が、この『天地』の間に現象化します。

    男女の徳性は消失し、『人』の出生が衰微して行くのは当然です。






    ◆ 次は、近代合理の資本主義下、

    これらの思想の支配する今の地球上は、

    あらゆる最終目標は、どこへ収斂するはずなのか?





    すべての物(質)化です。




    近代合理の最終形は、『人』を物にします。

    国民を《経済》の道具として使役する事、

    人間を《経済》の為の手段にする事が促進されます。

    第6天の魔王にとっては、自分以外の他者は、

    自分の喜びの為の彼の家来、奴隷でした。

     

    道具は、多少の質の問題はあっても代替できます。

    だから、女の徳質を無視して、男の労働力の代用にする訳です。

    それが、《経済性、利便性、効率》の為だと云う認識です。


    奴隷の意識は認められません。無いとされるのが普通です。

    道具なんだから、徳性など論外です。    ほほっ。

    我々が、徳性などと口にする事も、贅沢な事になります。

    なにしろ、我々は、

    第6天の魔王の奴隷、《経済》の奴隷なのですから、、、、、



    我が国は、無意識を無視していましたが、

    ここに来て、『陰』を完全に捨てる覚悟のようです。

    女を男の代替にするとは、そういう事になります。

    いよいよ、近代合理主義の純化路線の完成が迫って来たと云う事です。


    我々国民は、こんな事に気が付く訳もなく、

    国や、市が、待機児童を0にしてくれたと、

    これで働きに行けると喜んでいる母親が、もう! 全てでしょうね。

    中には、時代に逆らうようで大きな声では言えないけれど、

    やっぱり、働くのは止めようと決めた母親もいらっしゃるはずです。

    そう云う女性がどうか多くいらっしゃる様に祈るばかりです。



    そのように、運とその持つ『陰徳』の差から、

    さまざまな生き方が、現象界へ生れています。

    その差と差が、現象化している事を仏教語で『世間』と謂います。




    日本人の一人一人が、よかれ、よかれ、と思って一歩づつ進んだのに、


    どうして? 

    どうして日本人は、「人でなし」になってしまったのでしょうか、、、



    原因は、思想です。


    良い心を持っている人間でも、染められる思想が低級なら、

    必ずしも良い結果は付いては来ないのです。


    それが、思想の恐ろしさです。




    ◆ 最後、思想に染まったらどうなるのかです。


    近代合理主義が、わが国に広まって、約143年、

    明治の近代化初代からみると、曾孫の世代になっていますね。

    そう、現在の若者が4代目、そう云う時代に入った頃です。


    あらゆる影響は、3代目で完成をします。

    今の0才~若者の両親、20~40代のみなさんが、一応の完成品です。 


    どう云う思想でも、その概念と認識の実践の繰り返しで、

    分かりやすく云えば、

    目で見て、耳で聞く、その情報から、真似てみようとか、

    この方がいいみたい、その影響で行動する積み重ねを繰り返す事で、

    その思想や宗教のエキスが、知らず知らずの内に、

    我々の生身の心身の中へ浸透をして行き、

    3代で、入れ替わってしまう。 

    まあ、洗脳が完了したと、完成されるのですね。


    その時点で、一つの思想が自律的に、

    我々の命の中で巨大な生き物のように動き出します。

    我々の心身を支配し繰(あやつ)り出し、暴れ出すのです。



    もう、現代は、完璧な近代化人間ができ上がっています。

    だから、自然から分離した感覚を持つ、

    自然も他者も、いや自分さえも物と観る人間ができ上がっています。




    このように、ひとつの思想が『人』を染め、

    染まった『人』が環境を染め、

    その環境と自分の間で起こる染め合いを東洋的な言い方ですが、

    感応の妙(かんのうのみょう)と謂います。



    それに、時軸で3代がかかると云う事です。

    おそらく、これは、遺伝子レベルの変化を起しているはずです。

    そして、この癖が、運命として継承されていくのです。




    自分も近代合理の思想に染まり切り、

    環境も近代合理に染まり切った時点で、完成となります。


    完成と云うのは、一応の勢いのある姿形を持っています。

    近代合理主義は、五感の快感の追及ですから、

    でき上がった完成の形と勢いが、五感に快感をもたらします。

    要は、五感でダマす事ができるレベルと云う事なのですが、

    これが、簡単に、近代合理主義を怪しむようにならないのです。


    だれだって快感を感じれば正しいと見紛う、、、

    気持ちが良ければ、正しいのだと思い込みたいでしょう?

    これが、近代合理を主義を信じてしまう原因なのです。




    恐いのは、

    意識の範疇の思想ですから、

    五感の快感を追求するだけの繰り返しをしていたら、

    東洋人の我々も、西洋人のように、無常観を感じるセンスを失います。

    意識界の中だけで生きる事を済ませていたら退化しますね。

    無常観センスは無意識界の足場を持たないと分からないのです。   


    現代では、

    大学教育を受けた優秀な人には分からなくなっているはずです。

    近代合理主義の枠内で、この世を理解する癖が付いてしまっているのね。


    そして、近代合理主義は、意識のテリトリ内のロジックですから、

    無常の粋内ですから、無常が当たり前なので、

    意識界を越えた無意識界のアンテナを失うのです。


    つまり、予知能力が弱まる。

    特に、社会で働く女性が、無意識の勘を失います。

    ある意味、男性と同じになってしまう訳です。

    だから、先読みができない、、、

    物事が突然崩れる。 と云う受け止め方になるはずです。


    いわゆる、物理的世界しか自分の中へ入って来ないのです。

    頭は、優秀なのに、何かをlost しているのです。

    これは、女性に取ったら不幸ですね。

    女性は自分の勘で自分の幸せを守るようになっていますから。

    母親が、我が子を守るのも、勘の力です。

    それが弱まると、ポロッと取りこぼす事が多く出て来ます。

    夫の浮気にも初動で、気が付かなくなる、、、、、 ほほっ。



    国だって社会だって同じです。

    近代化完成以降は、無常、ゼロに向って崩れる事が予知できない。


    頭の中は、人為の作為のロジックの中で思考していますから、

    自然・無意識からのシグナルが聞こえないのです。



    今から、まさに、日本はそうなって行くのでしょうけど、、、



    無常観を分らなくなった日本人にとったら、

    予知していない、と云う受け取り方になります。

    急に壊れると云う印象です。

    これは恐いでしょうね。



    気候変動なども、大規模災害なども、

    経済発展と云うロジックの中で日夜、没頭している人には、

    利益、効率、と云う作為的な目標があると、

    まさに、想定外と云う言葉です。

    意識が作り上げたロジックにとると、考えられない、、、

    そのロジック外、、、想定外です。

    国の為に、原発の為に、イイ事をしていた。

    それを邪魔をされた、自然は迷惑な! と云う取り方になります。


    社会に置いて、

    自分の立ち位置を失うのは、災害より困る事ですから、

    自らの反省は出て来ないでしょう。

    いわゆる、命の為より組織の為に生きる、

    『陽』の発達した社会に置いては、

    個人の悪意で起こる人的災害や、事故、事件ではなく、

    世の為、国の為に仕事をしている組織から悪が起こります。


    我々が、我々の為になると思って作った構造、制度、団体から、

    人間を圧殺する事故や事件が起こります。


    ある意味、≪闘争≫の世界の現出なのですよ。



    ずっと、前からありましたが、ほら、公害、無実の罪で死刑とか、

    これらは、個別な人だけ、括られた人だけでした。

    これらが、一般化すると云う事です。

    覚悟をしておいた方が良いでしょうね。





    余りの経済性、利便性、効率の追求は、悪なのです。

    人間に『善』を組織的に施す団体、などと云うのも『陽』なのです。

    つまり、『偽性』、うそです。 偽善です。





    これが、物事は急に壊れるのではなく、

    運命学で云う、、、これが、旺ずる極みの「衰」です。



    『陽』が、旺ずる事による『偽性』の拡大、膨張、

    ウソが膨張して、『実』が小さくなれば、実体『陰』は、消えるのです。



    故に、『有名無実』です。



    名を売る人には、子孫運が消えて行きます。




    これが、旺ずる、、、役立っていると云う慢心が起す崩れです。

    『陽』の最終形 -------- 崩壊の破形です。







    我々は、なにも有名ではありませんが、     ほほっ。

    近代合理主義を信じていては、無実になります。



    近代化4代目からは崩れたおびただしい破形が顕われて来ます。

    4代目は、今の若者でしょうか、、、

    いわゆる、商売なども、会社もそうですが、3代目が肝心、

    3代目では、完成と崩壊が同居しているのです。

    だから、物事は3代で廃(すた)る、と云いますね。




    日本が、近代合理主義を名実共に完成させた時点で、

    物質文明の爛熟、食べ物の質の劣化、ジャンクフードですね。

    最近は、虚偽表示などが出て来ました。

    あらゆる制度疲労、組織が機能しなくなったり、

    他者や環境を、心が無い物扱いをする犯罪、事件が増えて来るはずです。

    いままでの犯罪者の類型ではなく、

    どこででも、だれでも、簡単に似たような事をするようになります。



    『天地』をも、物と見なす思想ですから、

    『人』を物と見なす「人でなし」が当り前になって行くと云う事です。

    『人』を人とも見ないのは、

    『仁』『義』『礼』の徳性が人間に欠けて来るのです。

    親を親とも見ない。

    先祖を先祖とも見ない。

    お墓の意味が解らない。

    家族を家族とも見ない。

    夫婦の意義が分らない。


    個人の人権の尊重と云いながら、

    真の自分の意味や価値が分らないから個人が過分な主張し始めます。

    これは、もうすでに『徳性』の崩壊です。




    観念的な個人の尊重が極端になって出て来ます。

    人権主義などがこれです。





    これは、自他共に亘る訳ですから、自分の尊厳性も分らない。

    それで、自分の生・人生を値打ちの無いモノだ。

    この値打ちの無いモノを失くす事が解決をする方法なのだと、

    そうだ、自分と云うモノを失くそう。  自殺をしよう。

    そうだ、あいつを失くそう、殺してしまおう。







    これは、

    ナンバー1を決める競争社会に対する最終形の現象として出て来ます。





    つまりは、

    現代の近代合理主義の世界には、

    一人ひとりの生・人生を価値あるものとする哲学がない。

    と云う事の証明なのです。





    現代の我々が、携えて拠り所にしている近代合理主義と云う思想は、



    繰り返しになりますが、


    人間を物としてみなす。

    人間を道端に捨てられている小石と同じに扱う思想なのです。






    ◆ それは、現文明、近代合理主義において、

    未だに生命とはなにか? が解決されていないからです。




    生命とは何か?と云う問いに対して、

    現近代合理主義において、明快な答えが出されていません。





    近代合理主義の科学においては、

    命とは?と云う生命観は、

    未だに精神と肉体に分ける二元論の檻の中に入ったままです。





    西洋思想の根底は、精神と肉体はバラバラの存在とします。



    で、バラバラと云うのなら、

    そのバラバラの精神と肉体の、

    その相互の関係性は? どうなっているの?

    精神と肉体の間の領域には? 何があるの?  



    そこが明解になっていないのですよっ!









    何にでも都合のいいロジックを作り上げる西洋が、

    精神と肉体を二元に分けて、その二元同士の関係性について、

    何のロジックをも構築できないのは、どうしてでしょうか?



    西洋は、ある意味正直なのですね!   ほほっ。

    意識が捉えられない領域には、手が出せないから、

    出していないのです。

    それが、現状です。





    そこが、盲点になっているのに気が付いていない。

    抜け落ちているのに気が付いていないのですよ。    ほほほっ。

    故に、2元論でバラバラにされたものは放置されています。


    これは、放置していると云う意識はないはずです。

    無意識と云う、意識を統括する観点に立てないから、

    その景色すら、見る余裕がないのです。

    これは、意識できるものだけを、それが全体と認識する過誤です。


    今の科学は実証できるものしか、有るとはしない。

    実証できない物は無視をすると云う事が、

    重大な過誤になるかも知れないと云う事すら、捨てていますから、

    ここが、ものすごく意識が推し進める科学の恐さですね。

    命以外が対象なら、

    後からでも何んとか上書きすればいいのでしょうが、

    特に、今のなんとか細胞を扱う分野は、

    技術ができた後、後戻りできない局面をどうするのでしょうか?

    研究と云えばいい事のようですが、

    実は、非常に、自然を見くびった畏れを知らない所作ですね。



    こう云う西洋哲学の本質は、

    大事な自己にとって、自己以外の他の全ては、

    自己が搾取する物、使役する物、

    最終的には奪ってでも支配する物なのです。


    これは、普通、物に対する態度ですね。

    そうです!

    物質文明の脊髄の部分です。

    それが剥けて見えて来るようになるのです。



    その上、何とか細胞は、巨大な利権を掛けた競争の対象です。

    その欲望を抑える事ができないのが天国を憧れる意識です。

    無意識から欲望の邪魔をされない様に、初めから無視をしています。



    あはは。 困った状況ですわ、、、


    もう、これは、策謀、野望、陰謀の類ですね。    あはは。




    要するに、

    近代自我にとって、世界は、自己を中心にして、

    他の存在は自己の欲望の餌食になるべき物なのです。

    それを思う存分出来る場所が、天国。





    この景色が、第6欲天から下界を見下す魔王の心象風景です。






    そして、現代科学は、その『天地』を無視し、missingしたまま、

    そんな片手落ちの生命観で、

    それで、 真理? 

    生命を精神と肉体に分けて、

    その相互の関係性の明快なロジックさえ、ないまま、


    --------- 無意識を排除している科学が、


    それで、人間の細胞をいじくって胎盤を作る?



    今、胎盤を作る細胞を作りたがっています。     あ。

    非常に、気持の悪い好奇心を感じます。

    そのなんとか細胞を、

    第6天の魔王が独り占めする為に手ぐすねを引いて待っている。
        

    核拡散も、管理できない状態で、


    もう、やめましょうよ。

    もう、悪さが暴走しているような、

    人間の意識の悪ふざけは、即刻、止めた方がいいわ。 





    おそろしい、、、、、、、



    そして、同時に、怖ろしい事には、

    近代合理主義下では当然なのですが、

    科学者達が、生命倫理、哲学も持っていないと云う現実です。



    その現実の上に、

    先進科学の研究成果の後に続く経済的有利性の獲得の為に、

    あるいは国家利益の為に利用されるナントカ細胞の研究成果を

    世界的に爭っていると云う現代の実態そのものが大問題なのです。



    もう、止めた方がいい、、、、、



    我々人間は、どこまで、自然を支配しようとすれば気が済むのか?




    実に面白いと思うのは、

    200数十名の乗客を乗せて行方不明になった飛行機を、

    簡単にすぐに捜し出せない科学が、

    (こんな事を研究してもお金にはならないからでしょうが、)


    人間の胎盤を作る為の研究には血道を上げるとは?

    (それが、膨大な経済的利益をもたらす可能性があるから?)






    結論から謂いますと、

    近代合理主義下で合成される知識は、それを幾ら積み上げても、


    ただしい人間の生き方が分らなくなるのです。



    特に『陰』たる女性に取りますと、今の知識は邪魔です。





    えっ?  あはは。





    では、最後に、

    2012年 11月 25日の記事



    コメントへのお返事 8. (牛乳)その2. 『陽』の痣(あざ)とさ


    で紹介を致しました言葉を、再び、ここで紹介をして、

    今日の記事を終わりたいと思います。






    一つ目、 この言葉は、

    山梨大学医学部名誉教授の佐藤章夫先生の運営するサイトから、

    お借りして来た言葉です。

     





    「技術がある」からといって、

    あまりにも自然の営みに反することをしてはならない。











    二つ目、この言葉は、

    PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長

    ペシャワール会現地代表 中村哲医師のH.Pの名前です。







    自然とは人の運命をも支配する摂理である。












    ほんとうに、佐藤章夫先生と中村哲医師は尊敬申しあげる方々です。

    まったく、この通りです。

    これらの言葉を、どうか噛みしめていただきたいと思います。





    あー、最後に、真央ちゃんの事忘れておりません。

    今、騒がれている小保方女史の事も、

    簡単になりますが、



    以前の記事で、猪瀬氏に関して、

    運命学の空亡について書きました。



    その空亡、

    今年は午年ですから今年と来年が、午未空亡に当る時です。

    午年の始め、2月の節分会あたりから、

    空亡に入った兆候が出て来ています。


    真央ちゃんも、そうです。

    金メダルは、それでダメになるだろうなと思っていましたが、

    真央ちゃんは、生れ年が命式中で、もともと空亡なのです。

    これは、吉と凶が同時に出ます。

    また、真央ちゃんは、最高の吉星の持ち主ですので、

    陰徳に守られ地にまみれる人ではありません。

    あのキラキラ感は、この星からです。

    それが、あんな劇的なドラマになったのですね。


    さ来年の節分会までが、空亡期間になります。

    その間に、重要な決定をしようとすれば、ゴタゴタが出て来ます。



    ところで、小保方女史も、同じ空亡です。

    英国科学誌ネイチャーに、論文を発表したのが2014年1月30日、

    空亡年の始まりの直前でした。

    理研が疑義に対して調査を始めたのが、2014年2月17日です。

    まさに、空亡へ突入し始めた時期です。

    彼女は、外観とは全く違ってgoing my way の女性です。

    今まで独力で判断し、行動をして来た人です。

    それが、今回の齟齬を招いたのかも知れません。

    非常に孤独に強い人ですが、この空亡は試練になりますね。



    真央ちゃん、小保方女史に共通なのは、

    非常に感情が敏感、豊か、そこから湧く力が原動力なのですが、

    それが、豊かな表現力のオーラーとして出て来ていますね。

    自分が疲れていても、人を喜ばせようとする気力(エンターテイナー)

    の持ち主なのですが、空亡中は、それらは反対に働くので過信は禁物です。

    人を喜ばせたい、役に立ちたい、と云う彼女たちの思いは、

    空亡中は反転して苦労をなさると思います。

    本来『陰』の存在なので、『陰』をすり減らさない様に、

    この社会の中の『陽』の大車輪に挟まれて、

    押し潰されない様に気を付けなければなりません。

    お二人の前途に幸多かれ!




    長い記事をお読みいただきまして、

    感謝申し上げます。


    コメントのお返事がつづきます。



    次の更新まで、お元気でよき『時』をお過ごしください。
































    -----------------------------------------*・・+"*☆★☆." 
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    西洋と東洋の違いについて

    一歩前に進めそうです
    「我以外皆わが師」
    これは長野冬季オリンピックの清水選手の言葉です
    巧いことを言うなと思いました
    ぜひとも、取り込まなくてはとも想いました
    お陰で今があります
    =全世界は『モアイ』のイースーター島を目指している=
    情けない「絶望感」に捕らわれた頃もありました
    ですが、その度に『お師匠』様が現れます
    正しくは「顕れる」と書きたいくらいです
    西洋と東洋の違いについて整理が出来そうです
    7回読みます
    幼子もご老人も皆すべて
    我が師です。
















    No title

    今回の記事は読み終わって、今までのおさらいのような気がしました。=
    ずっと書いてくださった東洋と西洋の違いがよく分りました。=


    >夫(西洋)は、口では男女平等と云い、相手も人権があると言いながら、

    >私(東洋)の事を認めるどころか、理解をしようともしませんでした。


    ここの部分ですが、はっとした事があります。=
    というのは、アメリカでいまだに黒人が入れないゴルフ場があるとか、、、=
    そこで働くメイドやトイレなどの掃除人も白人でないと雇わないのだとか、、、=
    これは、アメリカの取引先にゴルフ場へ招待を受けた経験がある男性から訊きました。=
    なかなかそういった処へ招待を受けるのはない事だと、、、=
    さもありなんと今は思いながらこれを読みました。=


    ゴルフの話ばかりで何なのですが、マスターがありましたね?=
    あのギャラリーなのですが、女性が一人もいない! テレビに映っていないだろう?って=
    以前その方に言われておりましたので女性を捜しましたが、その通りのようです。=
    欧米は、日本程女性が自由ではないんだよ。と云うのです。=
    男女同権とはいっても社会は男性社会そのものだし、=
    ここは、記事に書かれてあるのと合致します。=


    日本は母権社会といわれて、前にもそう書かれていましたが、=
    お財布は女性が握っているのがあたりまえなのですね。=
    向うは御主人がすべて握っていると云うお話でした。=
    訊くと見るとは大違いではありませんが、まったく違いますね。=


    日本人は、欧米を憧れる必要はないのですね。=
    なにか、うがった見方を身に付けているような反省をさせられます。=


    私達は外国へ対して劣等感を持ってしまっていたのでしょうか?=
    知らない内にそういう偏見を持っていたとしたら、、、=
    もっと日本にある習慣や東洋的なものに自信を持つべきだと思いました。=

    No title

    おはようございます~~♪
    真央ちゃんのこと気になっていたので
    今回書いてくださってありがとうございました。
    小保方さんも・・・

    自分が空亡に入ってるとわかれば
    何か打つ手はあるのでしょうか?
    それともその間はじっと我慢の時期なのでしょうか?

    ご懸念には及びません

    ご安心ください
    切れたりは致しません
    ただ
    はらたち紛れに他人を怒鳴りつけることを
    抑えられるほど『まとも』でもありません
    「命は掛け替えのないもの」
    この意味を教えなさ過ぎです
    私には『見せる』しかありません
    これでいいのでしょうか。

    No title

    いよいよ黄金週間に突入、
    どこにも行く予定がない私と違って、
    cosmosさんは、今ごろ山あたりなんでしょうか。


    今回の記事も長丁場で、
    目をこすりながら何回か最後まで読み切ったわけです。
    ざっくり天界の本質はおもしろい。


    物質的成功を最高の目標におく現代人は幼児性の域を出ていないとか、
    天国程度のところへ行く絵本にあこがれているのはなんて幼稚なとか、
    cosmosさんの声が耳の奥から聞こえてくる気がしましたが、
    ところで
    仏界というのも初めて聞いたが、どんなところでしょう?


    オバマさんの印象はかってのアメリカの大統領とは違う
    しかし、第6天の魔王のふるまいとしたらと、
    いろいろ考えてしまいます。

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    No title

    質問の何倍ものご説明ありがとうございます。

    それにしても天国が魔王の住するところとは、
    おとろしい。

    もう少々読みこませていただきます。

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    Re: No title

    鍵コメントさんへ


          そうですか?
          ありがとうございます!
          今後またまた挑戦をして行きたいと思います!   ほっ。


            西瓜をもう召し上がられましたか?v-381 cosmos

    Re: 西洋と東洋の違いについて

    > 一歩前に進めそうです
    > 「我以外皆わが師」
    > これは長野冬季オリンピックの清水選手の言葉です
    > 巧いことを言うなと思いました
    > ぜひとも、取り込まなくてはとも想いました
    > お陰で今があります
    > =全世界は『モアイ』のイースーター島を目指している=
    > 情けない「絶望感」に捕らわれた頃もありました
    > ですが、その度に『お師匠』様が現れます
    > 正しくは「顕れる」と書きたいくらいです
    > 西洋と東洋の違いについて整理が出来そうです
    > 7回読みます
    > 幼子もご老人も皆すべて
    > 我が師です。


    ★なるほど、ウナさんのエネルギー源が分ったような気がします。
    努力家なのですね!
    見習わないといけません、、、でも、できるかどうか、   あはは。
    私達は、のほほんとお気楽に生きていますが、西洋に背骨を抜かれているのですよ!
    これにどれだけ抵抗できるか??  ほほっ。
    今後ともよろしく!
    忙しくて更新が、1か月以上かかってしまいました、、、


        風鈴の音が鳴っております~チリ~ン v-473 cosmos

    Re: No title

    > 今回の記事は読み終わって、今までのおさらいのような気がしました。=
    > ずっと書いてくださった東洋と西洋の違いがよく分りました。=
    >
    >
    > >夫(西洋)は、口では男女平等と云い、相手も人権があると言いながら、
    >
    > >私(東洋)の事を認めるどころか、理解をしようともしませんでした。
    >
    >
    > ここの部分ですが、はっとした事があります。=
    > というのは、アメリカでいまだに黒人が入れないゴルフ場があるとか、、、=
    > そこで働くメイドやトイレなどの掃除人も白人でないと雇わないのだとか、、、=
    > これは、アメリカの取引先にゴルフ場へ招待を受けた経験がある男性から訊きました。=
    > なかなかそういった処へ招待を受けるのはない事だと、、、=
    > さもありなんと今は思いながらこれを読みました。=
    >
    >
    > ゴルフの話ばかりで何なのですが、マスターがありましたね?=
    > あのギャラリーなのですが、女性が一人もいない! テレビに映っていないだろう?って=
    > 以前その方に言われておりましたので女性を捜しましたが、その通りのようです。=
    > 欧米は、日本程女性が自由ではないんだよ。と云うのです。=
    > 男女同権とはいっても社会は男性社会そのものだし、=
    > ここは、記事に書かれてあるのと合致します。=
    >
    >
    > 日本は母権社会といわれて、前にもそう書かれていましたが、=
    > お財布は女性が握っているのがあたりまえなのですね。=
    > 向うは御主人がすべて握っていると云うお話でした。=
    > 訊くと見るとは大違いではありませんが、まったく違いますね。=
    >
    >
    > 日本人は、欧米を憧れる必要はないのですね。=
    > なにか、うがった見方を身に付けているような反省をさせられます。=
    >
    >
    > 私達は外国へ対して劣等感を持ってしまっていたのでしょうか?=
    > 知らない内にそういう偏見を持っていたとしたら、、、=
    > もっと日本にある習慣や東洋的なものに自信を持つべきだと思いました。=



    ★お書きになっている事は、きっとそうなのでしょうね。
    偏っている思想は、どこかで偽善が出て来るはずですから、、、ね。
    我々は良い所ばかりを見て、うらやましく思っているのかも知れませんね。
    そして、本当の事はなかなか広まらない。
    それはイヤな現実に対峙しないといけないからです。
    みんな、イヤな事は避けて通りたいのです。
    でも、そう云う情報をもたらしてくださる人が身近にいらっしゃるなんて素敵ですね!


       お返事が遅くなりました! いちごを召し上がれ!v-380 cosmos

    Re: No title

    > おはようございます~~♪
    > 真央ちゃんのこと気になっていたので
    > 今回書いてくださってありがとうございました。
    > 小保方さんも・・・
    >
    > 自分が空亡に入ってるとわかれば
    > 何か打つ手はあるのでしょうか?
    > それともその間はじっと我慢の時期なのでしょうか?


    ★真央ちゃんも、女系なのですね! 
    心配をしています!
    とにかく今年は休養をすると云う事になってホッとしています。
    来年もそうする方がいいのだけど、、、 ほっ。
    打つ手は、、、ね?
    過去10年間の生き方の総合評価が出る訳ですから、むずかしいわ。
    詳しくは、今度また、空亡については記事で、 それまでお待ちになってくださいね。


       暑いですね、ソフトクリームを召し上がれ! v-367 cosmos


    Re: ご懸念には及びません

    > ご安心ください
    > 切れたりは致しません
    > ただ
    > はらたち紛れに他人を怒鳴りつけることを
    > 抑えられるほど『まとも』でもありません
    > 「命は掛け替えのないもの」
    > この意味を教えなさ過ぎです
    > 私には『見せる』しかありません
    > これでいいのでしょうか。


    ★だいじょうぶですよ!
    ウナさんの情熱ですね。
    命はかけがえのない物、 これこそが東洋智なのですよ。
    でも、今の世はその掛け声だけで、経済も、食べ物も、命を軽んじていますね。
    TTPに入ったら、どうなるかと心配をしています。
    アメリカのモンサント社、遺伝子組み換えの多国籍企業が、入って来るでしょうね。
    マイクロソフトのビルゲイツが大株主の会社です。


        お花がいつもきれいですね! v-254 cosmos

    Re: No title

    > いよいよ黄金週間に突入、
    > どこにも行く予定がない私と違って、
    > cosmosさんは、今ごろ山あたりなんでしょうか。
    >
    >
    > 今回の記事も長丁場で、
    > 目をこすりながら何回か最後まで読み切ったわけです。
    > ざっくり天界の本質はおもしろい。
    >
    >
    > 物質的成功を最高の目標におく現代人は幼児性の域を出ていないとか、
    > 天国程度のところへ行く絵本にあこがれているのはなんて幼稚なとか、
    > cosmosさんの声が耳の奥から聞こえてくる気がしましたが、
    > ところで
    > 仏界というのも初めて聞いたが、どんなところでしょう?
    >
    >
    > オバマさんの印象はかってのアメリカの大統領とは違う
    > しかし、第6天の魔王のふるまいとしたらと、
    > いろいろ考えてしまいます。


    ★ご想像の通りでございまして、山は大好きな所です!   ほほっ。
    長丁場の記事になってしまって申し訳ございません!
    目を擦りながら、お読みいただきたく思います。   あはは。
    仏界? エライ処にご興味を?
    これは、言葉で説明をするのはたいそうむずかしいですね。
    実は、私も、なんら分っておりません。  ほっ。
    オバマは女系の人ですね。   。
    奥様が強そうで、子供も娘が二人ですからっ。
    この処のアメリカの大統領は、ブッシュも、クリントンもそう、、、
    アメリカ自体が、旺じ過ぎた国ですから、衰へ向かって行くのでしょう。
    指導者も女系の男ばかりです。
    日本は? 安倍さんは後継ぎがおりませんから、アメリカよりダメですね!   ほっ。
    やれやれ、、、、、   あはは。


        生ビールなどいかがですか? v-275 cosmos

    Re: No title

           鍵コメントさんへ



          > 記録によりますと、、、


          
          【日柱】、、、丙偏財 ではなくて、丙偏印ではないですか?

          ・日干の下の通変は、どうあっても(たとえ剋されても)強い影響力が残ります。

          ・時柱が空亡とは、子孫運の空亡です。
          ・空亡が沖されると開空などと一応は言いますが、完全ではありません。
           30年運、10年運、毎年の年運等も関係します。


           時柱が空亡とは子孫運ですから、
           結婚や子供をもうける事にゆっくりするのは良い事ではありませんね。
           その為にはまず、男として経済的な自立を早くする事です。
           ご実家の近くで就職をなさったら? そして、ご実家を見守る事です。
           ご両親やご実家には、自分の家庭を持つまでは係る必要はないでしょう。
           あなたの意識、力では無理です。
           中途半端に係る事は悪です。
           自分の欲、意識で動けば動くほど、自身に悪い業因を積むだけです。
           それだけは避けた方がいい。どうなっても、ご両親に任せることです。



              経済的自立が先ですよ! v-116  cosmos     

                                             

    Re: No title

       
           鍵コメントさんへ 





          
          >日蓮聖人は本当はどのような人、、、教科書的な説明には納得できないものを、、、




         
          鎌倉仏教の各宗派の教祖の中で、釈迦の出世の本懐である法華経を大乗仏教の最高
          の経典であると宣揚した天台/伝教の後を継ぐ法華宗の教祖です。
          ご自身が、末法の御本仏と名乗られていますが、これを自解仏乗と謂います。
          法華宗は、それ以来、日本各地、特に京の都で天皇や公家に広まりました。
          公家は天皇が勧めれば付いて来ますから、 あはは。
          公家にはたくさんの信者がいて、
          代表的なのが近衛家など、武家では、南部家、島津家、加賀の前田家、蜂須賀家など、
          島津久永、篤姫もそうです。徳川3代将軍の御台所、天英院は近衛家の出で、
          富士門流派 です。本山に立派な山門を寄進されていますよ。
          富士門流派の本山には、蜂須賀家の正室が寄進をした五重塔もあります。
          加賀百万石の前田家のお墓もあります。
          本能寺の変の本能寺も法華宗でした。
          織田信長や豊臣秀吉、徳川家康が天下統一で上洛した時の常宿は
          法華宗の寺院でした。
          天皇家の菊の御紋が付いたり、多くの公家の信徒が檀家でいた訳ですから、
          格もあり信用されていたのでしょう。
          豊臣秀吉が天下統一をした時は、あまりにも法華宗が栄えていたので、その勢力を
          京の都から排除する為に法華宗の寺院を当時の自治都市の堺へ移動させたほどです。
          秀吉は、天下を平定した後、法華宗の寺院を京へ呼び戻したのですが、その時は、
          寺領は減らされて、力を削がれた形ででした。
          昭和20年の敗戦まで、法華宗の中に◯◯派と云う多くの派があったのを
          GHQによってなされた宗教法人法化で一つの宗派になるように強制されます。
          その時に富士門流派だけが、他の派との教義上の違いを理由に独立をし日蓮正宗に、
          他の派(身延派=向門派、頂門派など)は、それぞれの教義上の違いに目を瞑って
          合同し日蓮宗と名乗り、今は、この2つに分かれています。
          この辺はウィキで見てください。 詳しく載っています。 ほほっ。
          日蓮宗は、年に一回の会議で教義上の差異を失くすと云う事だったのですが、
          未だに纏まる気配はない現状です。
          日蓮宗の本尊は釈迦の仏像で、日蓮を仏より格下の菩薩扱いをしています。
          唯一、日蓮正宗だけが日蓮大聖人を御本仏、ご書写の曼荼羅を御本尊として
          扱っているのです。
          身延派と富士門流派との関係は、身延離山史と云う事件を調べれば分かるでしょう。
          日蓮正宗の主張はこうです。
          (正法時代)釈迦 ⇒ (像法時代)天台/伝教 ⇒ (末法時代)日蓮大聖人という一本の筋。
          例えれば釈迦は、仏教と云う良薬があるよ! と宣伝をした人、役割、 
          天台/伝教は、その薬の薬理学的な理論設計をした使命、役割をした人、
          日蓮大聖人ご自身が、その薬そのものである。となります。
          現在、それ以外の法華経のお題目を借りた新興宗教は数多あります。
          立正◯成会など、、、◯◯仏立宗など、
          日蓮大聖人を唯一御本仏とする日蓮正宗の主張は、他はすべて邪宗教である。
          その理由は、本仏が誰だか分っていないからだと云う訳です。
          事実、日蓮大聖人が法華宗の開祖であるにも係らず、
          釈迦や釈迦の弟子であった文殊等の菩薩を本尊に祀っている等、ぐちゃぐちゃなのね。
          伏見稲荷の狐さんを祀っている処もあるわけですから、   あっはあ。
          

          





          
          > 仏になるという事の意味と仏教の目的について




          
          今の時点での、あなたが理解できるお答えとしては、、
          今の人類の問題点は、第6天の魔王をどうするか?なのですよ。
          それは、お分かりになりますね?
          第6天の魔王を抑える力がある存在は仏だけなのですね!
          自己の中の魔王を抑えるのも、同じです。
          自己の中の仏界を湧現する以外に、その方法はない。と云うこと。







          > 日本人がよく使う、(お亡くなりなったという意味で)「仏様になれれた」
          というのは本来の意味(=仏陀になる)からズレているのでしょうか?




          まったく、ずれていますね。
          今、家の宗旨は、◯◯宗と云っても、
          それは、信仰心や仏法を求める求道心で信仰を始めた家ばかりではないのですよ。、
          何でも良いからどこかの寺院の檀家にならなければキリスト教徒とされて
          弾圧を受けた江戸時代の檀家制度、その名残りでしょう。
          お寺が学校だったとか、役所の代わりをしていたのですから、
          急こしらえの信徒に、どういう話をするか、難しかったと思います。
          その中で、釈迦仏法の堕落もあり、通俗化した低俗なホトケ観なのです。
          だから、今、だれも真実とは思えない? でしょう。   あはは。
          そう云った形骸化したものは、捨てるか、魂を入れ替えるか、
          さあ、どうできるかと云う問題ですね。







          > 我が国には仏像がたくさん鎮座する建造物が多いですが、、
           そもそも本来の教義からすれば偶像は必要ないのですよね?

           そうですよ!
           高等宗教は偶像崇拝を禁止しています。
           あのキリスト教だって、過っては純粋に偶像崇拝を禁止していました。
           なぜ、偶像はダメかと謂いますと、
           像は、特定の形、色形ですね。
           本来信仰とは、そう云った色形に囚われない為にするものでしょう?
           像は、煩悩を誘いますし、真実、普遍性を現せないのです。
           イスラム教のマホメットですら、自分の偶像を拝む事を禁止しています。





    > 多様な宗派がありますが、
           仏や仏になるという事が単なる死別の苦しみを慰める為の概念として
           受け取られているような感じがします。
           どうも「天界上の満足」に似たような匂いがします。。



           
    そのセンスでいいと思います。
           今、我々の目の前にあるのは、釈迦の仏教の残骸です。
           宗教教義が低い故に低俗化した残骸しかありません。
           これは、何でもそうですが、
           常に教義の理解を深化をさせ、本質を守る努力がないと
           宗教は、広まるにつれて本質は失われてしまうのが常です。
           広まる事と、俗化すると云う事とは本来は別なのですよ。
           つまり、釈迦仏法は、俗化に敗けて輝きを失ったと云う事なのです。
           



           運命学については、記事の中で、また。





            理だけでなく身行も必要ですよ! v-87 cosmos


    Re: No title

    > 質問の何倍ものご説明ありがとうございます。
    >
    > それにしても天国が魔王の住するところとは、
    > おとろしい。
    >
    > もう少々読みこませていただきます。



    ★あはっは! ほんま、おとろしいです。
    楽しく遊んだあとが、放ったらかし~ これが、天国です。
    昔の人は、天界に魔が住む、っていいましたけど、
    あれ、ほんまなんですね。     あはは。


        お返事、遅~おなってすみません! v-237 cosmos

    Re: No title

           鍵コメントさんへ


           
           反省こそが『陰』ですから、一日一回は、反省しましょう。   あはは。
             


              東洋に一生懸命ですね! v-353 cosmos
           

    木綿豆腐がおいしい、あと酒も

    お師匠さまお早うございます
    絶好調であります
    「ちょっと」営業をかければ
    仕事は切れることなく入りますし
    「会いたい」と思えば会えるし
    現実の毎日のなかでも
    黄泉の国に行った方でもです
    姿かたちを代え夢枕にたちます
    頻繁に鳥居をくぐるように心がけたことが良かったのか
    それとも・・・・・・
    毎日、「あはは」の連続です
    拙ブログに体のすぐれない方の訪問が増えました
    応援の気持ちをこめて「ヒント」を書いております
    ありがとうございました。

    Re: 木綿豆腐がおいしい、あと酒も

    > お師匠さまお早うございます
    > 絶好調であります
    > 「ちょっと」営業をかければ
    > 仕事は切れることなく入りますし
    > 「会いたい」と思えば会えるし
    > 現実の毎日のなかでも
    > 黄泉の国に行った方でもです
    > 姿かたちを代え夢枕にたちます
    > 頻繁に鳥居をくぐるように心がけたことが良かったのか
    > それとも・・・・・・
    > 毎日、「あはは」の連続です
    > 拙ブログに体のすぐれない方の訪問が増えました
    > 応援の気持ちをこめて「ヒント」を書いております
    > ありがとうございました。


    ★  あはは。ですね!
    時々アップされる食べ物を見て、気を使っているな! と思っています。
    さすがですね。
    長い記事を読んでいただき有難うございました!


         時節柄お体を大切に! v-485 cosmos
     
    非公開コメント

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    寂光ーcosmos

    Author:寂光ーcosmos
    家系・個人の運命鑑定
    東洋運命学教室を主宰

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